4 鷹狩りの弁当、そして旅立ち

 料理長は慣れた手付きで、コメ料理にぱらぱらと刻んだ蛇ショウガを加えた。

 それを味見してみると確かにこっちのほうがおいしい。


「な?」


「その通りです。申し訳ございません」


「いやいや責めようっていうわけじゃない。つくづくお前さんに『調理』とか『製菓』のタレントがないのが惜しいって話だ」


「いまの俺の腕前って、タレントのない人間としてはどれくらいですか?」


「そうだな、日常的に料理する一般家庭のおかみさんよりだいぶ上手い、くらいか。なんせここは出てくる食材が一流だし、お前さんに教えている私ら料理人も一流だし」


「そうですか」


「タレントのない人間としては超一流だと思うぞ。……さて、きょう王陛下はラケル姫を伴って鷹狩りに出かけられるそうだ。お前さんは護衛の騎士の昼飯を用意してくれるか。朝のまかないは私が届けるから」


「わかりました」


 昼飯。冷めてもおいしく食べられるもの。あるいはそもそも冷めないもの。

 とりあえずパンを取り出して、切れ込みを入れ、そこにヤマブタのハムと甘菜を挟むことにした。パンもいまはつぶさず切れるようになった。

 他の料理人も入ってきて、王族の朝食と鷹狩りの昼食を作り始めた。

 朝食はシンプルに、甘いパンといい香りのお茶だ。お茶には目を覚ます成分がある。

 昼食は豪華な料理をたくさん詰めた弁当だ。いかにも王族の昼食という感じ。

 弁当が出来上がったところで、料理人たちはカイルの作ったまかないを食べ始めた。


「カイル、お前慣れだけでここまで作れるってすごいな。うまいよ、町の料理屋の味だ」


「蛇ショウガを入れたのは料理長です」


「へえー。お前、なんだかんだ料理長に気にかけてもらってるんだな」


「そりゃそうだ、いきなり騎士団から左遷されて料理人になるなんてよっぽどだよ。しかも料理関係のタレントは持ってないわけだろ?」


 料理人たちの明るいおしゃべりに、カイルはどう反応したものか黙り込む。


「……言い方が悪かったよ。カイルはタレントもないのに頑張ってるなあって話だ」


「そうでしたか」


 鷹狩りの弁当を毒見係に渡し、パンに具材を挟んだ騎士団のまかないも騎士団に届けられた。

 これできょうの仕事は半分終わりである。

 料理長がまかないを配り終えて戻ってきた。


「よし。少し休むか」


 料理長はそう言い、製氷箱を開けた。


「こういうものを食えるのが料理人の特権だ」


 製氷箱――入れたものを凍らせておく、カイルには仕組みの分からないすごい機械――から、見事な氷菓が出てきた。どうやらきのうの大瓜のあまりで作ったらしい。甘い香りのする氷菓を、みんなでつっつく。


「うまいっすね」


「うーん大瓜は夏の食い物って感じがしてうまい」


 料理人たちはうまいうまいと氷菓を食べている。カイルも、全員が匙を口に運んでから、氷菓を一口、口に運んだ。

 甘い、うまい、冷たい。

 こういうおいしいものを食べられるのは、ラケル姫のおかげだ。

 ラケル姫が助けてくれたから、貧民出身の自分が城に勤められるようになったのだ。

 そうやってのんびりと氷菓を食べ、皿を洗い掃除をし、昼のまかないを料理長が作るのをしっかり見て、みんなで昼のまかないを食べていたそのとき。

 厨房に伝令係が飛び込んできた。なにごとだと料理人たちは顔を上げる。


「ラケル姫が、盗賊にさらわれました!」


 ……?

 カイルは一瞬、なにが起きたのか認識できなくて、少し考えてから、伝令係に詰め寄った。


「騎士団はなにをしていた」


「それが、陛下が獲物を仕留めて、みんながそっちを向いた瞬間、さらわれたらしくて」


 ますます「騎士団はなにをしていた」案件であった。

 カイルは激しく心臓が鼓動するのを感じていた。

 盗賊への怒り。騎士団への怒り。王への怒り。

 昼のまかないをかっ込み、カイルは立ち上がった。


「どうしたカイル」


「ラケル姫を、取り戻しに行きます」


「お前……いやもともと騎士だもんな、お前は……でもそれは俺たちのすることじゃないぞ。俺たちは料理人だ」


「知っています。でも俺は、ラケル姫を取り戻したい。俺に、貧民出身の俺に、城での仕事を与えてくれたのがラケル姫だ」


「覚悟決まってるにもほどってものがあるだろ。でもお前、剣術とか馬術の技は王陛下のタレントではがされたんだろ?」


 料理人の一人がつとめて明るくカイルを引き留めようとしている。


「その代わりいまは包丁術と鍋術を覚えました」


「それで盗賊を料理しちまうつもりか?」


 カイルは頷いた。


「おいおい……おっかねえなお前……」


「カイル。我々は料理人だ。包丁は人を切るものじゃないし、鍋は人を殴るものじゃない」


 料理長が冷静にそう諭す。

 カイルは虚空を睨んだ。

 拳に力が入る。


「分かっています。でも、ラケル姫を助けなければ」


「騎士団が探してくれる。無理にお前が出る必要はない」


「俺は貧民で、人買いに売られた子供でした。そこから助け出して、いい匂いのする風呂に入れてくれて、服を着せてくれて、白ブドウを食べさせてくれたのがラケル姫です」


「……お前、ラケル姫に惚れてるのか?」


 料理人の一人が怯えた顔をしている。


「そうです、どうしようもないほどに」


 それを聞いた料理長は頷いて、立ち上がった。


「そうか。それなら少し待ってろ」


 料理長は厨房を出た。なにを考えているのか。

 しばらくして料理長が戻ってきた。手には、ふだん王宮で使われている寸胴鍋と違って、深さのある半球型の鉄の鍋があった。


「先代の王陛下が集めておられた珍品の一つで、海の向こうで使われる鍋だ。どんな料理も作れるから、戦場に持っていくのだそうだ」


 料理長は鉄の鍋をカイルに渡した。


「この鍋だって宝物庫でホコリをかぶっているよりはメシを煮炊きしてもらったほうが嬉しかろう。重たいのに取り回しがいいから人を殴るのにもちょうどいい」


「いいのですか」


「いいに決まってる。惚れた女を料理で振り向かせるのが『調理』とか『製菓』のタレントだが、お前は『怪力』だろ。その『怪力』で、ラケル姫を助け出せば、ワンチャンあるかもしれないぞ」


 料理長がちょっと下品な表現をして、厨房はわははは、と盛り上がった。


「カイルの包丁、さらしに巻いてやるよ」


 料理人の仲間が、白い布で包丁を巻いてくれた。

 それを懐に入れ、鍋を背負い、食材を抱えてカイルは頬をぺちぺちと叩いた。


「じゃあ行ってこい。くじけるんじゃないぞ」


「わかりました。それでは失礼します」


 カイルは厨房を飛び出した。

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