第六話 『東京ワルプルギスと螺旋の改造獣』 その53/立ち向かえる者
叫び声が聞こえた。
この場にいた、ただ無力に『アナスタシア』を取り囲むだけだった誰もが、その悲痛な叫びに目線を奪われたの。
それは、泣きじゃくり、怒り、悲しんでいるけれど……ぐしゃぐしゃの顔は、見知った者。勅使河原だった。
「お前さえ、お、お前さえ、い、いなければ……ッ」
「善き家族を作ることに、失敗した男か。お前の子は、正義を執行したのだな」
「あ、あんなものが、正義のはずがない! お前が、そ、そそのかした……っ」
「自ら気づいた欺瞞があるのだろう。その子は、賢い。選択し、決断した。尊重してやれ、ほめてやるといい。善意のために行動できる者は、何よりも尊い」
「と、尊いなんて、どの口が言いやがる!」
ま、まずい。
勅使河原は、拳銃を持っている。
まずい。
「勅使河原、勅使河原くん。落ちつけ! 『アナスタシア』は、撃ってはダメだ! この子が死ねば、か、核爆発が止められなくなるかもしれないんだからね!」
「そうよ! 勅使河原……落ちつきなさい!」
「落ちつけるかよ! わかるかよ、オレの苦しみが、お前らに! か、家族が、家族がバラバラに……っ。こ、殺して、く、食ったんだぞ! お、オレの息子が、オレの妻を!」
……ああ。また、地獄と出遭う。『アナスタシア』と『グランマ』に感化された勅使河原くんのお子さんが、勅使河原くんの奥さんを……殺して、食べた? マジかよ。嘘だったらいいのに。嘘だったら、こんなにくしゃくしゃな顔にはならない。
「痛みがあるなら、怒りで示してもいいぞ。私は、すべての者の痛みを抱きしめてやれる」
「挑発するな、『アナスタシア』! 撃たれるぞ!」
「さあ。やるがいい」
聖母みたいに微笑んで、抱きしめるみたいに腕を広げる。『アナスタシア』め。いつの間にか、手錠を自力で外していやがったのか……。
勅使河原くんが、叫んだ。獣みたいにね。周りの連中も、止められなかった。動けたのは……えらいだろ。褒めてくれよ、真帆ちゃん。
オレはね、お兄ちゃんだから。あの子の前に飛び出せた。
そうそう。ずっと昔に、田中もだ。田中も君の前に立った。自分の親父から、君を守るために。そして、ぶん殴られて。アタマに一生消えない傷跡が残った。怖いのに、立ち向かえる。それは、すごいことなんだよ。
勇気じゃない。勇気よりも、もっとすごい力だ。露骨に言えば、愛ってもんだろ。
銃声が何発か響いた。
映画みたいに上手くはいかない。かばったからといって、かばえるとは限らないんだよね。
オレには当たらなかった。鬼の形相をしていた勅使河原くんに、姉が飛びついてその場に押さえ込んでくれたから。でも、一発だけ。当たっていた。よりにもよって『アナスタシア』のアタマにね。
それでも、あの子は微笑んでいた。包み込むような母性の笑みで。『復活の聖女/アナスタシア』が、その場に仰向けに倒れて……アタマからは大量の出血が始まる。血は、翼みたいに広がっていった。『赤い天使』みたいに。叫んだ。お兄ちゃんだからだ。一万人の他人が焼かれるよりも、きっと、こっちの方が辛い。
核がどうとかこうとか、そんな些細なことはどうでもいい。
「死ぬな、死ぬな。死ぬんじゃない、『アナスタシア』。じゃないと、じゃないと……ああ、ああ。お前は、オレの妹なんだぞ!」
知ったことかよ。
自分の妹が死ぬかもしれないのに、世界にいくらでもいる他人の心配なんてやれるものか。核なんて、爆発したければすればいい。ちくしょうめ!
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