23 馬モツの煮込みと肉うどん

 飛行艇から、ノキエス山脈のゴツゴツした山はだを眺めつつ旅をしていると、もくもくと煙の上がる村が見えてきた。


「あれがファサラスハルトの産業を支えるミリペダの村だ。鉱山と金属加工の村」


 ジュリアスが自慢げな顔をする。いや、事実のちのちジュリアスの持ち物になるわけで、そりゃ自慢げな顔になって当然だ。


「そのよろいもここで作られたのか?」


「そうだ。よろい自体はファベロタクに王朝があったころからこの国に宝としてある。特殊な合金が用いられていて、戦に出たときだけ金色に光る。王位継承者の象徴だ」


「じゃあジュリアスのご先祖様は代々王子様の身分のときにそのよろいを持ってたの?」


「単純に言えばそうなる」


 ジュリアスは飛行艇の操作盤をいじり、高度を下げた。ゆっくり着地すると、ミリペダの村からたくさんの人が出迎えにきた。


「ジュリアス殿下だ!」


「ジュリアス殿下の御船だ!」


 ジュリアスは慣れた様子で村人に挨拶し、食糧の積み込みの相談を始めた。まだルクで積んだ肉がどっさり残っているのだが、ジュリアスはそれを食べる気はないらしい。なんとか食べさせなくては、毛長牛が可哀想だ。


「こちらの二人がお供の方ですか」


 腰の曲がった老人にそう尋ねられたジュリアスは、

「お供というより仲間だ。ため口で話している」

 とニコッと笑ってみせた。女の子の一人か二人なら殺せそうな笑顔だった。


「そうだ、工房をご覧になってほしいのです。新しい技術が開発されて、その実用化に向けて頑張っているところでして」


「構わない。食糧の積み込みには時間もかかろう。いいな?」


「もちろんだ」


「面白そう。見てみましょう」


 みんなで工房とやらに向かう。製鉄や鍛冶、鋳物作り、微細な金属の細工物など、金属に関わることならなんでもやっているようだった。

 とんてんかんとんてんかんと気持ちのいいハンマーの音がして、腰の曲がった老人――どうやらここのギルド長らしい――が、工房の中をぐるっと案内してくれた。

 カイルの目に入ったのは金で作った子牛の像だった。善なる神の乗り物として、大陸中の神殿や礼拝所に飾られているものである。


「これもこの村で作っているのか」


「おやおやお目が高い。それは善なる神の乗り物として作られた金の子牛です。この大陸のなかではどこの村にもかならず一匹おりますよ」


「そうか。これもどこかの村に送られるのか?」


「イルデの、シンシスという村で子牛の像がさらわれたとかで、そのために支度をしております。あとは目に宝石をはめ込む細工をすれば完成です」


「シンシス!? わたしの故郷です。それもうちょっと詳しく教えてください」


「はあ……なんでも、悪い神官がいて、毎日酒ばかり飲んでいて、酒代がなくなって子牛の像を溶かして金の延べ棒にしたとかで。なんと罰当たりな」


「あの神官ならやるわ……それでその神官はどうなったんです?」


「村人が隣村まで行って神官を訴えて、その神官は追い出されたそうです。新しい神官がくるので、新しい子牛の像を作っておるのです」


「ありがとう。……よかった。あれの言いなりになっていたら村のぜんぶが酒代になっちゃう」


 ターニアはたいそう安心したようだった。

 新しい技術を見せようとギルド長が奥に通してくれた。正直なところ、無学なカイルやターニアにはなにがすごいのか分からない技術だったが、ジュリアスは夢中なので、きっと国益になることなのだろう。


 ジュリアスは興奮した顔である。

「これは素晴らしい技術だ。早くハルトルクの政府に相談して金を出してもらうといい」


「ははぁっ」


 ギルド長は頭を下げた。


「これ、なにがすごいんだ? 金を薄くかけるのとなにが違うんだ?」


「この技術を使えば、金属のごく薄い膜をほかの金属にかけることができる」


 それは分かる。


「金をそのままかけるとムラになるし厚くなってしまう。この技術は薄い膜をつくるわけだから、重さは大して変わらないまま、金製品に見える製品が作れる。アクセサリーを純金で作ると重たいだろう?」


 それは確かにそうだ。どうやらすごい技術らしい。


「ところで殿下、王家に伝わる金のよろいはいかがなさいました?」


「飛行艇に積んであるが」


「あれも古いものです。あちこち傷んでいるでしょう。我々に修繕させてください」


「いいのか? ありがたい。最近首のあたりの飾りがキシキシ鳴るんだ」


 ジュリアスはるんるんと歌い出しそうな元気のよさで、金のよろいを運んできた。


「ふむ。やはり持ち主が戦に出たときのみ金色になるのですね。過去の失われた技術だ」


 失われた技術なんてあるのだろうか。技術というのは常に前進するものではないのか。カイルは自分の料理の技術の進歩を思い出してそれをギルド長に尋ねた。


「技術は古くなれば忘れられます。失われることもあります。技術を持つ人間が誰にも伝えないまま死んでしまったり、別のよい技術が発見されて、使い方をみなが忘れてから大事な技術だったと気付いたり」


 なるほど、よく分からないが技術というのはそういうものなのだろう。


「我々が威信をかけてよろいを修繕いたします。その間、村のなかで好きにお食事などされるとよいかと存じます」


「そうするか? 私は少し腹が減った」


「俺もだ。ここの名物料理を見てみたい」


「カイルったらまーた食べることばっかし考えてるー」


 というわけで村の食堂に入った。ちょうど鉱山は昼休みらしく、汚れた体の鉱山労働者たちがなにかの臓物料理を食べている。

 お品書きを見る。「馬モツの煮込み」と書いてあった。それと麺料理があるようだ。頼むとあっという間に出てきた。

 馬モツの煮込みは鉱山労働者に「肺をきれいにする」と信じられているのだ、とジュリアスは語り、麺料理をズズズとすすった。どうやらミリペダの作法では、麺はすするものらしい。

 カイルもマネをして麺料理をすする。太い、麦の粉で打った白い麺に、馬の骨からとった出汁がからんで、とてもおいしい。

 馬モツの煮込みも食べてみる。エグい味を想像していたが、きりっと味付けしてあり、臭みなどは全くない。とてもおいしい。


「うまいな」


 カイルはよく馬モツの煮込みを咀嚼した。

 うん、大変に美味だ。まさかこんなへんぴなところでここまでおいしいものに出会えるとは。うまいうまいと食べ進めるうちにあっという間に器が空いた。

 馬の臓物ってこんなにウマいものなのか。馬だけに。

 さて、食事ののち工房に向かうと、たくさんの技師がよろいの分解作業をしていた。どうやらすべてパーツにして組み直すようだ。


「その作業には何日ほどかかるのだ? いま私は旅をしていて、これからイルデルベルトに向かわねばならないのだが」


「イルデルベルトに飛行艇で向かわれるならば、ちょうどお戻りになられるころには修繕が終わっておりますよ」


「そうか。貴殿らは何年も我が国の技術を支えてくれている。信頼してよろいを預けよう。きれいに修繕してくれたらありがたい」


「ははあ。このミリペダの工房の技術を用いて、王子殿下の金のよろい、完璧に修繕してみせまする」


 どうやらこれでいいようだ。ジュリアスは満足げな顔をしている。


「いいのか、タレントが出やすくなるんじゃないのか」


「私のタレントについては貴族階級までしか知らんのだ。タレントが国民に露見したら、王孫派の力が強くなって私の派閥など容易く潰されてしまうだろうな」


 ジュリアスはため息をついた。ターニアはなにか考えている。


「とりあえず飛行艇に戻ろう。難しいことを考えるのはあとだ」

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