第四話 バタフライブレイク その11/箱


 地獄だった。そいつは、こちらの動きを観察していたんだ。警官たちが本気で集まってしまった人たちを追い払い始めたとき。十トントラックを、動かし始めていた。命令が、あったのかもしれない。だって、そいつは近くのコンビニに停車していたから。三時間も前から、ずっと。見張りからの命令で、そいつは任務を開始した。


 人の群れの向こう側に、十トントラックの巨体を見つけたとき。私は、本能的に叫ぶことができた。敵意を感じたんだ。周りも、それに気づいた。運転手は笑っていたよ。クラクションを、全力で押して、大きな音が私の大声だって飲み込んでしまう。


 みんな、気づいた。


 悲鳴を上げた人もいるし、そうじゃない人もいた。


 トラックは何の躊躇も容赦もなく、集まっていた人たちを、無差別に轢き始める。『ほむらがわ』を、再現しようとしていたんだ。たくさんの人を、次から次にはねて、つぶしてしまいながら。


 そいつは……。


「お前を狙っている! 逃げろ!」


 私を狙っていた。ああ、なんてことだ。本当に、本当に。腹が立つ。追いかけてくるなら、追いかけてこい。人気がない場所は、知っているんだ。そんなに、大昔の事件を再現したいなら、お前がやればいい。笑ってるんじゃないぞ、クソ運転手が!


 走った。


 逃げた?


 そうかもね。でも、それだけじゃない。やるべきことは、わかっている。川に向かって走ってやるよ。私を狙いたいなら、こっちにくるんだ。そうすれば、他の人たちを、巻き込まずにすむだろう。


 角度を変えた。私を狙っているのは、本当だった。ありがたいよ。おかげで、一対一だ。川を背にしたぞ。どうするんだ。突っ込んでくるのか? それでもいい。ギリギリまで引き寄せて、避けてやる。お前だけが、川に落ちればいい。その血だらけのトラックといっしょに、溺れ死ねばいいんだ。


 あるいは。


 びびって止まるか?


 それでもいい。これ以上は、殺させない。殺すとすれば、こっちの番だ。


 チキンレースに、私は勝ったよ。あいつは、速度を出せなかった。私が避けてしまうかもしれないと思ったようだ。無駄死にしたくはないみたい。ボケナスめ。そんなだから、仕損じるんだよ。獣みたいに、横っ飛びだ。デカいトラックだって、避けられなくはない。


 ブレーキをかけるか。くそ。川に落ちなかった。減速していた甲斐はあるな。止まったよ。川に突っ込む間抜けはしなかったか。でも、なめるな。こっちは、ひとりじゃない。




「つ、突っ込め! 勅使河原くん! トヨタのクラウンを信じろ!」


「お、おうっ! でも、なんで、乗ってるんだ、お前まで!?」


「うるせえ。わからねえ、反射的に……いいから、突っ込め! タイヤに横から命中させろ!」


「なる、ほど!」


 加速したパトカーでタイヤに横から突っ込む。そこがいい。そこじゃないと。トラックの車体にすべり込んじゃうと、死んじゃうかもしれない。飲酒運転で、太ももをナイフで刺されたばかりの勅使河原くん。頼むよ、ミスるな。


「守ってくれ、トヨタのエアバッグ! オレは株主だぞっ!」


 ああ。頼む、頼む。ヤハウェよ、アッラーよ、釈迦牟尼よ……『ヒモの王』よ。オレたちは正しいことをしているんだから、オールスターズで守ってくれ。ヤハウェとアッラーって、同じだっけ? まあ、パニック状態でよくわからないけどっ。と・に・か・く。神々の加護よ、エアバッグに集まれ!


 アホみたいな衝撃だった。フロントガラスが割れて、ボンネットが壊れて。エアバッグに包まれる。おもしろいものでね。こういう瞬間でも、知識が活躍してくれる。『鞭打ち』を予防するために、背骨も反らそう。反動でアタマを振られたときに、首の筋肉痛めちゃうらしいから……とか、いろいろと。スローモーションで、世界が動いてた。


「ぐへえ!?」


「ぎゃふう!?」


 ヒーローの真似事を、オレだとか勅使河原くんごときがすると、こんなみじめな声を出すはめになる。全身、衝撃がひどい。しかも……車ひとつで、十トントラックなんて止め切れるわけないんだからね。トラックが動き始めるよ。エンジンふかしまくってる。


 ああ。でも、問題はない。


 正義の味方は、たくさんいるんだからね。他のパトカーたちも、我々につづいてくれるのだよ。次から次に、衝突音がした。四台ぐらいかな。あるいは、もっとか。それだけの数のパトカーが突っ込んだから。さすがに、十トントラックも動けなくなる。


「は、ははは。ば、バカな野郎だ。重たい荷台なんて、引きずってくるから、身動きが取れなくなるんだ!」


 ……勅使河原くんの言葉に、戦慄したよ。


 何故か?


 そんなの、わかり切っているはずじゃないか。


「『積み荷』は、なんだよ……」


「は?」


 トラックというものは、荷物を運ぶためにある。大きな『箱』なんだ。『箱』の中身は、何だろうね。知らないよ。知らないけれど、我々にとって、楽しいものじゃないのは確かだ。



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