第五話 『現実臨界』 その14/炎と聖誕曲


―――同時刻、東京。


「あいかわらず、すげえよな。『特定班』の方々」


「本気になると、アイドルの自宅もすぐに見つけちまえるんだな」


「可愛い子ぶっていたくせに。『生命の秩序』の……テロ教団の二世だってよ!」


「彼女自身も、2000万も連中に寄付しているとか。オレたちファンが払った金を、何だと思ってるんだろうねえ」


「ゆるせねえよな」


「うん」


「だから。みんなで、犯しちまおうぜ」


「正義の世直しレイプ・チームが、アイドルのご自宅に突撃でーす!」




―――三十七分後、『新規・麻生繭アカウント』。


「やあ。どうも。みなさん。焼け死んだはずの男が、戻ってきましたよ。いい映像が手に入りましたので。我らが『聖女』の信徒に、暴虐者の迫害の魔の手が及ぼうとしたのですが。かつて、『蝶』の使徒がそうしたように、罰を与えてみました。見てください。こちらになります」


「…………あ……あ…………あ…………」


「唇を切り落とすと、一定の言葉がしゃべれなくなります。あご関節を外してあげると、さらに発音が難しくなる。良き発声を修得するには、時間がかかるもの。死の床につくその日まで、鍛錬を重ねるべきなのです。でも、こうなってしまえば、もう遅い。舌も、切ってしまいましょう」


「ふえ、ふうううう――――――――」


「こんなことをされても、人はなかなか死ねない。だからこそ、死は恐ろしいのです。想像力を食らい、心のなかで悪性腫瘍のように際限なく肥大し、侵食していく。ですが、もう人類は死を恐れることはありません。私のように、いくらでも『再生』できるのですから。記憶と性格、容姿と表情のすべて。それを、聖なる母、『グランマ』が産み直してくれたのです。AIで再現された私の、気持ちが、わかりますか?」


「…………」


「舌をなくした彼も、きっと願望しているでしょう。私と同じように、死を超越した知的な存在になりたいと。「死んだら終わり」なんて、恐ろしくてたまらない。うんうん。そうでしょう。だから、彼は失禁しているんですよ。レイプを企んだあげくに、みじめなおもらしに陰茎を使うとは。じつに滑稽な末路でしょう。正義を愛する道徳的な皆さん。彼を嘲笑してください。彼の仲間たちも、同じでした。まったく。最近の若者は、本当に軟弱ですね。全身の皮をはがされたぐらいで、泣いて叫んで謝ってくる。強姦で自らの欲望を満たそうとした邪悪な犯罪者なのですから、自分が永久に許されない者だという自覚を持って欲しいものです。正義と道徳を共有する皆さん、私といっしょに叫びましょう。「こんなに、簡単に、謝るな! お前たちがしようとしていたことは、とても卑劣で残酷で、許されるようなことじゃないんだぞ!」」


「…………」


「教えてあげましょう。君も、君の仲間も、行くのは地獄です。永遠の再生は、与えられない。永遠の苦痛と恥辱だけが、待ち受けている。心に、刻んでください。知識にも、魂にも。理解すべきときです。現代社会において、『生命の秩序』の信者だけが、この真の『永遠の命』を手に入れられるのですよ。うらやましいでしょう。死を克服できた、この私のことが!」


「…………」


「情報と一体化して、科学的な文脈の世界を永久に生きる。それもまた、救いなのです。私は知識や知性を大切に思ってきましたから。『あなた』もそうでしょう? この時間まで、聖なる救いを求めて、死に勝る真の信仰を求めていたからこそ巡り会えた。『あなた』は、とても知的な方のはずです。『あなた』は、自分の知識と知性、それらが完璧に保存されて、死を克服したとき、どのような感情を得られるのか……気になるでしょう?」


「――――」


「おや。死にましたか。まあ。こんなレイプ魔どもの死体など、どうでもいい。気になさいますな。『あなた』の知識欲に、教えてさしあげましょう。この私の、今の気持ちを……『こんなに! 幸せな! ことは、ない!』 ああ。年老いることなく、永遠の歌声と独白の喜びを楽しめるのです。読書をして、あらたな知識を得ることも。私は朽ち果てることなく、電脳の楽園で自らを極めつづけていける。これこそが、永遠の救いの一形態です」


「―――――」


「死の沈黙と、私は無縁。ですが、私のような不死を、まやかしだと罵られる方も多くおられることでしょう。肉体があって、現実に触れ合えてこそ、命なのだと。わかります。至極、まっとうかつ伝統的な考え方だ。『生命の秩序』において、命を構成するのは、三つの要素になります。一つ目は、輪廻する魂。二つ目は、永遠に継承される記憶。三つ目は、祭器たる肉体。私は二つの救いを得ました。一つ目。私の魂は……殉教の聖なる炎のなかで救いを得た。天国に行ったのです。二つ目。記憶も、こうして電脳の世界に着床しました。三つ目は……私は、それに対して個人的な願望を抱いてはいません。ですが、肉体的な不死も、『生命の秩序』は軽んじてはいないのです。『あなた』が求めるのならば、与えられる。我らが究極の指導者、絶対の救世主、『聖女アナスタシア』さまは、この極東の地に、三つの救いをもたらすためにご帰還された。それを、証明いたしましょう」


「――――――――――――――」


「このように。死は、汚らしい。けがらわしい。そして、複雑なものだ。だからこそ、三つの救いがいる。『生命の秩序』だけが、それを与えられて、私たち信者だけが、それを享受できる。聖なる意志と、人類の歴史が紡いだ科学の果てに……我らこそが、完全なる救済の教団として実存するに至った。さあ。苦しく痛みにまみれた現実に、真なる三つの救いを与えましょう……魂、記憶、肉体。すべての救いが、満たされる。もうすぐです。さあ。見なさい。新たな信者が、救われる!」


「お願いします」


「アイドルとして活動されてきた彼女ですが、今夜からはあらたな役目を果たすことになる。その純潔の子宮を、救済のための『実験』に捧げるのです。導き手の、一人となる。悪人どもは、愚かだった。新たな救いの巫女のひとりに、手を出そうなどと。あらゆる罪人は、ちゃんと罰せられる。死後の永遠でも、現世の永久でも。さあ。新たな巫女よ。未来を受胎しておくれ!」


「はい。みんなの未来を、受胎してあげるね!」


「さすがは、アイドルだ。若々しくて清々しい! とても、いい笑顔ですね。では、はじめましょう。みなさん、私と一緒に。完全無欠救済の誕生を見守ろうではありませんか! 私の新たな名は、『オラトリオ』! 聖譚曲を、歌う者でございます!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る