第五話 『現実臨界』 その9/記憶のなかに棲む悪魔
歩く速度が、どんどん早くなっていやがる。記憶のなかにあるヤツと話しているのかもしれん。見えているんだ。いつかどこかで、ヤツから「こっち来ちゃダメ」と言われた場所を思い出せている。ああ、ちくしょう。
悪霊さえも「来るな」という場所に向かうなんて、無神論者の我々でもチャレンジ精神が大きすぎるだろ。ここは、この山には……普通に、いるんだぜ。菅原の声が、オレの想像したものをつぶやいた。
「熊とか、そこらにいないだろうな……」
「いても、男根どもが盾になる。戦いの栄誉を、あたえてやろう」
「ふざけんな。女スパイも戦え」
「く、熊がいても。これだけの人数相手なら、ひるんで出てきやしないですよ」
「普通の熊なら、そうだけど」
「でも、『生命の秩序』が使った熊は、普通じゃねえ」
薬物漬けの熊。あの邪教どもからすれば、熊は何か特別な生き物らしいから……。
そう。生贄のための、『供物』……さとじいの言葉を、危険を承知で鵜呑みにすれば、『人類の悪の化身』みたいなもの。
……スマホのライトに照らされる、姉の後ろすがたを見た。熊殺しのヒーローだ。警官たちを救ったことにもなる。『犯人』は、『どこまでデザインしていたのだろうか』。とんでもない大悪党だから、かなりの範囲を計画していたはずだ。
でも。
もしも、かなりの範囲どころか『ぜんぶだったら』……そうだとすれば、あのとき、田代の家の地下室で、テープで椅子に『縛られていた』オレは…………五十年前、さとじいが体験した儀式において、オレは…………『あれ』になる。
逃げられないから、あのときも今も、生かされているのかもしれん。
鎖はずっと、つながっている。逃げられないけど、戦うことは許されている。今も、そうだ。うん……なるほど。オレたち双子は合わせて、『あれ』なのかも。なら、マシだ。もっと、そもそも……『配役に対しての認識が、間違っていたら、もっといやだ』。
「ここかも」
立ち止まった姉と、その声に、びびっていたよ。闇より怖い、想像力のなかに棲んでいる不吉な獣のせいでね。いや、邪教の『聖女』さまのせいか。
「キャンプ場に行った。というか、キャンプ場がある森のなかに建っていた、個人がやってる美術館にね。そこに、繭と私はたまに出かけた。繭は「キュビズムっぽい絵が飾ってあるから好き」だとかで……私は、その絵は好きじゃなかったけど……とにかく、たまに、森に行ったんだ」
「引きこもりのヤツがな。かなり重要行事か」
「「イメージを深めたいから、ちょっと森のなかをひとりで歩いてくるね」」
「……そう言って、麻生繭は森に入ったのね」
「うん。荷物を、持っていた。それは、ちょっとおかしいよ。私に預けていけばいいじゃないかと思ったけど。そのときは、気にしなかった」
「何かを持っていたのかもな」
何かまではわからないが、どうせ、ろくでもないものに違いない。
「うん。これ。ここに生えてる木は、とくに似てる。あのデカい、ちょっとゆがんだ……シイの木があったんだ、あの森にも。これと……似てるかも。ただ、それだけ」
「シイの木……ってのは、ご神木あつかいされてるときもある」
「ご、ご神木ってことは……『生命の秩序』は、宗教団体だし、意識する、かも」
「警察らしく調べてみようじゃないか。やたらと落ち葉だらけだが……」
「落ち葉の下に、隠してあるかも」
「そいつは、公安らしい発想だな。スパイっぽくていい……」
菅原が動きを止めた。靴の底を確かめるように足を動かしている。すぐに、両手で落ち葉を追い払っていく。スマホのライトで照らしてやると、見えた。錆び付いた金属の板だ。
「扉が、ある……地下に何か、あるみたいだぞ」
「さっきの鍵を、使う場所かも」
「おう。どいてろ、菅原」
「ああ……何が、入ってやがるのか」
「知りたくもないのに。どうして、開けなくちゃならない『箱』ばかりなのかね」
鍵を使った。この扉、錆び付いているけれど、カギ穴部分はなめらかな丸みを帯びた鉄製のカバーがついている。錆びてない。手入れが行き届いているんだ、カギ穴自体はね。扉を錆び付かせているのは、たぶんカモフラージュを期待してとかじゃないかな……。
なんであれ。
じつになめらかな感触で鍵はくるりと回転し、閉ざされていた扉は開いた。扉を菅原とオレで持ち上げると、地下に降りる階段が見えたよ。貧乳がしゃしゃり出て、ポケットのなかでモゾモゾ何かを動かしていた。何かを確かめると、リーダーぶって命令する。
「よし、入れ」
菅原を先頭にしたかったのに、姉がいちばんに入っていきやがる。頼りになる背中だが、それが今は怖くもあった。
どうせ。
ここにも、良くないものがあるのに。
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