第二話 双子探偵 その21/獣の出自は、繭の奥


「何だよ、姉」


「あんたが言っていること、本当にやれるの? はいだ皮を売るとか……」


「一般的な商いじゃないが、技術的には可能だろ。それが肝だ。つまり、意志の次第で、やれる。なら、やる。ヤツは自分のタトゥーを『絵画』にした」


「犯罪行為かもしれないのに。繭は、けっこう怖がりだぞ」


「だからこそ、ヤツは都会のガチの悪人とはやらない。田舎を頼る。田舎に住んでいても、違法なビジネスはやれるからだ。ネットはすばらしい。だからこそ、ヤツは封印した過去に舞い戻った。こっちで死んだ原因の、ひとつになるはずだぜ。満足したか? 黙って欲しけりゃ、黙るぞ。オレは家に帰って、真帆ちゃんとやってる方がいい」


「説明を、つづけろ」


「おう。ヤツは商品の販売をすることにした。何人かと組んで。んで。どんな絵画にも『シリアルナンバー』だとか……つまり『サイン』があった方がいい。作者が誰かわかった方が、価値がより高まる。たとえ『複製品』であっても、背景や過程や哲学、ストーリーがつくから…だ…………」


 弟のおしゃべりな口が止まる。何かを考えているのかも。こいつは、賢さを持て余しているから。ときどき、会話の途中に別のことを考え出してしまう。まあ、アル中のせいかもしれないが。


「だから、わざわざ東京から出た?」


「ん。ああ。個展でもそうだろ。作者がいてなんぼだ。販売チームは作者であるヤツの協力を求めるし、ヤツだって、そのチャンスに飛びつく。ヤツは金が欲しいし、アーティストとしての評価も欲しい。何より、「作品を永遠に残したい」。アーティストは後世に影響を残したいと願望する。世代を超えた、価値を。とくにヤツはそれにも執着する。レズだから、子作りもないだろうし、そもそも人間の子供が嫌いだろうからな。ヤツは、残酷な子供が怖かったはずだぞ」


 孤児院でいじめられて育ったから……とか、言いたいのかもしれない。腹が立つ。そうかもしれない。でも、違うかもしれないじゃないか。養子縁組だって、ありえたし。「子供って、大嫌い」。ちくしょう。腹が立つから、意地悪を返す。私は、お前の姉だぞ。


「それは、あんたの願望も入ってるんでしょ。作品で、一円だって金を稼げたこともないけど、自意識だけはプロ気取りだ。評価された作品を永遠に残したいのは、あんたでしょ」


「そうかもな」


 間髪入れず、返事しやがる。傷ついたなら、傷ついたふりぐらいすればいいのに。可愛げのないクズ弟め。まあ、いいさ。言葉で殴り合って、トラウマをえぐり合う。双子らしいコミュニケーションじゃある。


「……で。推理のつづきを、どうぞ。推理小説家さん」


「小学二年生の頃から、純文学専攻だ」


 医学部中退のくせに。


「推理小説家じゃないんで、誰が、いつ、それを企画したかはわからん。ヤツが始めたのか、ヤツが誘われて同意したのかまでは」


 さっきの言葉で動揺しているのか。元気が少しないときた。生理痛を知らん男は、どいつもこいつも軟弱だから困る。


「時系列とか、わからないってこと? 欠陥がある推理だ」


「そうだよ。でも、わかっていることだけでも、不完全ながら真実を追跡できる。ダークなビジネスをするとき、ヤツみたいな引きこもりの小心者は頼ったはずだ。自分の師匠をな」


「タトゥーの、師匠……」


「ヤツに仕事を教えた彫り師がいるはずだ。お前は、聞いたことないはずだぞ」


「ない」


「だろうな。ヤツと師匠の出会いは、東京じゃない。大都市の悪には、近寄りにくいからなあ。だから、お前を『護衛』にしたわけだし」


「恋人だ」


「恋人にして守ってもらうことにした。はいはい。入れ墨まみれの呪われた女騎士みたいな番犬を飼ったんだ。ああ、言い間違えた。愛しい恋人を。すばらしい運命の恋の果てにね。とにかく。ヤツは、そんなことまでしないと、安心できない」


「繊細なの」


「捨て子でいじめられてて、栄養失調の貧弱ガリガリちびっ子だからね。勇気や自尊心が、どこから湧くっていうのか。ヤツはな、葬り去りたいみじめな過去のどこかで、タトゥーと出遭った。お前がヤツと出遭っちまったように。ろくでもない彫り師と、このクソ田舎のクズ界隈で、パパ活だか売春だか風俗しまくってたときにな」


「……次の道は?」


「左」


 くそ。反論できない。正しい気がするからだ。東京の思い出なら、話してくれる。それは、比較的マシだったからか……そんなにひどい過去か。だから、私に依存する。だから、私が離れるのを怖がってくれた。名前まで、肌に刻んで。「すてないで」。


「……その師匠ってのが、ここらに……」


「美術品の売り買いできる画廊さんもな。絵描きの生命線はすくねえぞ」


「絵描きって……彫り師はアーティストじゃあるけれど。その師匠っていうのも、繭みたいにフツーの絵が描けるの?」


「姉よ。売り物になるレベルの絵画ってのは、そもそもセンスだけで描くものじゃない。技術と、専門的な知識の表現があってこそ、評価される。芸術品は、吐き気がするほど権威主義でもある。フィギュアスケートのポイント評価みたいなものだ。ただ美しいだけでは決まらん。評価すべき点をしっかり押さえていないと、売り物として流通しにくい」


 ……だから、だろうか。繭は勉強家でもある。本をたくさん読むの。


「孤児院育ちで、十五才からは売春婦やってるようなクズが、専門的な絵画の技と知識を学ぶことはできない。でもね、あいつの絵にはある。タトゥーにも。師匠から『教わった』んだよ。プロ並みの技術と知識を。それがやれるのは、『専門家』だけ」


「絵画の、プロ……画家」


「美大の出身者かもしれん。画家を目指した。そんな連中は、ほとんどが食えん。地元に逃げ帰るような画家ならなおのこと。食えないなら、おかしな仕事を始めるものだ」


「彫り師になった……」


「邪悪な方面に落っこちながらね。中卒売春ガールに、タトゥーを教えるような関係性になったんだぞ。田舎の暗黒面の連中とも、どっぷりとつかっていやがるんだ。ヤツを売春に引きずりこんだ誰かと、タトゥーの師匠は仲良しかもな!」


「……そいつらが、繭と組んでた?」


「下手すりゃ、同一人物だ」


「……っ」


 だとすれば、繭の人生を歪めた諸悪の根源じゃないか。どうして、かわいそうな暮らしをしていた繭に、そいつは……「私は、外の世界に憧れたりしないの。大切なのは、私の内側。この子たち/タトゥーは、私の内側からあふれたの」。繭は、タトゥーと出会って良かったの? 「愛してるよ。どんなことでもしちゃうぐらい!」。知っている。そうだ、思い知っているよ。良かったのか。「これは、私を私にしてくれたもの」。


 うん……良かったとしても、そのせいで。


 何かが、狂った。


 やっぱり、この田舎は、大嫌いだ……。



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