裏切られた勇者は過去のもの

捨負

第1話 勇者は敗れ、何処へ

 勇者や魔王が出現し始める前。いや、それ以前に魔物すらいなかった時代。

 とある村に生まれた一人の少年が夢を得た。


「俺は、いつか英雄になる!」


 どんな英雄なのか、どのようにして英雄となるのか、そもそも、英雄は何を成して英雄と呼ばれるのか。それすら分からず、決めることなく、曖昧なまま手にした夢。

 そのような夢を持ち続け、努力するのは普通だったら難しい。だが少年は現実を見始めるようになるまで成長しても、その夢を捨てることはなかった。


 一途に、英雄になりたいと、心の底から叫び続けた。


 だが今のような平和な世界に誰も英雄なんて求めていない。とある国で起きていた最後の紛争も少年が13になった年に終結し、本当の意味での争いのない平和な世界が達成されていたのだ。


 故に人々が求めるのは英雄などではなく、今のような平和な日々が永遠に続くこと。

 誰もが争うことなく、その利益を享受し続けること。

 誰も傷を負う事のない喜びが、ずっと“当たり前”だと思えること。


 それは人間という種族全体にとって、の話で個人間、例えば未だ使われているSNS等でのトラブルによって発生する悪感情などは度外視されている。

 要は体さえ無事だったら何でもいい。そんな風に社会は成った。成ってしまった。


 最近には不老不死を可能にする実験が成功し、人々はこのような甘い日々を永遠に得られるとさらに喜んだ。


 これこそが長い長い間、全人類が望んでいた、平和。


 だからこそ、少年─────青年の夢は異質だった。


「……英雄に、なりたい」


 23歳。彼は大手とも呼べる企業に就職した。だが未だに夢を捨てていなかった。

 現実を見ることが出来ていた彼は既に英雄になれないことなんてわかり切っていた。最近できた友人にはその夢をついに話すことはなかった。ただ笑われるだけだと理解しているから。


 子供のころからの彼の友人は、彼の夢を知っていて、それでも叶うわけがない、この世の中では無理だと、再三言ってきた。

 だから青年はまるで分ったかのように、その言葉に頷いた。


 内心では諦めてなどいないのに。


「……英雄に……特別な、存在に……なる」


 妄言甚だしい。彼は成長して以降、終ぞその夢を誰かに語ることはなかった。


 のちに人類を脅かす存在となる魔物が出現するまでは。




 ・ ・ ・ ・ ・




 私……いや、俺は元々世界に一人しかいない、勇者だった。

 人類の希望、魔族にとっての悪夢、世界平和を一番に望む者等々……よくわからない二つ名ばかりが俺の名前に付いてきた。“正義の代行者”ってのもあったっけ。


 俺は世界各地で魔物や魔族の被害から人々を守り続けた。選ばれし者として、俺はその力をみんなのために振い続けた。


 時には自分の実力不足で消えてしまった命もある。それで酷い言われようを受けたこともある。だけど俺はそれでも諦めることはなかった。


 それは世界中の人たちは、この“私”という存在に希望を抱いていたからだ。勇者が魔族の王─────魔王を討伐してくれたら、きっと自分たちの暮らしは格段に良くなるだろう、と。

 俺はその願いに答えるために、この剣を振るい続けた。


 今思えばなんともまぁ、自分勝手な希望、願いなものだ。それを成す俺に対する気遣いも何も感じない。

 俺は人として見られたことなど、一度たりともない。


 案の定、魔王を討伐した暁として私は、討伐直後に後ろから極大魔術を放たれた。


「っ!? 何をする!」


「……っ! 失敗した! 次!」


「どういうことか説明しろ! カンナ! 何故私に杖を向けている!?」

 

 聞いても答えてくれない。それはそうだろう。彼らがここで俺を仕留めるつもりである以上、今まで仲間だった者たちは既に敵となってしまった。故に彼らにとっての敵である俺とは会話できない。


 薄々、そんな気はしていた。していたが……。まさか疲れ切っているこの時に仕掛けてくるとは思わなかった。


「奴は! ここで完全に消滅させない限り我々人類に未来はない! ここでできる限り私たちで奴の体力を削るんだ!」


「っ! ザック! 何を言っている!」


「黙れ次期魔王! 貴様は既に人類の敵! 勇者など!」


「っ!?」


 次第に状況が読めてきた。状況というか、自分が人類にとってどんな立場に置き換わってしまったのかということが。


 結局そこに当の本人が介入する余地なんて無かったのだ、最初から。


 勇者はその名の通り“勇ましい者”を意味する。人類の中でこの俺が勇者に選ばれたのは間違いなくこの道中で手にした強さなどではないだろう。

 実際、俺は旅を始めた頃より強くなったが、決してこの世で一番強くはない。



 ─────



 それだけが、俺が勇者に選ばれた理由に過ぎない。だからこそ、この裏切られた状況でもっても、驚きや戸惑いはするが冷静に俯瞰することが出来ている。


 今はここにはいない魔族ではなくさっきまで仲間だった奴ら。対して味方は一人としていない。逃げ道はこの閉鎖された魔王城にはなく、自分でこじ開けるしかない。


 方針が決まった。四方が壁と玉座しかないこの状況で、まずは目の前の三人を倒す。


「っ……! 目が座った! 時間がない、早く仕留めろカンナ!」


「黙ってよ! あんただって簡単に当たるわけないこと知ってるでしょ!?」


「おいヴァルムス! お前も参加しろ!」


「……」


 不気味なのがこの三人の中で一番の火力を誇るヴァルムスが一切動かないこと。だが俺の予想が正しければ、奴は後に動くはずだ。


 奴の持つ能力は特殊で、踏み入れたフィールドに長くいればいるほどその力が増す。そしてその増す力がピークに達するのが3分後のはず。

 それ以外にも俺の知らない何かがあるとしたら。今立てているもの全てが崩れるだろうな。


 奴一人がいるだけで、作り上げてきた盤面は全て壊される。何もかもが無意味になってしまう。


 それだけの破壊力が、ヴァルムスにはあるのだ。


 それに比べて目の前のカンナとザックはまだ戦いやすい。


 カンナは典型的な魔術師で初級魔術から極大魔術まで、殆どの魔術を扱うことのできる天才だ。だからこそ、彼女の動きは読みやすく対処も容易い。

 ザックも同様。彼も典型的な剣士兼策士だ。基本的にこのパーティの作戦は彼が立ててきた。故に俺は彼の癖から何まで把握している。


「っ!? やはりこいつは私たちの癖を完全に把握している!」


「そんなことは最初から分かり切っていたじゃない! それでもやるしかないのよ!」


 薄暗いこの魔王城でよくそんなに動けるものだ。俺はさっきからほとんど動けてないというのに。

 

 頭を少し傾ければ、剣の風を裂く音が俺の耳元で鳴る。と、同時に中級魔術の速度重視の一撃が足目掛けて放たれた。

 それを俺は足を上げて踏み潰す。


 更に追加で上級魔術の“エンジェルフレア”が辺り一帯を炎の海に変えんと、その猛威を振るった。


「へぇ」


 流石上級魔術。このまま何もしなければ俺は灰になってしまうだろうな。


「だから身を守るためにしっかり抗おうではないか」


 一瞬だけこの暗い空間を明るくしたそれは、俺の剣の一振りによって消されてしまう。

 だがそうすることで俺に一瞬の隙が生まれる─────前に俺は上半身を強引に後ろに倒し、顔面擦れ擦れで通り過ぎる刃を眺める。


「っ!?」


 辺りを埋め尽くす煙に果敢に突っ込んで俺を斬り殺そうとする彼の心意気には感心するが、俺を殺すにはまだ足りない。

 ザックが何度目かの驚愕で目を見開かせ、逆に隙が生まれた。彼もそれに気づいているのか、ここで彼の頬に汗が垂れる。


 俺は体を捻らせザックの体を蹴り飛ばした。


「ぐっ……!」


「やっぱ化け物ね……」


「ヴァルムスいい加減にしろ! もう3分経ってるぞ!」


 む、もう3分が経ってしまっていたのか。ここでヴァルムスが動き始めてもおかしくないのだが……どうやらこの戦いには介入する気がないらしい。


 目を閉じたまま動く気配がない。


 というよりも─────いや。


「さて、お前らの頼みの綱であるヴァルムスは動く気がないようだ。このままだと君たちの体力切れでこの私を見過ごすことになるが、それでもいいのか?」


「くっ……! そんなこと……そんなことがあって溜まるか……! ここで貴様を討伐しなければまた人類は未曽有の危機に陥ってしまう。貴様だけはここで殺す!」


「そうかそうか。なら頑張るんだな」


 そう言って俺が再度剣を構えなおした時だった。






 ─────風の流れが、ここで変わった。






「─────そうだな。頑張るとしよう。




「ヴァルムス! 遅いぞ!」


「やっと動く気になったのね!」


「……」


 二人の嬉しそうな声が響く。


 そうか。君は、やはりそうなのか。


 ……ならば、腹を括ろう。




「─────来い。全身全霊で持って、君たちを倒そうではないか。


「─────その言葉を待っていた。ならばこそ、貴様を倒す」




 俺が恐れないことで勇者になったのなら、彼─────ヴァルムスは純粋なで勇者に今成った、と言っていいだろう。


 そう、この世界の中心にいたのは勇者だった私なんかじゃない。


 ─────全てを捻じ伏せるだけの力を持つ、ヴァルムスだったのだ。


 勇者として世界を救う旅に出始めた数年前。私は自分が世界の中心にいるんだと、信じて疑わなかった。

 何より、この何事にも恐れることのない、己の心に誇りを抱いていた。


 たとえどれほど無様に負けようと、どれほど強大な敵に立ち向かうときがあろうとも、己の心はいつだって前を向いていた。


 それは常人にはできないことなんだと、思い続けながら俺はここまで旅を続けてきた。


 人助けだっていっぱいした。それが巡りに巡って俺の心をさらに強固にしてくれると信じて。だがそうなれば必然、俺は勇者ではなくになるのは当然だった。


 行く先々ですぐに助けを求めてくるようになった。それを俺は深く考えることなく叶え続けた。


 そう、なんでも叶えたのだ。さながらそれは願いを何でも叶える願望器のように。


 俺の存在が、勇者というものをゆがめてしまった。


 きっと次代の勇者は大変だろうな。まあ、だからこそ、支持力を高めてしまった俺を危険視した奴らが俺を殺す、なんてことをザックたちに依頼したんだろうけど。


 ザックたちも大変なもんだ。うまいように踊らされて。仲間を裏切って。


 だけどヴァルムスはそこらへん分かっていそうだな、あの感じだと。奴はずっと目を閉じて俺たちの戦いに介入しなかったのは、この先のことを案じていたからってのもあるだろう。まあ本命は3分待ちたかったからだろうが。


 彼は彼の信念のもと、俺を殺そうとしている。その強烈な殺気を、ただ俺だけに向けている。その殺気は本物の魔王にすら向けなかったもの。


 盤面を狂わすほどの力を持っているはずのヴァルムスでさえ敵わなかったあの魔王にすら本気の殺気を向けていなかったのだ。


 俺たちがさっき戦ったばかりの魔王はただただ強かった。それはヴァルムス以上に。だが彼は孤独だった。それがヴァルムスとの違いだった。

 部下にすら見放された、裸の王様。それが俺たちが戦った魔王だったのだ。


 だが強かった。ヴァルムスの一撃も、カンナの極大魔術も、ザックの強烈な斬撃も、俺の果てしない苦労の果てに手に入れた力も、魔王には効かなかった。

 あの場にいた全員が、あの場で限界を超える必要があったのだ。


 その上で、今こうして戦っている。


 ヴァルムスが大きく息を吸う─────


「─────竜の咆哮ドラゴンシャウト


 瞬間、殺人音波が魔王城内どころかその周囲の空気を一度で揺らした。そうなれば必然─────何もかもが耐え切れずに崩壊し始める。


 あれほど頑丈だった魔王城がたった一度の咆哮で瓦解した。


「……っ」


 鼓膜が破れた。網膜も破れかけて目から血涙が流れ始めている。目が見づらい。三半規管もこれでほとんど機能を失った。


 立っているのかすら自覚できない。


「ごぼぁっ……!?」


 口から大量の血が溢れだした。まさかこの咆哮だけでここまで喰らうとは想定外だった。


 これが、ヴァルムスがヴァルムスたる所以。彼一人いるだけで戦況が180度引っ繰り返ってしまう、勇者以上の危険人物。


 だが一番わかりやすい。強大な力はいつの時代でも人々を惹きつける。


 願望器だった俺に代わるには十分以上の逸材だろう。それに、これほどの力があれば抑止力にもなるだろう。今後こぞって彼を取らんと各国が争い始めるに違いない。


 そんな勝手な予測を頭の中でしているのは偏に現実逃避だ。


 逃げ出す分のルートが皮肉にも出来てしまったが、このまま動けそうにない。


「これで終わりだな、魔王」


「手古摺らせてきて、本当困るわ」


「……」


 首に冷たく鋭い刃が触れているのが分かる。それに勝手に再生された鼓膜によって彼らの言葉が明確に聞こえてきた。

 ヴァルムスの声だけは聞こえなかったが。


 次代の勇者の声くらい聞かせてもらってもいいじゃないか。なんて言おうとしたけど口の中は血だらけで、うまく言葉を発しようとすると代わりに血が吐かれる始末。


 内臓もこれだとボロボロになっているのかもしれないな。


「死ね」


 冷たい感触が首から離れ、代わりに風を切る音が聞こえてくる。そして再度冷たい感触が首に伝わった時には、俺─────私の役目は終わりを迎えて、







 ─────気づけば俺の視点は今いた場所から遥か高いところにあった。






 

 そして、が死んだのを見た直後に俺の視界は次第に白く染まっていき、







 ─────魔王城の近くの森の中で、目を覚ました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る