第六話 『東京ワルプルギスと螺旋の改造獣』 その5


 ……公安からの情報によると、ビルの爆破が起きたのはここだけだった。今のところはね。これから先は、わからない。『アナスタシア』は、もっと多くを、殺そうとすればやれるらしい。ネットでは、怒りと、賛美があった。「なんてことを!」、「もっと世界をぶっ壊してくれ!」。


 みんな。


 この世界に満ちた恐怖のせいで、子供みたいに怖がったり、残酷になったりしている。こんな地獄からは、逃げるといい。隠れていて。『アナスタシア』は、私が止めてみせるから。


 土煙が収まると、私は社外に出た。探し物は、すぐに見つかる。混沌として乱れた車道を、這うように獲物が走っていた。ゆっくりだから、簡単に止められる。


「そこのバイク! 止まれ!」


「な、なんだ……あんたっ」


 脅して奪うつもりだったけど、公安の方が素早かった。


「公安です。ああ、警察ですよ。降りてください。首都がテロ攻撃にさらされている最中です。一国民として、ご協力を」


 拳銃を突きつけられながらだと、人はとても素直になれる。上物のバイクでも、命よりは大切じゃないもの。頼りになるよ、女はね。私の地獄行きのパートナーは、吉永に決まった。


「さあ、行きましょう。運転は」


「私がやる。あんたは、私の背中で、行き先を教えなさい」





「待て、バカ野郎!」


「そ、そうだ! オレのバイク、返してえええ!」


 ……姉は、行っちまいやがった。追いつめられているのか。ヤツのクローンが極悪特大テロリストだからって、責任を持つ必要はないのに。「嫉妬しちゃう。あの貧乳デカ。私のいるべきポジ盗んだ!」。それは、お前が生きていないからだ。殺されてんじゃねえよ!


「ちくしょうめ!」


 やれることは、少なかった。クラウンに戻る。衝突多発でボロボロだけど、さすがは世界のトヨタ。頑丈だから、壊れてない。まだ走れるのは幸いだ。


「じ、地獄だ……っ」


「追いかけろ。女どものケツを追いかけて、地獄の底まで向かうんだ!」


「わかってる! だが……バイクの方が、圧倒的に早く着くぞ……ッ」


「かまわん。もがけ。やれるだけをやれ」


「やってやるよ!」


 菅原め。ヤケクソになってくれたよ。赤色回転灯を取り出して、公安クラウンの天井に貼り付けた。


「警視庁からのプレゼントだ!」


「ハハハ! 勝手に持ってきたのかよ!」


「し、しかしっ。ま、丸焼けにされませんかっ!?」


「そのときは、そのときだ。暴徒の群れがきたら、拳銃で脅せ!」


「そ、そんな……っ」


「勅使河原、信じろ! オレたち警察は、いつだって、正義の味方だ!」


 プライドがあったよ。叩き上げで、顔と口の悪い中年警官は。負けっぱなしだけど、それでも、みんな……あきらめているわけじゃない。


 開けてくれた。


 パトカーの道を、みんなね。どうにかこうにか必死で。暴徒はこなかった。怯えているからだろう。それに、みんな知っている。正義の味方には、誰もがなれるわけじゃない。まして、ヒーローなんて無理なハナシだ。でもね。みんな正義の味方を応援するのは、好きなんだ。代わりに地獄に行って、正しいことのために戦ってくれるから。


 いいよ。


 そろそろ、有言実行をしようじゃないか。田代よ、覚えているな。ヒーローは、やって来たんだ。お前も、お前の好きだった女も、麻生繭も救えなかったけれど。『アナスタシア』を止めて、ヒーローになろうじゃないか。どんな罪を、背負ったとしてもね。





「行動派ですね」


「アウトローなんだ」


「そうでした。ヘルメットもなしに、バイクを運転ですか」


「気持ちいい……」


「不謹慎です。バイクを強奪した私が言えませんか」


「おかげで、混雑している場所は抜けた。警察の、検問も」


「ここから先は、地獄ですよ。SATの生き残りは、どれだけやれているか……」


「やられっぱなしじゃ、ないでしょ」


「ええ。殺されながらだって、相手も殺傷していきますから」


「悲しいね」


「はい。みんな、数時間前まで、死ぬなんて思ってはいなかったでしょうに。知っていますか? 私が、『アナスタシア』の居場所を聞き出せたから、彼らは死んだのです」


「あんたのせいじゃない」


「もちろん。でも。人の心は、怖いコトばかりが起きてしまうと、視野狭窄を起こすんですってね。あーあ。私のせいじゃないのに。かたき討ちを、したくなっています。古風なアウトローさん」


 ビルを見る。プロジェクションマッピングは、あちこちにあった。『赤い天使』が微笑んでいる。幾何学的な模様も……繭の、タトゥーの絵も……『へる・へる・へぶん』だ。


「……アレは、とんでもない絵です。人々の心に、恐怖を呼び覚ます、恐ろしい絵。人々は、これをずっと目撃する。『911』の映像みたいに、何度も、何度も、見てしまうことになるかも。世界中に、ニュース映像として流されたり、ネットで個人的に検索したりするようになる。そうなれば、洗脳が起きる。『アナスタシア』の……『生命の秩序』の信徒になっていくのかも。タトゥーみたいに、消えない。ずっと、逃げられなくなる」


「そうかもしれない。でも、やれることはある」


「ええ。変えて、みてくれませんか。今の『へる・へる・へぶん』には、愛と希望もあるってことを、教えてあげてくださいよ。私が、どうにかして……あなたを、『アナスタシア』のところまで導きますから」


「うん。お願い、吉永さん」


「……ええ。行きましょう。水原さん。そこを、右折です」


 交通整理という名の封鎖のおかげで、コロナ最盛期みたいに東京の道路が無人だ。めちゃくちゃ走りやすいこと、この上ないよ。



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