第15話 伝えたい思い
私を探していたと、諦めきれなくてここへ来たと言う。
あの人の言葉に胸が締めつけられる。でも、違う。そんなはずはない……。
(その人は、ちゃんと聞いてくれたと思う。いいことも、悪いことも)
(口に出さなきゃ、なにを思っているかなんてわからないじゃない? 好きとか嫌いとか、大切な思いは特に)
誰がそう言ったんだったか思い出せない。ただ、私はちゃんと伝えなければいけない、今、自分がなにを思っているのかを。
握られた手に視線を落とした。
「僕はもう一度、キミと――」
「それは違うと思う……私が川に落ちたのはあなたのせいじゃない。あなたは私がこんなことになったから、だから責任を感じているだけで……」
「そんなことはない。言っただろう? ちゃんと気持ちを伝えようと会いにいったって」
「だってあなたには、私なんかよりもっと素敵な人がいるじゃない! プレゼントを贈るような相手が!」
私は自分でも驚くほどヒステリックに叫んでいた。そして初めて嫉妬しているんだと気づいた。
彼といたときは、彼がどんな女性といても、合コンに行こうとも、なにも感じずに過ごしていた。思い返せば最初の半年くらいは、彼が他の女性といることに嫉妬心を抱いていた。
それがいつの間にか、気持ちを押し殺すことに慣れ、なにも感じなくなっていたんだ。そうしなければ、彼に嫌われ去られてしまうと思っていたから。期待したところで、私なんかが、なにかを得られるとも思わなかったから。
全部諦めていたはずなのに、今、私はあの人が自分以外の女性といたころに、こんなにも感情的になっている。
「やっぱり……あの日、あいつが見たのはキミだったんだ」
あいつ――。
そんなふうに呼ぶほど親しいということだろう。胸の痛みに押し潰されそうで、振り払おうとした手をあの人は離そうとせず、床に置いたカバンをもう片方の手で探ると、小さな包みを出して私の手に握らせた。
「キミが見たのはこれだ」
手ぶらで会いにいくにはばつが悪い。
どうせ気持ちを伝えるのだから、少しでもキミに気に入ってもらえるものをプレゼントにして、それを持って会いにいこう。
幸いにも従姉が貴金属店に勤めている。すぐに連絡を取って、キミのイメージを伝えた上で、それに一番ピッタリ合うだろう指輪を選んでもらった。
報酬だといって夕飯をおごらされたけれど、頭の中ではそれを渡すときに何を言おうか、それしか考えていなかった。
ふと顔を上げたら、あいつは窓の外に目を向けている。訝しげにしているのが気になって、僕も外を見た。
人混みに消えていく姿が、キミに似ているように思えたけれど、キミは会社にいるはずで、こんなところにいるわけがないと、追いかけもしなかった。
今、思えばすぐにでも追いかけてみるべきだったのに、翌日に会いに行くんだからと思って深く考えていなかった。
「実際は、行ってみれば部屋はもぬけの殻で、どれだけ自分が馬鹿だったのかを思い知らされた。本当に好きなら、一時の感情だけで、簡単に手放してしまってはいけなかったんだ」
手のひらには小さいのに奇麗に包まれた箱が納まっている。
「開けてくれると嬉しいんだけれど」
照れてまたうつむいているあの人を見つめ、私は言われたとおりに包みを開き、箱を開けた。淡いピンクのリングケースが出てきた。
こわごわとケースの蓋を押し上げると、中にはプラチナの指輪が納まっていた。青い石はきっとサファイヤ。その周りに小さな花のように、透明な石が散りばめられている。
「一緒に暮さないか? いや、違う……結婚してほしい。あ……いや、もちろん、キミの気持ちにちゃんと整理がついてからでいいんだけれど……」
普段からしっかりしていて、仕事もスマートにこなし、なぜ私なんかを選んだのかわからないくらい、真面目で誠実なあの人が、しどろもどろになっている姿が、妙におかしかった。
「私はいつもいつも、自分のことばかりを考えて、あなたを思いやることさえしなかったのに、どうしてこんなに優しくしてくれるの?」
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