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 「──えーネットではよく人間に撫でられるのが大好きで、ナデナデが足りなくてうつ病になっちゃう子もいると言われてますが、それはあくまで動物園で赤ちゃんの頃から育てられた子に限るんですね〜。野生のウォンバットは単独行動で夜行性なので基本的には人間も他の動物との接触も嫌います。ちなみに弊園で育てられたウォンバット、フクくんは人間が大好きで〜、ここ最近の梅雨の影響で会いにきてくれる方がめっきり減ってかなり落ち込んでおります〜。どうぞ皆さんフクくんと名前を呼んであげてくださいね〜」

 「フクくーーん」

 「こっち向いて〜〜フクくーん」


 「……(似てる)」


 茶色のずんぐりむっくりとした体躯。

 何かを切に訴えかけるつぶらな瞳。

 そして、なにより……がくりと項垂れ気落ちする哀愁の漂う背中。


 名前を呼ばれてもピクリとも動かないウォンバットのフクくんと、私よりも数メートル先で力無くパンダを眺める彼の姿が、リンクして見えます。数日前にパンダに大はしゃぎしていた面影は全くありません。


 本日、校外学習です。

 学校から電車で乗り継いで一時間ほどの動植物園へやってきました。平日だからでしょうか、私たちと同じ制服を着た学生と、子連れ客くらいしかお客さんはいないようです。

 私はクラスの一番最後尾で動物を見て回ることにしました。視界の隅にやたらと彼の丸まった背中が見えるような気がしますが、無視です。



「……(一応写真撮っとくか……)」


 檻の中でしゅんとしている後ろ姿にカメラを向けたその時、にゅん、と何か別の影が入り込みます。


 「倉橋さーん、何してんの」


 特徴的なタレ目が、カメラのレンズを覗き込みます。

 早川さんです。


 「こら、早川。倉橋さんの邪魔すんな!」


 早川さんの制服の首根っこを捕まえた丹生さんが、引っ張ります。


 「ごめん、倉橋さん」

 「いえ」

 「なにすんの丹生。私、普通に話しかけただけなんですけど」


 唇を尖らせて、早川さんが私の隣にやってくると、柵の手すりにもたれかかってウォンバットのフクくんを眺めます。


 「あ~あ、可哀そうに。あんな落ち込んだ顔しちゃって」

 「……」

 「見てるこっちが居たたまれなくなってくるわぁ~」

 「……」

 「てか、なんであんなに落ち込んでるんだろうね。あ、ひょっとして〜……飼い主に愛想つかされちゃったせいかな?」

 「……別に私は飼い主では」

 「ん~? 私が言ってるのはフクくんのことだけど」

 「……」

 「心当たりがあるん? 倉橋さん」


 にんまり、とわざとらしい笑みを浮かべた早川さんと顔を突き合わせます。してやったり、と言いたげな飄々とした表情です。


 不覚です。誘導されました。


 「ま、まあまあ。どうせだったら、3人で写真とろうよ、写真!」

 「遠慮しておきます。写真写り悪いので」

 「あらら残念」

 「──早川、丹生ちゃーん、こっちで写真とろ~」


 数メートル先の広場でクラスの女子がこっちに向かって手を振っています。丹生さんが助かったと言わんばかりに手を振り返します。


 「はーい。今行く!」

 「じゃあね、倉橋さん」

 「……はい」

 「ペットのアツムくんのこと、あんまいじめないであげなね」


 私が反論する間もなく、ひらひらと手を振って早川さんと丹生さんは去っていきました。



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