10 ローストチキン、焼き鳥、鰻のかば焼き

 朝になった。

 長老の息子の嫁よりカイルのほうが早く起きた。息子の嫁も少ししたら起きてきて、豆とウサギゴメの料理を作り始めた。

 単純に、洗った豆をコメと一緒に炊くだけだ。それでも香ばしい匂いがする。


「宮廷料理人さんからしたらちゃんちゃらおかしいでしょう、こんな料理」


「いえ。料理というのは土地の気候に即したものです。この村ではこれが合っているんですよ」


「そうです? で、宴会なんかしてどうするんですか?」


「俺が料理をして、宴会をして神官が酔っぱらっている隙にターニアを助け出します」


 息子の嫁は戸惑っている。そりゃそうだろうとカイルも思う。

 あれだけ酔っていたのに牢の入り口が開いたことに気付く相手だ、酔っぱらっている隙になにかするならよほど飲ませて潰さねばならない。


「……そんな、酒をがぶがぶ飲みたくなるようなものが作れるんですか? だいいち牢には鍵がかかっているんですよ?」


「宮廷料理人ですから、酒宴の料理は本領です。そして俺のタレントは『怪力』です」


 酒宴の料理については料理長からいくらか教わった。豪華で華やかな料理を供すれば、自然と酒が進むだろう。


「この家にオーブンはありますか?」


「あるにはあるけど……貧相ですよ? なにを作るんです?」


「ニワトリを潰すなら内臓まで徹底的に料理できるわけですが、内臓を抜いた肉はローストチキンにするのがいちばんおいしいはずです。オーブンがあればそれもできる」


「ろーすとちきん」


 宮廷料理の名前を聞いても、長老の息子の嫁にはよく分からないようだった。

 むくり、と長老が起きてきた。


「ところで、長老さまの息子さんは?」


「二年前に風邪をこじらして死んでしまった。でも息子の嫁が働きものでね、おかげで困ったことはないよ」


 長老は優しい顔だったが、その裏には「もしターニアがいたら」という気持ちがあるのだろう。その気持ちを想像するだけで悲しくなる。

 カイルは料理の仕込みを始めるべく、荷物を解いた。

 まずはオルトの豆油と砂糖。これはとても相性がいい。甘じょっぱい味というのは無限に食べたくなるものだ。鶏の臓物を串焼きにするのに使う。串はあるかと尋ねると、竹を切って作った串が出てきた。上等である。

 ローストチキンの腹の詰め物はなにを使おう。料理長はウサギゴメの凝った炊き込み料理を詰めていた。それならこの村の名物だという豆とコメの料理を詰めればいい。やや簡素だが、ニワトリの脂がしみれば美味だろう。

 あともう一品くらい、酒がうまくなる料理があればいいはずだ。なにかいい案はないか。

 ふと顔を上げると、開け放った戸のむこうに水車小屋が見えた。

 様子を見に行ってみると、小川には無数の川魚が泳いでいた。よく見れば、城でそれこそ貴人の口にしか入らなかったツタウオが泳いでいる。これだ。

 ツタウオはにょろにょろと長い体をした大きな川魚だ。ぬるぬるするので城では目玉に釘を打ってまな板に固定し、背中から開いて、串に刺して焼いて王族に供していた。確かオルトの代官がやってきたときに、豆油と砂糖で味付けして出して好評だったはず。

 カイルは小川に手をつっこみ、ツタウオを捕まえた。すごくヌルヌルして捕まえにくい。しかし怪力を軽く発揮して抑え込むと、ツタウオは暴れなくなった。

 長老の家に戻るとジュリアスが起きてきていた。ツタウオをたらいに入れる。長老の息子の嫁は気味の悪いものを見る顔でツタウオを見ている。


「これ、食べられるの……?」


「大河ルスツル沿いの町々では高級食材ですよ。城で出したときもたいへん好評でした」


「へええ……王様がこんな気味の悪いものを食べたがるなんて」


「ところでカイル、一つ問題があるんだが」


「どうした?」


「私は下戸なのだ。宴会というのは基本的にとても苦手だ」


「知ってるよ。でもあんたがお酌したら飲まないわけにいかないだろ? あんたは一滴も飲まなくていいんだ。神官に飲ませる! そして潰す! で問題ない」


「そうか。もし向こうが酌してきたらどうする?」


「そうしたら飲むフリをして、袖口に流し込め」


「うへえ……」


 頑張ってもらうほかない。みんなで豆とコメの料理を食べ、ローストチキンに詰めるぶんは取っておいてもらった。

 村人たちはみな豆畑に向かい、畑仕事を始めた。

 食材は鮮度が命だが、あまり新しすぎる肉や魚は硬くて食べづらいので、羽根をむしる必要もあることだしニワトリを潰した。カイルは文字通りニワトリの頭を握り潰す。

 羽根をむしり、丹念に皮をきれいにする。

 首を落とし、はらわたを抜く。まだ若いめんどりなのでとても柔らかく上質なモツだ。

 はらわたは部位ごとに串に刺し、豆油と砂糖のタレにくぐらせておく。

 鶏肉には丁寧に塩を振る。はらわたを抜いたあとの空洞にも塩をする。それを常温でしばらく置き、その間にツタウオのほうを捌く。

 流石に釘をよその家のまな板に打つわけにはいかないので、左手の小指を目玉に突き立てる。

 背中からきれいにツタウオを開く。地方によっては腹側から開くこともあるそうだが、王国イルデでは自害を連想するので背中から開くのである。

 ツタウオを開き、肝を取り出す。これはスープの具にするととてもおいしい。これでツタウオが処理できた。

 鶏肉の表面ににじんでいた水分を拭きとり、腹に豆とコメの料理を詰める。形を整え、野菜を敷き詰めたオーブンに入れる。

 ここまでですでに汗だくだ。少し休んで水を飲む。

 オーブンに火をいれる。実に古典的なオーブンで、城のそれのような扉はない。肉から染み出る油をすくって肉に回しかける。いい匂いがしてきた。

 あまり何度もオーブンの中をいじると温度が下がってしまうので、ツタウオの料理を進める。豆油と砂糖、わずかな酒で作ったタレにくぐらせて、じか火にかける。タレと油の焼ける匂いがしてくる。

 ツタウオを焼いているあいだにツタウオの肝のスープとニワトリのはらわたの串焼きも進める。なんだかんだで日が暮れるだいぶ前に宴会料理が出来上がった。

 思えば昼食を摂っていない。というか長老たちも食べにこなかった。この村には昼食の風習がないのだろう。僻地や貧しい人々にはままあることだ。

 汗をぬぐって顔を上げると、ご近所の主婦たちが興味深そうにカイルの料理を見ていた。


「あんた……本当に宮廷料理人なんだね……」


「こんなご馳走、あの神官だって食べたことないだろうよ」


「じゃあ、みなさんで運んでもらえますか。俺が毒見役をしますので」


「その前にあんた水を浴びてきたほうがいいよ。服が汗で張り付いてるよ」


 そうか。とりあえず女たちが食事を村の広場に運んでいくのを見てから、カイルは服を脱いで、水車小屋の水でざばりと体を流した。

水車小屋はどうやらウサギゴメを粉にしているらしい。オルトで見たやつだ。

 水を浴びて、よく洗って絞った服を着る。この暑さなら着干しができるだろう。


「料理人どの、宴会の支度ができたようですな?」


 神官が下卑た笑いを浮かべて近寄ってきた。


「ええ。毒見しますよ」


「めっそうもない。料理人どのの誠実な人柄は王子殿下から聞いております」


 ジュリアスも懐柔作戦を進めてくれたらしい。

 というわけで、村人も呼んできて宴会が始まった。男も女も、うまいうまいとカイルの料理を食べている。

 感無量であった。

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