第四話 バタフライ・ブレイク その8/顔泥棒


―――同時刻。穂村川市、郊外、アパート『メゾン・ハピネア』202号室……。


「ようやく見つけたと思ったんだが。これは、どういうことかね」


「見たままでしょう。一足遅かったんですよ、菅原さん」


「はあ。何が起きていやがるんだか」


「連続猟奇殺人事件のバーゲンセールです」


「笑えねえ」


「はい。公安は、笑えないお仕事だと再確認したばかり」


「……オレみたいなダメ警官が、公安のお嬢さまのお守りとは……大出世だねえ」


「罪悪感を抱えた男性は、よく働くと聞きますので」


「何もしちゃいないだろう」


「どうでしょうか」


「……仲間を、失った。悩みを、聞いたことがあったのに」


「人生と戦っていれば、そんなことも起きるもの」


「そこまでは、割り切れねえな」


「だからこそ、評価しているの。あなたはやさしいから」


「それだけで警官の評価になる時代かよ」


「しかも、地元にながらく暮らして、捜査能力が高い。捜査の基礎が完璧で、ルールの逸脱方法に詳しくて、行動力が高い。出世欲もないから、事件を真摯に観察できる。日本にFBIがあったら、あなたのような人材をスカウトするべきですね」


「現場仕事がいいんだよ。オレは、地元から離れたくねえもん」


「仲間想いですしね」


「……守れやしないんだが」


「そうですね。でも、がんばらないと。見つけるべきです。連中の拠点を」


「こいつからなら、聴き出せそうだったのに。麻生繭に、タトゥーを教え込んだ女だから」


「師匠ですね。でも、死人に口なし」


「殉教者ってガラの女じゃなかったよ。死後、どれだけ経っているのかは、わからないが。多少は、どんなことされたのか想像はつく」


「言ってみて。採点してあげます」


「はあ。お嬢さまは、ほんとうに……」


「さっさと。ハエがたかってる部屋に、長くいたいわけじゃない」


「……顔でわかる。黒沢由香だ。年齢、四十二才。美大卒業後、売れない画家をやりつつ、デザイン会社に勤務。飲酒のトラブル多発。無断欠勤常習、遅刻癖あり。堕落していき、二十代半ばで、クズみたいなヤクザの男とデキちまった。ここらで彫り師としての仕事を始める……若い頃は、トラブルが多かったよ」


「仕事が早過ぎた」


「そう。ヤクザの入れ墨には、入れ方の順番がある。一気に入れちまうなんてのは、作法として正しくないのによ。この姉ちゃんは、仕事が異常に早かった。一晩で、全身に彫っちまう。天才ってのは、いるもんだ。絵描きとして大成できなくても、彫り師としての技術は超一流。弟子に、一瞬で追い抜かれちまったけど」


「作法を守らないから、ヤクザからは嫌われた?」


「誰からも嫌われる芸術肌だ。それに。もともと、田舎の彫り師なんて食えねえさ。顧客が少なすぎるだろ。画業でも食えん。だから会社で安月給を稼ぐのも生命線。でも、いい暮らしをしたい。ヤクザの愛人仕事も食えん。ヤクザも干上がってるからな。だから、ろくでもない副業もやる」


「エロマンガでも描いていればいいのに」


「そうだな。でも、ちがった。黒沢がしたのは、家出娘の売春の斡旋と、麻薬の販売。麻生繭も、こいつに世話してもらっていた。ロリコン野郎は多くていけねえ。まあ、『まともな風俗』にも、未成年はいない。ガキとやりたい性癖の持ち主には、黒沢みたいな女はありがたい存在だろう」


「出会い系アプリで会えばいいのに」


「怖いだろ。田舎の少女たちは怖がりなんだぞ。でも、黒沢が世話してくれたら、客も『手加減』してくれる。搾取もされるがね。仲間意識を持ちたがるのは、女子の特徴でもある。都会の売春ガキどもだって、群れてるだろ」


「男根の生えた連中も、群れを作って困ってますけど?」


「語弊があったらしいねえ。へいへい。すぐれた女性だけじゃなく、男根の生えたアホも。どっちも、群れたがる」


「すべての猿は、社会性動物だから」


「黒沢は……家出娘にメシと寝床と『仕事』をあたえた。守ってもやったんだろう。不幸な子は、依存したがる。だいたいの家出娘の親はクズだから、親に似ているクズ女である黒沢にさえも、親近感を抱けるのかもな。親から逃げて家出したのに、黒沢にすがりつくってのは、不毛なサイクルだが……愛情ってのは、鎖だよ」


「で。黒沢の死体についての所見は?」


「顔以外、全身の皮をはがれている。ベッドの上で、縛られているな。死因は、出血性ショックかもしれない。輸血もされていたのかもしれん。ほうら、点滴で、何らかの薬剤を打たれていた。内容まではわからん。医者じゃねえんだ。そして、ハエがたかっているから、死後数日は経過。エアコンがつけっぱなしだったのは幸いだな。おかげで、オレたちの鼻が耐えられる腐敗臭だ」


「どうして、皮をはいだと思う?」


「逆だとか、思わないのか?」


「……『羊たちの沈黙』。『着せ替える』こともある」


「昔、まだ駆け出しだったころ。ご遺体を車に乗せて、解剖してくれる先生のところまで大学に行った。そこで女の医者と、佐藤っていう男に出会った」


「興味深い」


「佐藤は教えてくれた。『皮をはいてしまえば、わからなくなるものだ』。『はいだ顔の皮を、別人の死体に縫い直す。難しい作業でもない。その種の悪人がいたら、連絡をくれ。協力してやれると思うよ』。あのおっさんのハナシが、アタマにこびりついてる。このパターンは、ああ、だいじょうぶだ」


「よくさわれますね。腐りかけの顔面に」


「そのためのゴム手袋だ。別人の死体じゃない。佐藤が言うほど、世の中は病んでいないのかもしれねえな」


「でしたっけ?」


「……自信が失せちまいそうだぜ。たしかに、ろくなことが起きちゃいねえ……」



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