第五話 『現実臨界』 その28/遠い未来に追いついた
「……それで?」
「およそ、人が獲得できる美徳を完備した体現者が生まれた。見た目もいいし、健康で、身体能力が高く、その『声』も特殊だ。心のなかに棲み付いて、思想を植え付けることに長けている。知性も高いよ。クローンのなかには、極めて重要な技術開発に従事している者もいるほどだ。つまり、完璧な女性だよ」
「あなたの初恋の相手?」
「ハハハハ。ああ、そうかも。唇を奪われてしまったよ。9才のときにね」
「悪い女性だわ」
「殺人鬼ではあるし、異常な儀式を執り行う邪教の主だ。君の評価を、否定はできないだろうね」
「優生思想を極めた一族が、彼女を祭り上げて、新興宗教を……『生命の秩序』を創った」
「正解だ。一族丸ごと、彼女の下僕になっていたよ。彼女の圧倒的な完成度にね。一族の教えを吸収し尽くして、より完成させちまった。一族のすべてを、支配するようになったのさ。子供のうちに」
「そんなカリスマ性が、実在するの?」
「したから、こうなっている。だから、わかりやすい乱暴な言葉を使ったのだよ。『人類の上位種』」
「……クイーン」
「そうだ。聖なる母であり、女王陛下さ。彼女はやさしい。全人類を救済してあげようとしている。死の恐怖。孤独や、終焉がもたらす虚無感、痛み、苦悩から……」
「偽りだと思う」
「「思う」、だって? なんだいその言い方は、君らしくない。迷っているね。断言できていない時点で、君はすでに魅了されつつあるのさ」
「命は、死ぬものよ」
「ワシらのような仕事をしている者には、腹の奥まで響く言葉だ。しかしね、一般的には多くの者が死への恐怖に引き裂かれながら、おびえて生きているんだよ。死への覚悟なんて、できやしない。九十才になっても病室で叫ぶじゃないか。「たすけて、お母さん」と」
「死は……怖いものよ」
「そうだ。『それ』から『聖女』は人類を救済しようとしている。宗教の教え、聖性で救い。電子情報化という記憶の保存で救い。それでも肉体を求める者には、ああやって肉体を提供できるんだ。君は、君自身よりも大切な孫娘に、永遠をプレゼントしたくないのかい、おばあちゃん。幼いあの子も、死への恐怖に泣いていたぞ。ワシが悪人どもをぶっ殺して、救い出してあげたけれど」
「……倫理観が、揺らぐ。私は、あの子に死んで欲しくはないけれど、永遠の命なんて、与えたいとは…………」
「断言できない。心に孫娘の笑顔が浮かんだな。永遠に、健康的に、恐怖から解放されて『聖女』に守られながら生きていく。君だって、死んだあとでも孫娘に話しかけられるんだ。彼女がさみしくないように。そして、君自身がさみしくないように。死は、もはや終わりじゃないんだ。彼女が道に迷ったら、導きを与えてあげられるし、悲しいときには一緒に泣いてあげて、はげましてあげられる。とてもやさしい『グランマ/祖母』と、孫娘の終わりなき交流が実現するんだよ。それが、魅力的でないと、どうやって否定するんだい?」
「…………それは………………」
「賢い君でさえ、完璧な反論を見つけ出せないだろう。だから、やがては負ける。そもそも、知っていたはずだよ」
「何を……?」
「いつか遠い未来には、『科学の力で永遠の命が完成する』。そんなことは、子供のころに見たSFアニメで、とっくの五十年も昔に理解していただろう?」
「アニメなんて見なかったわ。勉強だけしていた。じゃないと、医学部には入れない」
「そうかね。息抜きも必要なのにね。ワシは今でもアニメが好きだよ。あの精神病棟でも見せてもらった。トムとジェリーは大好きさ。仲良くケンカしよう!」
「……遠いはずの未来が、やってきてしまったということ?」
「まあ、そういう解釈もやれるイベントなのは確かだ。祝ってもいい。不死の完成と、その体現者がスマホ越しにネット中継で見られるよ。それぐらい、究極の願いは身近となった。『彼女を救世主として選べば』、より素晴らしい21世紀の後半を過ごせるかもしれない。死の恐怖を克服し、はるかに前向きな人生を楽しめる。人類の発展は、さらに加速するかもしれないね。既存の役立たずで、戦争ばかりさせている宗教より、よっぽど救いと希望に満ちている。イエスと『聖女』なら、ワシは『聖女』の方を愛しているよ。推せるさ。だって、イエスはスマホもない時代の原始人だよ。『聖女』は先端技術も、アサルトライフルも使いこなす。何体も復活しているしね。どっちが格上なんだい?」
「……宗教には、興味ないの」
「だろうね」
「これから、どうなるの?」
「気になるかい。じゃあ、続きを見守ろう。自首するか、それとも……受け入れられない未来に抗うために戦うか。君は、選んでもいいんだ。ワシは、戦うことになる。おそらくね」
「どうして? 魅了されているようにも見えるけれど? 何か責任があるのかしら?」
「ワシのことなど、どうでもいい。君は、君自身の現実と未来に向き合いたまえ。とにかく……『アナスタシア』の言葉を、もうすこし聞いてみようじゃないかね」
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