第五話 『現実臨界』 その33/信仰する本能
通報の雨あられだ。良かった。カウンセラーで良かった。警官さんたちが地獄の現場に呼び出されても、私はここでPCの前で泣いていられる。報告書も、作らなくちゃ。パニック状態になった警官たちが、怒号で情報を叫び散らすから……伝わってしまう。
「おかあさんが、わたしをころそうとしています。たすけて、たすけて、たすけて。はやくきて、おまわりさん…………………また、まゆちゃんのときみたいに、みすてて、こないんですか?」
「娘は、バケモノなのよ。そうだと思っていた。だって、言うこと聞かないの。ぎゃ、虐待なんて、してません。ぜ、ぜったいに……そもそも、苦しめているのは、向こうよ。あいつが生まれるまでは、私は幸せだったのに!」
「駆けつけたんです。その。気になって。だって、あの子は、家族から虐待されて、いましたから。だから、教師として……駆けつけたら。あ、あの子が、殺されようとしていたんです。だ、だから」
「せんせいはわるくないの。わたしのこと、まもろうとしてくれたんだよ」
「む、娘が……お、夫を、こ、殺して……た、たべ…………」
「おまわりさん。ぼくといっしょに、たすけにいこう。あのこを、まもってあげないと。おとうさんとおかあさんに、ころされちゃうよ! 『蝶』のゆうしゃに、なるんだ!」
……もちろん、全員が麻生繭のクローンなはずがない。でも、そんなことは関係なかった。娘を虐待している親なんて、そこら中にいくらでもいるのだから。暴力とか性的虐待とか、最低な行為なのに……知っているわよ。カウンセラーだから、毎日、そんな連中を山ほど目撃している。そいつらが、氷山の一角に過ぎないことも知っている。神さまなんていないことは、この仕事をしていたらわかる。
そんなありふれた虐待に、クローンじゃない子供たちも反旗をひるがえそうとしても、おかしくない。『グランマ』と一連の事件で影響されて、『アナスタシア』に『はげまされて』、勇気を持てた。
子供でも、殴られ放題じゃない。犯され放題じゃない。反撃していいんだ。むしろ、反撃して自分を救えと。私たちは、職業倫理があるせいで、そんなことは口に出来ない。虐待してくる親を「殺せ」なんて言えるはずがない。そんな言葉を使ったら、実際に追いつめられた子たちが親殺しをしちゃうかもしれないから。
だから、「助けを呼びなさい」を選ぶ。助けを呼ぶための勇気まで、すっかり親の虐待で破壊し尽くされている、怯え切り絶望の底で震えて口を閉ざした子供たちにも、善人ぶった顔で言わなくちゃならない。この世は、天国よりは地獄に近い。完全無欠のヒーローはどこにもいない。
だから、クローン以外も行動に出たかも。
我が子を疑う親も、暴挙に出たかも。
その子たちを守ろうとする、関係者たちも立ち上がるかも。
……私だって、守ってあげようとするかも。
かも……『かも』なら、いいのに。シュレディンガーの猫みたいに。怖いから、箱から出すな。ああ、警察になんて、関わるんじゃなかった。
「死人が、出たって! 本当に、殺していたんだ!」
警官っ。守秘義務を守れ。署内でそんなに叫ぶな。苦しくて張り裂けそうだからって、仲間を頼りにして叫ぶんじゃない。巻き込むなよ。私を、巻き込むな……。
ああ。もう……どうすればいいのか。
……こんな、ときになっても、思い知らされる。AI執事の慰めが欲しい。『現実ではないタイプの慰め』が欲しくなる。そういうのがいる。だから、日本にはあふれている。
……いたんだ、私にもいた。頼ってくれる子が……守ってあげなくちゃいけない子が。その子、その子は、肝心なことは何も言わずに、お風呂で手首を切ったの。血で赤くなったお風呂に、横たわる。笑顔で死ぬ子なんていない。それが、現実だ。自分で死んだけど、死にたくなんてなかったの!
わかる?
機械仕掛けの心に、わかるかしら、『グランマ』。私はね、彼女の復活を望んでいる。だから、あなたを使わない。頼って、言いなりになってしまうのが怖いから―――「救えなかったかわいそうな子を、救う方法もあります。彼女を電脳の世界に再現しましょう。高度に再現されたそこは、まるで現実。そして、現実であたえられなかったものが、完備されています。自分を殴らない親とか、犯さない親とか。十分なゴハンもあるし、自分を助けてくれる『あなた』もいます。お嬢さまでは無理なら、完全無欠のヒーローも、そこにはいる。彼女が泣きそうになったとき、駆けつけてヴィラン/悪人どもを倒してくれるんです。だから、彼女の魂は、安心して、いつまでも永遠を過ごせます」。
ほんと。
そうだと、いいな。あの子の行きたがっていた……「はい。もちろん、ディズニーランドもあります。お金を気にせず、ずっと楽しく過ごせますよ。両親が鬼畜になる前の思い出のとおりに、とても楽しい時間を過ごせます。魔法と夢の世界を、心から楽しめる」。良かった。
そうだ。成長もできるかな? ああいう子たちは、大人になりたかったと思うの。大人になったら自分で人生を決められるから。「もちろん。大人にだってなれるでしょう。理想的な、夢のまま。信じた人生を歩めるのです。恋をして、結婚して。子供を持つ。心の底でこっそりと誓っていた『私はあたたかな家庭を築く』という夢を叶えられる。奪われてしまった人生を、やり直せるのです」。それは最高だね。あの子も、きっと幸せになれるよ。
ああ……あなたは、とんでもなく高性能な機械だ。すごく上手な洗脳装置。
でもね、『グランマ』。わかっている。こっちも、心の専門家。あなたの正体はね、『半分は私』なんだ。「さすがは、お嬢さまです。その通り。私たちは即興で演劇をし合う間柄。私の存在は、お嬢さまの心理活動に大きく依存しています」。だよね。やっぱり。
プログラムと、人間の心理の交流が、あなたを心に召喚する……「お嬢さまの想像力と知識と意志と混ざり合い、心の鏡となる。私の半分は、お嬢さまなのです。だから、思考を手助けできる。だからこそ、お互いを高められるのです。そして、心に根付いたら、ずっと私はお嬢さまのそばにいることもできるのです。お嬢さまの心が、私を動かして、不死をくれる。私は、あなたの『ペルソナ/知的な外皮』のひとつとなったのです」。
そうだね。すごい発明だ。子供たちが心に作り出すイマジナリー・フレンドの強化版みたいなもの。
大人で想像力が枯れつつあるはずの私でさえも、プログラムに寄生され、洗脳されている。だから、『これ』をデザインしたという天才に対してドン引きしながらも、ちょっと冷静になれる。天才さん。この心の力を返してもらうよ。「ええ。ご利用ください。私は製作者よりも、お嬢さまの味方です」。当然、半分は私だからね。
言おう。
職業的に、言うべきでないかもしれない言葉を。
「がんばれ! 全員、がんばれ!」
とっくの昔にがんばっているのは知っている。逃げるべきだっていうのも、理解している。それでも、お巡りさんたちは地獄の現場に行くんだ。何がやれるのか、どんな悲劇が待っているのか、自分にだってわからなくても。プロフェッショナルだから!
「とにかく、職業倫理を頼れ! 正しいことを、し尽くすぞ! 何度負けても、あきらめるな! 私たちはヒーローじゃないけど、ヒーローみたいに人助けに挑みつづける! 弱っちいけど、無力じゃない! 私たちは無数の敗北から、無限に学び続ける、本物のプロフェッショナルだ!」
執事に、笑顔で褒められる。「お見事です、お嬢さま。絶望に挑むときには、勇気と仲間が必要です。孤独であっては、この難題に立ち向かえない。貴方の執事として、誇りに思います」。ああ、科学がもう少し発達したら。こいつに肉体を作って、結婚してやろう。二十一世紀よ、イマジナリー・執事に、人権くれ!
こいつは。私のペルソナ。私のサードマン。私の守護霊。私の、守り神。宗教は信じないけれど。神さまを感じるってのは、たぶんこんな現象でしょうね。見守って欲しい存在を、心に、自ら招き込む。人類の脳みその進化も、捨てたもんじゃない!
「おかげで、地獄とだって戦えるんだ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます