第六話 『東京ワルプルギスと螺旋の改造獣』 その12


「……私を煽っても、ムダです。この精鋭部隊も、話術で揺さぶられはしない」


『そうでしょうかね。私はムダだとは思いませんよ。さあ、さあ。ご照覧あれ。私のショー・タイムの始まりですよ!』


 映像が、集約した。赤く燃えるそれは壁に映し出されていたときは、巨人のように大きかったのに。今では、等身大の……燃える男になっていた。


 映像……「ちがうよ。あれは、本物の人間だよ」。ほ、本当だ。


 いた。炎に包まれる者が、集約した『オラトリオ』がいただけの場所に、『立っていた』。燃える男は、あの映像の向こうから蘇ったみたいだ。精鋭部隊たちも、吉永だって、私もだ。炎に包まれながら、こちらを目掛けて歩いてくる男に対して、恐怖を抱く。


「ひ、ひいい!?」


「何が、どうなって……」


「まやかしだ! あれは、映像に過ぎん! 撃て!」


「ち、違う! あれは、生きている誰かよ! 撃っちゃ、ダメ―――」


「―――小銃を持っているぞ! 燃える男は、武装しているんだ!」


 ああ。誰かにアタマを押さえつけられる。吉永に、押さえつけられたんだ。私は地面に倒される。撃ち合いをするからアタマ下げていろって? 違う。これは、違うよ!


「罠だから、引っかからないで!」


 叫んだはずだった。でも、銃声にかき消される。燃える男は、まるで、『オラトリオ』みたいだった。AIで再現されるだけじゃなくて、肉体まであたえられた存在かのように、あいつは演じたから。いや、違う。『演じさせたんだ』。


 銃弾を浴びながら、燃える男が揺れて動く。幻なら良かったのに、幻じゃなかった。あれは現実にいる。もちろん、ここは科学が支配する現実だから、『オラトリオ』が復活したわけじゃなかった。


「う、撃つな! か、彼は……な、仲間だああああ!?」


 手遅れだった。燃える男の正体を知った瞬間、みんな、うなだれる。罪悪感で死にそうな顔だ。『オラトリオ』は、こちらの隊員に火をつけて、放っていた。捕まえた隊員を、丸焼きにしながら、返したんだ。『オラトリオ』のすがたが、壁に戻る。大きな燃える男は、何度もアタマをうなずかせていやがった。


『気づかれてしまいましたね。かわいそうに。彼は、素晴らしい方だった。とても勇敢な戦士であったのですが。最期は、まさか仲間に撃ち殺されてしまうとは! どんな気持ちでしょうかね! 献身的で勇敢な仲間を、自分たちで撃ち殺してしまった今の気持ちは!』


「うるさい!」


「ふざけやがって!」


 冷静さを欠いてしまっていた。仲間を撃ち殺してしまえば、そうもなる。『オラトリオ』の幻影に向けて、銃弾が降り注いだ。銃声がうるさすぎて、感情が昂り過ぎて。より罠にハマってしまう。


『痛くもかゆくもありませんねえ』


 あいつはそう言いながら、増えたんだ。そこらの壁に、無数の『オラトリオ』が生まれる。怒りと恐怖と、混乱に呑まれてしまっていた私たち全員は、その燃え盛る幻の光に、幻惑されたんだ。気づいたのは、私だけじゃなかったと思う。


 幻惑してくる『オラトリオ』の群れに紛れて、何人もの武装した敵が、私たちに迫っていた。先手を、取られる。こちらが『オラトリオ』の挑発に乗せられて、投影されたあいつに怒りと銃弾をぶつけている隙を突かれて、銃弾を浴びせられる。


 悲鳴があがった。


 近くで。


 血のにおいも、飛び散る。すっぱい、火薬のにおいも。次の瞬間、光と爆音が私の感覚を塗りつぶす。アクション映画で、見たことがある。「これは、スタングレネードだね」。強い光と爆音で、何もかもがまっ白になる。音さえない。時間も感覚も、壊されたみたいになる。思考回路だけが、生きているカンジで、体はろくに動けない。


 でも。


 それは、私だけだったようだ。こちらの隊員たちは、この衝撃のなかでも、訓練通りに動いていたみたい。遅れを取ったのは、わずかな時間だけ。そのわずかな時間に、敵は襲いかかり、至近距離での殺し合いになった。


 銃声と、悲鳴。


 血の臭い。


 時間の感覚が壊されているせいで、気づけば……終わっていた。敵も味方も、双方がほとんど死んだ―――そのとき、『アナスタシア』が現れる。拳銃と、ナタだ。恐ろしく素早い動きで、銃弾を撃ち込んで殺し、ナタを突き立てて殺す。


 敵うはずがない。


 そんな考えを、私にさえるほど。繭と同じ、『聖女』のクローンは強かった。「うん。でもね。あいつだって、ただの人間なんだよね」。そうだ。だから……ケガだってする。


 銃弾がかすり、あいつのほほから血が飛んだ。


 次の瞬間には、その銃弾を放った隊員を撃ち殺していけれど。隊員の残りに、あいつは飛び掛かる。首元にナタを突き立てながら、その背後に回り込み、『生きた盾』にした。


「ぐう、ううう」


 うめき声と共に、泡の混じった血を吹く隊員がいた。『アナスタシア』は、彼を羽交い絞めにしながら、吉永を見つめている。吉永は、拳銃を構えていた。にらみ合いながら、吉永は震えていた。


 まずい。このままじゃ―――隊員が、赤い泡を吹きながら叫ぶ。


「オレごと、撃ち殺せ!」


 吉永は、それをする。『アナスタシア』も、拳銃を撃ってきた。隊員に当たる。腕や腹や首にも。吉永にも、当たった。吉永が倒れてしまう。


「吉永!」


「に、逃げなさい―――」


 吉永がアタマを蹴られて、意識を失う。目の前に、『アナスタシア』がいた。長い黒髪を揺らしながら、私の目の前に。反撃してやらなくちゃいけない。それが、義務だったはず。それなのに。「しょうがないよ。私に、そっくりだもん。やさしく微笑みを浮かべられたら、玲於奈は抵抗できないもの」。なさけない。ぶん殴られて、そのまま倒れ込む。


 背後を取られたのがわかった。まずい。首を……。


 柔道の技とは、違う。指でつかむような、押し込むような頸動脈の圧迫。抵抗する方法は、なかった。『アナスタシア』は、私よりも、ずっと強い…………「そうかな。あいつは、吉永の銃弾でケガをしているよ。だから、がんばって。あきらめないで」………。


 意識を、失う。


 落ちるとき。


 人は、脳内麻薬が出てしまって、気持ち良くて、無力になる。みじめに、失神するのがわかった…………………。



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