第三話 みんなみんな、夕焼けよりも赤く染まって その9/ほむらがわ
助手たちの技術もすばらしい。さとじいの指導を受けた者も、まだいる。つまり、オレの後輩や同期の連中も……オレほどじゃないが、いい腕だ。ご遺体に敬意を払い、過度に傷つけることはしない。しかも、警官に尋問されても口を割らない。悪人の所業じゃないってことだよ。罪悪感を超える使命感があるからこそ、耐えられる。正しいという自覚があるんだ。
「……どうして、警官に言わないのかしらね」
「オレに助けを呼んだから」
「するどいのね。ちょっと違うけれど」
「ふざけんな。わざわざ呼びつけてくれただろ。いいかね。隆希くんという名前は、ヒーローから名付けられたんだよ」
「正確には、違うわ。助けて欲しかったからじゃない」
「なるほど。助けを乞う相手は犯人だ。脅されたんだな」
「あなたじゃないのよ」
「姉が目的ね。それは、そうだよな。姉にあの声を聞かせて、暴走させたかった。どうして、あんなことを?」
「理由は、知らない。でも、とても……かわいそうなことをしてしまったわ」
「白衣のポケットのなかにあるスマホで、犯人にタイミングを知らせた。姉が騒ぎ始めたときに、ヤツの声を聞かせるために」
「ええ。そうよ。最低なことだわ」
「気にするな。あんたがあれをしたけれど、べつに、犯人の一味ってわけじゃない。だから、許してやろうとしているんだ。姉にも言わない。知れば……姉は、あんたを絶対に殺しちまうから」
「……ごめんなさい」
「あやまるな。あやまらなくていいから教えてくれ。人質とか、脅されてるとか。そういうのだろ?」
うなずかれた。本当に。何ていう日なのだろう。この『敵』は、どこまで大きいのか。オレはそろそろ考え方を変えるべきかもしれない。犯人を捕まえるんじゃなくて、姉といっしょに、この事件から遠ざかる方に……。
「孫が……いるの。まだ二才の孫。いるのに。いない」
「誘拐かよ」
「殺されてしまうかもしれない。やれることはしなくちゃ。命令を、実行するだけ」
「孫のためなら、どんなことでもやれるってか」
「気持ちがわかる? 職業倫理に、反している。とてつもない冒涜を強いられたのよ」
「わからない。痛みは―――」
「固有感覚だものね。本人だけのもの。人の不完全な共感能力だけでは、届かない」
ここでか。ここで、女の子を……思い出させるのか。ちくしょうめ。「物語を、届けられなかったねえ」。オレの記憶を探るんじゃない。オレは、オレは、もう立ち直っている。
「そう。だから、いい。べつにいい。オレはね、ヤツが大嫌いだから。麻生繭のことが。だからね、ヤツが今さら切り裂かれても、どうでもいい。何も感じない。だが、だけど。教えてほしい」
「なに?」
「確認だよ。あの遺伝子検査は、偽っていないよな?」
「ええ。私も、驚いている。双子なのね、あの子『も』」
「……興味深いセリフだ。オレと姉のことを言ってるなら、マシなんだけどね」
警察から受けた初めての依頼。その事件は、双子が起こしたものだったわ。『ほむらがわ』事件。あまりにも、たくさんの死体が出たから、私もそれに引きずり出された。
人生観が変わる。
異常な死体を、山ほど見てしまうと。
犯人たちは双子の女だ。『生命の秩序』教団を率いた女たち。彼女たちの命令で、事件は起きた。信者たちは妄信していたのね。たくさん、死んだ。次から次に運び込まれる変死体の群れ。私は、ひたすらあたえられた教訓と知識通りに仕事をこなすので精一杯。
死者の量に圧倒されるなんて、ひどい経験よ。
犯人である双子たちも、私が解剖した。彼女たちは、お互いを弓で射抜き合っていたのよ。すごく、痛ましい自殺だった。それに……首謀者の消えた事件ほど、処理に困るものはない。恨みのぶつけ先がないもの。
でもね。
あんなに嬉しそうな、満ち足りた表情で死んでいる人たちを見たことはない。誰よりも信じていたのね。彼女たちの教義の通り、『いつか生まれ変わる』のだと。死へと至る激痛や、襲いかかる本能的な恐怖の最中でも、彼女たちは笑顔で祈り続けた。罪悪感なんて、これっぽっちもありはしないのね。
正しいことをしてると信じながら。
452人も殺したのよ。
……疲れ果てた法医学者先生と、しばらく会話をした。
やるべきことは、わかったよ。スマホで録音していたから、脅す材料も手に入れた。これで十分だ。ほかはいい。警察には売りはしないよ。彼女は被害者だし、彼女の部下たちは善意ある専門家たちだ。オレの後輩とか先輩たちもいる。チーム・さとじい。彼女の孫を守るために、協力したんだよ。口を割らない。自分たちの行いが正しいと信じているし、実際そのとおりだから。
正義の味方ってわけだよ。法律に反していたとしてもね。法律を取り締まるのは警察の仕事であって、無職の小説家志望のアル中の仕事じゃない。正義の味方を責めるのはお門違い。そうすることで時間を使う。チームワークも乱れちまう。それじゃ、ダメだ。かえって被害が広がるよ。きっと、これはまちがいなく。
「こんなこと、しょせん時間稼ぎのひとつにすぎないから」
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