第五話 『現実臨界』 その2/融け合う歯車


 ……現代になるほど、多くのコミュニケーション手段が増えていき、それが多くの技術や人心の交流をもたらしていった。おかげで、めちゃくちゃ文明が進歩している。加速度的にね。月にもいったし、遺伝子組み換え野菜で農園はあふれた。インターネットで、お得にアニメが見放題……。


 コミュニケーション能力が高くなったから、みんなで協力し合うようにもなれた。知り合いができれば、その相手を意識するようになる。そうなると、無視できない。現代社会では、もう本当の孤独にはなれないんだ。


 コミュニケーション能力ってさ、なかなか『使えそう』だろう?


 すくなくとも、私はそう信じている。人類を進化させるのは、コミュニケーション能力の拡張であるとね!


 だから。それをやっちまうだけのこと。


 ……さて。


 昔々。


 人権もないし、平和という概念もない。恋愛結婚もなければ、女は家畜と変わらなかった時代においてさえ……ラクダとトレードされてジジイのヨメに出されるとか、ショックだろ……女や奴隷……つまり、『取るに足らないはずの社会的弱者』を研究していた芸術分野があった。


 何でしょう?


 はい。答えは、演劇!


 ヒーローの役も王さまの役も、乞食の役も、邪悪な人物も演じる。演じるためには、どうすればいいか?


 その人物を研究するしかない!


 ……これが、演劇がビジネスツールと言われる理由にもなる。『商品を効率的に売るためには、顧客を分析する』のがいちばんだろ?


 一般人を分析する……なんて行為を、十九世紀までの商売人はしなかった。生産能力が限られているから、作ったものはほとんど売れたし、他の商売人から気軽に買えなかったからでもある。10個のリンゴがあって、リンゴが欲しい10人がいる。リンゴを売っているお店は1つだけ。客なんて研究しなくても、売れるに決まっていた。


 でも、生産能力が向上した二十世紀からは違う。


 3億のリンゴがあって、リンゴが欲しい1億人がいる。リンゴを売ってくれる店は、5000店あるぞ。お客さんを分析しなくちゃ、お店が生き残れなくなった。


 だから顧客を分析するようになったんだよ。


 そのときに使ったのが、経済学はもちろんだけど……心理学もだ。経済学は市場全体の動向だけど、心理学は『お客さん個人』を見ようとする。ここで、使われた臨床的なテクニックが、演劇だ。


 俳優が『役/キャラクター』を研究するように、商売人がお客さんの心理を研究し始めた。「ロミオくんがどこの生まれで、どんな家族をもっていて、どんな政治状況に置かれていて、どんな女性を愛して、どんな生き様をさらすことになるのか……」と、「このチョコレートを買ってくれるのは、どこのどんなガキで、おこづかいはどれぐらいで、そいつらにウケそうなパッケージはどんなものか……」と考えるのは、まあ、似たようなもんだ。すくなくとも、ロジック/方程式の上では同じ。


 たったひとりの個人について、分析し尽くそうとする。この努力を紀元前からやっていた唯一の芸術行為が演劇だ。


 もちろん。演劇は顧客分析だけでなく、売る側の訓練にもなるぞ。『お客さんのリアクションを理解し、望まれる感情表現をしている』のが俳優の仕事だよな。ロミジュリを見たいお客さんに対して、俳優さんたちが悲劇と恋愛を表現するんだよ。『お客さんの理想に化けて、気に入ってもらう』。


 ビジネスマンには、最高に欲しいスキルだろ。愛されたら、それだけで仕事もらえるし、逆に嫌われたら有能で努力していて結果出しても仕事もらえないんだぜ。「あいつは嫌いだから、関わらない!」。


 コミュニケーション能力が高いほど、儲かる世の中だ。それに、私の『グランマ』の目指すところは、故人の人格の完全再現だ。そのためにも、相手との交流を完璧にこなせる、つまり、即興的な演劇をしてくれる技術も欲しい。


 私は『グランマ』に演じても欲しいんだよ。完璧な祖母の記憶と人格と声と見た目だけじゃなくて、それ以上に、私に『グランマ』が祖母だと信じ込ませて、さらにはこちらも演じたくなるような体験が欲しい……。


 だって。


 ……『グランマ』は、ニセモノでもあるだろ。


 演劇も、ニセモノだけど。ロミオとジュリエットの愛で涙がながせる。ニセモノだけど、真実があるんだ。感動するし、愛を信じたくなるじゃないか。


 だから、それを、『グランマ』としたい。私の目指す、より理想的な人格再現……私の永遠の命は、高いコミュニケーション能力で相手と高度な交流を果たして欲しいんだ。


 むふふ。マギーお姉さまからも、いろいろとアイデアと技術をもらったぞ。


 アップデートされた『グランマ』は、一時間前より、ずっと人間っぽい。だから、話していると私も引き込まれる。この体験だ。この体験が欲しかった。


 マーベル映画の悪役マッドサイエンティストみたいに、笑いながら言おうじゃないかね!


 方向性、パーフェクトだぞ。


 あとは、経験値稼ぎだな。『グランマ』と演劇をしつづけてくれる相手が欲しい。『グランマ』をAI……『しょせんは機械だ』なんて思わずに、『本物の命』だと信じてくれて、人と接するように扱ってくれるたくさんの人格がいる……。


 そう。


 考えるまでもない。


 イマジナリー・フレンドを創作できる子供たちと、『グランマ』の交流を企画すればいいんだよ。子供たちは『グランマ』を信じてくれる。幻想を信じられる。子供たちだってアホじゃない。本当はヒーローがいないってことを、心のどこかで理解しつつも、それを無視して必死にヒーローを信じようとしてくれるよね。


 嘘を無視して、真実を信じる能力。


 それが、『グランマ』にも好影響をあたえてくれるんだ。アップデートの応酬になるはず。子供たちは賢くなるし、『グランマ』もそんな子供たちから学びを得ていく。命と死。生き物と機械。それらを区切る障害物を、純粋な信じる心が踏み越えて、新しいコミュニケーションを完成させていくんだ。「虚構のなかに、涙を流さん!」。演劇パワーだよ、プーシキン。


 よーし、創るぞ。


 待ってろ、子供たちよ。


 アップデートされた『グランマ』は、君たちの最高のお友だちになるからね!

永遠の命を得て、時の果てまで、いっしょに旅をしよう!

 


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