スナイパーは秋田美人~悪い娘はイェーガー~
阿弥陀乃トンマージ
依頼成立
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「……」
若い女性が秋田県秋田市の繫華街のはずれにある小さな居酒屋に入る。二十人も客が入れば一杯になるような規模の店だ。
「いらっしゃい……カウンター席にどうぞ」
愛想があまり良いとは言えない、細身で長身の中年男性――この店の店主、いわゆるおやじらしい――がややぶっきらぼうな物言いで、女性をカウンターに促す。
「………」
女性は横並びで盛り上がっている――近所の常連客であろうか――三人の老年と中年の男女、さらに座敷で馬鹿笑いをしている四人組の若い男から距離を取るように座る。
「……何にしましょう」
「……とりあえず生、中ジョッキで。後は……焼き鳥お任せで」
若い女性がメニューを眺めながら生ビールと焼き鳥セットを注文する。
「はいよ」
店主が手際よく作業に移る。女性はそれをただぼんやりと眺める。
「…………」
「……生一丁」
店主がジョッキを女性の前にドンと置く。女性は頷く。
「はい……」
「……はい、焼き鳥セットね」
やや間を置いて、店主が種類の異なる焼き鳥を五本並べた横に長い皿を女性の前に置く。
「……どうも」
女性が小さい声を出して会釈する。
「ごゆっくり……」
女性は中ジョッキになみなみと注がれたビールを半分ほど飲み、焼き鳥を食べる。
「……すみまぜん」
店を訪れてからしばらくして、女性は店主に声をかける。
「はいよ……」
店主は女性の前に立つ。女性は意を決した表情で声を潜めながら話す。
「……裏メニューをお願いしたいんですけど……」
「……」
店主が無言でその先を促してくるようだったので、女性は品目を告げる。
「『きりたんぽ的なミネストローネ』を……」
女性はどこか恥ずかしげに告げる。それも無理もない。いくら裏メニューと言っても、珍妙過ぎる品だ。すっかり酔いがまわっている周りの客に聞かれでもしたら、良い笑いの種を提供してしまうことになる。
「………」
店主は無言で女性の前から離れる。
「あ、あの……あっ……えっ⁉」
怒らせてしまったか、店主に謝罪しようと思った女性のスマホが鳴る。女性はスマホを確認して驚く。そこにはショートメッセージでこう入っていたからだ。
(用件を聞きましょう)
「……⁉」
女性は店の中をキョロキョロとする。離れたカウンターに常連客、座敷に若い男性グループしかいないはずだ。そこに再びショートメッセージが入る。
(キョロキョロしないで。スマホだけを見て。従えないなら、残念ながらこの話はナシです)
「……!」
メッセージを見た女性は固まって、前を向き、スマホに視線を落とす。メッセージは続く。
(結構です)
女性はメッセージに返信する。
(どうやってこの番号を?)
(質問するのはこちら。あなたはただ訊かれたことに正直に答えれば良い)
「……‼」
女性が一段と緊張した表情になる。
(ここに来たということは……そういうことと受け取ってよろしいのですね?)
(はい)
(ではいくつか質問をさせていただきます……よろしいですか?)
(はい)
(あなたの氏名は佐藤涼子さん。住所は東京都〇〇区△△△△△……電話番号は〇〇〇―△△△△―□□□□……職種は会社の受付、趣味はおしゃれなカフェめぐり、家族構成は猫ちゃんを二匹飼っていますね?)
(はい)
女性は震える指をなんとか操って返信する。どうやってここまで調べ上げたのだろうか。
(標的は? 合わせて動機もお願いします)
「………‼」
女性はさらに震える指を抑えながら時間をかけて返信する。しばらくして返事がくる。
(100万円、即金でお支払い出来ますか?)
(はい)
(ご依頼、引き受けましょう。余計なことは詮索せず、会計を済ませてお帰りください)
女性は店を出る。その翌日……。
「こまち〇号、まもなく出発いたします……」
秋田駅のホームから東京行きの新幹線に颯爽と乗り込む、黒髪美人の姿があった。
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