妖怪金融「千紙屋」~見習い暴力系陰陽師結衣ちゃんのあやかし事件解決記~
瀬和璃羽
第一夜 雪女
第一夜 雪女(その一)
●第一夜 雪女(その一)
大都会東京。それは東の京都にして陛下の御座する都。
その巨大な都市の真の姿は、江戸時代より続く結界によって護られた霊的防衛都市である。
東に大河あり。江戸時代に治水によって流れを整えた隅田川には青龍が宿る。
西に大道あり。京都・大阪へと続く物流の要、東海道には白虎が宿る。
南に大海あり。江戸湾とそれに続く広大な平地には朱雀が舞い降り宿る。
そして北に大山あり。西に位置する霊峰富士の力が強く、江戸の北に山属性である玄武を宿らせるため、徳川家康は自らを神とし日光東照宮を置くことで玄武を宿らせることに成功した。
これにより四方を四神に護られた江戸の町は四神相応と呼ばれる結界が張られることになった。
当代の陰陽師により施された四神結界は江戸、そして東京の街を守護するだけではなく、災いが襲い掛かった時に真価を発揮した。
一九二三年に起きた関東大震災。それに乗じて現れた土蜘蛛による江戸城の崩壊。
同時に起きた海坊主による東京湾の貨物船沈没事故、雑司ヶ谷霊園に現れたがしゃどくろ……東京を転覆させようと巨大なあやかしたちが跋扈したのだ。
震災と魑魅魍魎により一面の焼け野原となった東京の街であったが、青龍、白虎、玄武、朱雀の四神によって追い払われる。
そして朱雀、不死鳥とも呼ばれるその力により、東京は以前の……いや、前以上の都市へと復活する。
いや、復活した、が正しいかも知れない。
なぜならば、今や東京湾岸には玄武の属性である高層ビルが建築され、反属性により朱雀の力は弱まるばかり。
事態を知った時の首長が湾岸地区の開発をストップさせたが、僅かな延命が施されたに過ぎず、東京の街に次の災害が降り注げば不死鳥の力は発揮できないかも知れないのだ。
秋葉原のとある雑居ビル。その屋上では長い銀髪の男が影と対峙していた。
「……何度も言わせるな。それは出来ない相談だ。それをするとこの東京に流れ込む霊脈が乱れ、奴が再びこの地に舞い降りてしまう」
銀髪の男が影に向かいそう告げると、影は男に向かって言い返す。
「将門、歳のせいか物分かりが悪くなったようだな……何れは我々の“神”がこの東京の地に舞い降りるのだ。その時お前は再び首と胴を分かつことになる」
首を斬る仕草をする影に向かい、将門と呼ばれた男は手のひらから生み出した刃を振るう。
斬られた影は笑い声と共に陽の光に融けていく……一人屋上に残された将門は、ふぅとため息を漏らすと雑居ビルの中にある『千紙屋』と書かれたオフィスへと戻っていく。
「さて、こちらはなんとかなったが……見習いたちは上手くやっているだろうか?」
社長室のシートに座り、将門は窓の外を眺める。その視線は、遥か彼方を向いているかのようであった。
所変わって東京のランドマークの一つ、お台場。
高層マンションやビルが立ち並ぶ臨海地区を駆け抜ける新交通システム、ゆりかもめの窓に一人の少女が張り付いていた。
「あ、あれ! ブジテレビ! ってことはあれがユニコーン!?」
赤いセーラー服を纏った彼女は、興奮気味に同行している男の袖を引っ張る。
はぁっ、とため息を漏らした男は、眼鏡の位置を直しながら袖を掴む手を引き剥がすと彼女の頭を小突く。
「芦屋、興奮し過ぎだ。まわりのお客さんの迷惑になるぞ」
「結衣、って呼んでって言ったでしょ? 苗字で呼ばれるのは好きじゃないの!」
セーラー服の裾から見える異常なまでに白い肌と赤い眼から分かる通り、彼女は先天性色素欠乏症……いわゆるアルビノであった。
無邪気な彼女の姿に疲れたような顔を見せるのは引率の先生……ではなく、彼女の所属する『千紙屋』に同じく所属している
千紙屋とは、東京は秋葉原の裏通りにある雑居ビルの一室で金融業を営む街金なのだが、その融資対象が変わっていた。
東京結界が弱っているのは先に述べた通り。それと同時に、東京の街にそれまで入り込めなかった魑魅魍魎が入り込んだのだ。
それは妖怪であったり、怪異であったり、怨霊であったり……霊的に不安定になった東京にそれらあやかしは入り込む。
だが悪さをするかと言うとすべてがそうでもない。人間社会に紛れ込み暮らすことを選んだ者も多くいる。
しかし、実体を得ても戸籍も無ければ保証もない。金も借りれないし家も借りれない。まともな職に就くことも出来ない。
そんな時に現れたのが千紙屋だ。
あやかし相手の融資や保証人を受け入れ、代償として妖怪・怪異としての能力や権能を担保とする。
融資を受けたあやかしたちは、あやかしとしての活動に制限を受けるが、人間社会に溶け込むための身分や保証、そして金を手にすることができる。
また東京で暮らす妖怪たちが同族だけではなく、人間たちとの間でのトラブルなど、困った時の駆け込み寺にもなっていた。
その千紙屋にひょんなことから加わったのが、新田と結衣の二人であった。
「すみませんね小名木さん、連れが騒がしくて……」
「ふぉっふぉっふぉっ。おっと、この姿じゃ似合わないですね。いえ、構いませんよ」
新田は結衣の態度で迷惑をかけたと小名木と呼ばれた青年に謝ると、気にしていないと彼は上品そうに笑う。
「江戸……いいえ、今は東京ですね。今日は東京の街の発展ぶりをこの目で見られて感謝しますよ、千紙屋の新田さん」
「そう言ってもらえると、公……いえ、社長も喜びます」
彼の正体はこなきじじい……子どもの姿で泣き、哀れに思い背負った者の上で石に変わると押しつぶし動けなくするあやかし。
年齢と身体を自在に変化させることの出来る彼は、今日は新田と結衣に合わせてなのか、それとも外見受けを狙ってか若い青年の姿を選んでいた。
今回はそんな彼の東京の海を見てみたいと言う要望で、千紙屋の二人がお台場を始めとする臨海地区を案内していたのだ。
「さて、時間もそろそろ頃合いですね……今日はありがとうございました」
三人が乗ったゆりかもめが終点の新橋の駅に滑り込むと、下車したホームで小名木は新田たちに向けて感謝の言葉を告げる。
「もう少しお時間があれば、スカイツリーなどもご案内したかったのですが……新幹線の時間なら仕方ありませんね」
腕時計を見ながら、新田が時間を確認する。小名木……妖怪こなきじじいは故郷の徳島まで帰るのに新幹線と在来線を乗り継いでいかねばならないと言う。
「サンライズの切符が取れれば、もっとゆっくり出来たんですけどね。残念ながらスカイツリーは次の楽しみにしたいと思います」
残念そうに言う小名木に、結衣が背中を叩く。
「次も私たちが案内してあげるから、千紙屋をよろしくね!」
こらっ、と手を上げる仕草をする新田に、結衣は頭を抑えながら小名木の後ろに隠れるとベーと舌を出す。
そんな千紙屋の二人に薄く笑いながら、小名木は言う。
「今日はお二人とも、まだお仕事があるんですよね?」
「え、ええ。社長から聞いていましたか。そうなんですよ、融資が一件ありまして……このあと新宿まで出ないといけません」
新田は結衣を連れて新宿まで出るのか、と今から疲れた表情を見せる。
そんな彼を労うと、小名木は手を振り東京駅へ向かうためJR線の改札へと姿を消した。
「さて、お前は帰れ」
小名木を笑顔で見送った新田は……その笑顔の仮面が剥がれたかのように、結衣に向かって無表情で告げる。
「なんで私だけ帰すのさ、同じ見習いの仕事でしょ!?」
結衣もタダで帰される訳にはいかないと喰いつく。だが新田はそれに構わず、スマートフォンの乗り換えアプリで次の電車の時刻を確認する。
「銀座線で赤坂見附まで出て、そこから丸ノ内線が一番早いか……予定の時間には間に合いそうだな」
「ちょっと、なんで無視するのよ!」
前に回った結衣は、思いっきり新田の脛を蹴る。流石の彼もその痛みに蹲り涙目で何をすると告げる。
「やっと喋った、なんで無視して置いて行こうとするの? 社長からパートナーだって言われたでしょ……不本意だけど」
最後の方はごにょごにょと小さな声になってはいたが、置いて行かれるのが不満だと言うことがハッキリと分かる。
痛みが治まって来た新田は、ここまでされるなら仕方ないと結衣へと向き合う。
「次の顧客の情報は?」
「……融資対象が雪女だってことしか」
はぁーと、新田は今日何度目になるか分からないため息を漏らす。そして手にしていたアタッシュケースから資料を取り出す。
「雪芽ユキ、気象庁職員。今回の融資希望は百万円……ホストクラブの掛けの支払いが目的だそうだ」
「ホスト……クラブ?」
田舎から上京して来て間もない結衣には、ホストクラブは未知の存在。
そんな彼女に都会の常識を教えるべく、新田は熱弁を振るう。
「男性が女性をもてなして、気分良くお酒を飲ませて、有り金全部巻き上げる。悪い店だと借金漬けにして、身売りさせてでも稼がすって話もある。そんな場所に未成年のお前を連れて行けるか」
未成年……今年十六になったばかりの高校一年生である結衣は、未成年者お断りの場所には入れない。
「ちなみに掛けってのは、店にツケてる借金だな。それが溜まりに溜まって手詰まりになって、千紙屋を頼ったんだ……ホストに百万も貢ぐ女だぞ、きっとマトモじゃない」
そう言う訳で、お前は連れていけない。そう告げた新田の言葉にぐうの音も出ない結衣から資料を取り返すとアタッシュケースに仕舞い、銀座線の改札へと向かいスタスタと歩き出す。
「それでも……着いて行かないと。怖いけど、勉強だもんね」
そう言うと、結衣は新田の後を着けるように雑踏の中に紛れ込む。
Suicaを改札機にタッチし、新田の乗った車両の隣の車両に乗り込むと、網棚にあった新聞を広げ彼の様子を窺う。
赤坂見附駅で乗り換える時も気配を殺し人混みの一部となり、今度は赤い丸ノ内線に乗り込む。
新宿駅に着いた新田は歌舞伎町の一角へと歩んでいく。
夕方の歌舞伎町だ。まだ人通りは多いが結衣みたいな若い子は少なく、制服も派手で目立つ。
それでも何かの役に立ちたい、その一心で待ち合わせの時間を待つ新田の姿を物陰から窺っていた結衣の目の前に、白い肌に青い髪、そして白い服の美しい女性が駆け寄って来る。
「あれが雪芽ユキさん、か……ってアイツ、鼻の下伸びてるじゃん!」
自分にカッコいいことを言っていたのは、彼女との時間を邪魔されたくないためか?
ふとそんなことを思い付いてしまった結衣は、もう止まらない。
「この……スケベ! 見直した私の気持ちを返せ!!」
ドロップキックからマウントし顔面にパンチを繰り出す結衣に、新田は防戦一方。
そんな二人の姿を最初こそ驚くも、雪芽はクスクスと楽しそうに見ているのであった。
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