第六話 『東京ワルプルギスと螺旋の改造獣』 その44


 絞める。絞める。絞める。全力で、殺すつもりだとかは……考えない。ただただ、全力を腕に込めてしまうだけでいい。他は、考えない。隆希を、助けるんだ。弟を、家族を。私の人生で鍛えあげてきた力を、ぜんぶ。ねえ。繭、繭。力を貸して! 声は聞こえない。すがたも見えない。でも、いるんでしょ。信じられる。私のそばが、繭の家だから!


「お、の……れ……ッ」


「『アナスタシア』! このまま、気絶、しなさい……ッ」


「負ける、か。負ける……かああっ」


「あんたは、殺そうとか、しすぎなんだ!」


「それ、が、私だ……敵を殺す、それが私の役目だ……ッ!」


「私の肌を、見たでしょう! 繭の『へる・へる・へぶん』は、変わった! の、呪いばかりじゃないよ。繭は……『魔女』じゃない。かわいそうな子を助けようともしていたの。私といっしょに、生きてくれようとしていた! みんな、誰でも、変われるから。変われるから……あんたも、殺すことばかり、しなくてもいいから! こんなことしなくても、きっと、願いは……だから。もう、やめなさい、『アナスタシア』!」


 一瞬だけ。力がゆるんだのかも。『アナスタシア』が、締めにかかる私の腕のあいだに、指を差し込んだ。とてつもない力だった。この子も、撃たれてるのに……っ!


「あ、暴れないで、『アナスタシア』! 死んじゃう、でしょ!」


「だれかを……たすけ、たいなら……こ、殺すぐらいで、いやが―――」




 ……「誰かを助けたいなら、殺すぐらいの覚悟がいる」。過酷な環境だと、そうなるのかもしれない。でもね。そんなことが正しいとは、オレは思わんよ。「やさしいね」。当然さ。やさしい男だから、真帆ちゃんの恋人やれているんだ。「ああ。思い出しているね、弟くん。助けられなかった人たちのこと。タイムマシンがあれば、両親に殴られている真帆ちゃんを助けてあげられるのに。あとは、真帆ちゃんの同級生たちも、田代のことも」。サービスだ、お前のことも思い出している。「うれしい。さあ、仕事をしよう!」。もちろん。


 拳銃なんてものは、ガラじゃない。こっちは医学部中退なんだから。注射器の方が、手に慣れているんだよ。らしくて、いいよな。「打っちゃえ、鎮静剤!」。おう!


 姉と戦っているオレの妹の下っ腹に、思い切り、隠し持っていた注射器ぶっ刺してやった。針が折れなかったのは、ラッキーだったね。「私のお祈りパワーだ。超能力がつかえるの!」。うそつけ。ただの偶然だ。「ばれたか」。


「き、さ……まあ!」


 妹ににらまれる。


 美人の妹の顔に、にやけた兄貴の顔を見せてやるぜ。いつも思ってるんだけど。ピエロって、いいよな。笑顔をあたえてやれる。虐待されている真帆ちゃんや、田代にも。飛び降りたくなっている女の子たちだって、笑えたら、ちょっとは死にたくなくなるだろ。「だから、小説家になりたいんだね」。娯楽って、いいよね。「さあ、笑おう」。


「オレたちの、勝ちだ」


 その次の瞬間。ぶん殴られた。


 くそ痛い。


 でも、もう遅い。注射しちまったもんね。筋肉に力が入らなくなる。血圧が思い切り下がる。眠気もくるだろう。いくら、怪物じみて強いお前も。そんな状態で、姉に勝てるわけがない。そもそもオレに撃たれているし、ずっと、戦い続けてきたんだ。


 オレから引きずりはがされていく。


 妹は必死にオレの腹に突き刺さったナイフに手を伸ばそうとしたが、こっちも虫けらみたいな無様さでもがいたよ。遠ざかる。あの子の手は、ナイフに届かなかった。「あの子、銃を使えば勝てたのにね」。アンフェアな戦いをしたくなかったのさ。気高いからね。


 あとは。


 たぶん、罪悪感があるのさ。オレたちにじゃない。自分の行為そのものについてじゃない。仲間をたくさん死なせて、ひとりになっているから。「言っていたもんね。たくさんの仲間に助けられたって。みんな、死んじゃった」。悲しいことに、死はさみしくて共鳴するのさ。でもなあ。死なせないぞ、オレの妹よ。


「ぐ、が、あ………………」


 絞め落とされて、泡をふきながら、妹は姉の腕のなかで失神したよ。「勝ったね!」。いいや、まだだ。しなくちゃ、ならないことがある。今度こそ、本物のヒーローになるんだ。


「姉、治療を、するぞ」


「あ、あんたの腹に、ナイフが」


「オレじゃねえ。その子を温室に運べ。撃たれてるんだ。オレが、撃っちまった。応急処置だけでも、しないと」



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