21 玉子かけご飯、ヨーグルト、サラダ
◇◇◇◇
「次の出物です! タレントはなんと『怪力』! 金貨二十枚から始めましょう!」
手と脚をかせに繋がれて、カイルは市の真ん中に引き出されていた。
この程度のかせなら引きちぎろうと思えばいくらでも壊せる。しかしそういうことをすると、おそらくなぶり殺しみたいな目に遭うだろう。
たくさんの金持ち――女も男も、みなきらきらとド派手な出で立ちで、みなカイルを値踏みし、いくらならカイルを買っていいか、次々と手を挙げる。
意地悪そうな、日焼けした大男――ただしとてもきちんとした身なりだ――がぱっと手を挙げた。
「金貨五百枚だ!」
男は酒に焼けた声を上げる。場はどよめき、カイルはこの大男の奴隷、あるいはやくざ者として一生を過ごす覚悟をした、そのとき。
「金貨千枚!」
細い、青い血管の透ける腕がすっと挙がった。金貨千枚。どれくらいの価値なのか、カイルには正直分からない。
「ただいまの値段は金貨千枚です! もう上はございませんか!?」
人間市は静まり返っていた。落札だ。
カイルを買い取った人物が、壇上に上がってくる。
「いらっしゃい。きょうからわたくしと一緒に暮らしましょう」
正直、なにが起きたのか、よく分からなかった。
カイルを買い取ったのは、すばらしい美貌の、カイルとあまり歳の変わらない少女だった。
◇◇◇◇
がばり。
布団から跳ね起きる。
変な夢を見た。いや昔のことを夢に見たのだ。昔から何度も同じ夢を見ている。
自分に果たして金貨千枚の値打ちがあるのかと、ずっと思っていた。分からなかった。金貨千枚で買い取られたことは、思い出すだに理解しがたいことだった。
(まあいい。さっさと忘れるに限る)
カイルは布団を出る。歯磨きをして、用意してあった寝間着から普段着に着替える。
廊下に出ると、懐中時計を持った侍女がいて、彼女は慌てながら、
「お客様ですしごゆっくり休まれてはいかがですか?」
と、カイルを部屋に戻そうとした。
「いや、厨房を見学したいんだ」
「厨房……でございますか」
侍女はいぶかしんでいる。
「俺はイルデの宮廷料理人だ」
「はあ……それであればご案内いたします」
侍女は懐中時計を懐に戻した。カイルは厨房の場所は分かるから、と一人でてくてくと厨房に向かった。
厨房では忙しく朝食の仕込みが行われていた。魚を焼く匂いが立ち込めている。
さらにウサギゴメを炊いたものに玉子を加え、泡立たせて魚醤をたらしてある。玉子かけご飯の豪華なやつだ。吸い物もある。海藻が浮かんでいた。
さらに牛の乳を発酵させたらしいものに、刻んだ果物をたくさん加えた口直しなども用意されている。豪華極まりない朝食だ。
満足したので食堂に向かうと、ちょうどターニアとジュリアスも起きてきたところだった。ターニアは渋い顔をしている。
「大丈夫か」
「うん、二日酔いってこんななんだね。頭が痛い」
さっと食事が出てきた。やはり豪華だ。魚は切り身の形は白身魚に似ているが、色合いが赤っぽい。でも赤身魚とも違う色合いだ。これはなんという魚だろう。
結局魚の名前を訊きそびれたまま朝食を食べ終えてしまった。どれもとにかく美味だった。
特に牛の乳の口直しは栄養が豊富そうで、とてもおいしかった。
(なんとかして種菌を入手したい。イルデルベルトに持ち帰ったら喜ばれそうだが)
すっかり料理人になったんだな、とカイルは己を顧みる。
ターニアがのろのろ食べているのを眺めて、カイルはジュリアスに種菌の話をしてみた。
「種菌か……あれは放っておくと腐るらしいからなあ……」
どうやら種菌は素早く牛の乳に加えて発酵させ、そこからさらに素早く種菌をとる、というサイクルで維持されているらしい。ただ持ち帰るのは難しいようだ。
「そうか、それじゃまたの機会に」
「申し出ないがそうしてくれ。……ふむ。久々にファサラスハルト式の朝食が摂れて満足だ。コーヒーを持て」
ジュリアスが侍女に声をかけた。すぐコーヒーが出てきた。
「はぁ……コーヒーおいしい」
ターニアがため息をつく。
そこに侍従が駆け寄ってきた。ジュリアスになにか言葉を伝えている。
「きょうの昼には飛行艇で出られるそうだが、どうする?」
「あんまり長く快適なところにいるとそうでないところに耐えられなくなる。行こう」
「ええ、もう出ちゃうの? もうちょっとゆっくりしようよ」
ターニアがぶつぶつと文句を言うものの、結局昼には飛行艇で出ることになった。
「一刻も早くラケル姫を助け出さねば」
「そっか、それが目的なんだもんね。しょうがないなあ男って」
みんなで飛行船に乗り込む。乗組員はいつもの三人だけだ。ジュリアスは従者をつけることも考えたらしいが、燃料の節約のためにこのメンバーになったようだ。
「ルクとミリペダを経由して、ノキエス山脈を越えてイルデルベルトに向かう。構わないか?」
「もちろんだ」
「飛行艇かあ……どんな乗り心地なんだろ。乗り物なんて小さいころ馬車に乗ったのが最後」
というわけでみな飛行艇に乗り込んだ。ぼおおーと音がして、ゆっくりと倉庫を出て、飛行艇は少しずつ空中に浮かび始めた。
無数のプロペラが回転し、どうやらその力で飛んでいるらしい。
とりあえず昼の支度をすることにした。乾麺がすこし備蓄されているようだったので、これでなにか作ろう、と茹でる準備を始めて、ふと気になって沸いているお湯に指で触れてみた。
もちろんこれは訓練された料理人だからできることである。カイルは揚げ物の油だって指で温度を見ることができる。マネしてはいけない。
――妙に温度が低い。
沸騰しているのに完全な熱湯でないのだ。なぜかは分からない。
見ればターニアが長椅子に寝転がって、
「耳がぼあんぼあんする……」と具合が悪そうな顔をしている。
二日酔いで耳がおかしくなるなんて聞いたことがないので、飛行艇に乗るとこういう症状が出るのかもしれない。
「飛行艇で耳がおかしくなったら、つばを飲んでみるといい」
ジュリアスがターニアにそう言う。ターニアは半信半疑の顔でつばをごくっと飲み込んだ。
「……ほんとだ。治った」
治ったらしい。ビックリしている。
「あめ玉をなめるのも効くぞ。ところでカイル、昼の食事はなんだ?」
「麺料理を作ろうと思ったが、お湯が適切な温度で沸騰しない」
「じゃあなんなんだ?」
「うーん。野菜はいろいろ積んであるようだから、サラダにするつもりだ」
「サラダか」
ジュリアスはため息をつく。
「そういうのでいいのよ、そういうので。毎日ごちそうを食べていると感覚がマヒしちゃう」
「麺料理は別にごちそうではないだろう」
ターニアとジュリアスが価値観の相違で揉めているのをしばし眺めて、それからカイルは野菜を切りはじめた。
切った野菜に酢と油と塩を加えてよく混ぜる。はい出来上がり。
皿によそって配ると、ターニアは嬉しそうな顔、ジュリアスはちょっと残念そうな顔をした。これが価値観の相違か。カイルはわりとおいしいと思ってサラダをぱくついた。
「こんなにしっかり味のついたサラダ、田舎じゃなかなか食べられないんだからね」
「そうなのか? 田舎というのは食べものが豊富なのでは?」
また価値観の相違を始めた二人を眺めて、カイルはあんまり食材が残っていないことに気付いた。持ってあと一日。とりあえずルクに寄るならそこで食糧を仕入れなければならない。
ジュリアスはカイルの意見にうむうむと頷いた。
「それを想定した量しか食品を積んでいない。ルクは狩人の村とも呼ばれているから、山で獲れた美味な肉がたくさん手に入るだろう」
ジュリアスは白い歯を見せて笑った。
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