第2話 静かな空間

 コロンコロロン……。

 押し扉に取りつけられたカウベルは、少し低目のくぐもった音を立てた。

 良くある、カランカランと甲高く響き


『おーい! お客さんだよ!』


 と入ってきたことを強調させるような音とは違って


『やあ、いらっしゃい』


 さり気なく歓迎されているような、そんな感覚。

 中は思ったよりも狭く、こぢんまりとして、店内にはカウンター席が二列、キッチンに向う側と、窓の外に向う側があった。

 テーブル席がないからか、店内が少し広めに感じる。

 観葉植物と籐の衝立が、二つの空間を隔てて、落ち着きのある雰囲気をかもしだしている。

 キッチンに向かうカウンターには、先客の女性が一人、腰を下ろしてぼんやりと雑誌を眺めていた。


 ランプが気になって、迷うことなく窓側の席を選んだ。


 マスターらしき男性が、水とメニューを持ってきてくれた。

 メニューを見るまでもない。

 コーヒーを注文すると、男性はニッコリと微笑んでキッチンへ戻っていった。


 その後姿がガラスに映っている。二十代後半から三十代前半くらいの人だろうか?

 落ち着いた物腰と、線の細いスラリとした体つき。

 とても優しそうな笑顔が、この空間にピッタリ合っているように感じた。


 店の前に伸びる道路に沿って植えられた白樺の木が、風に吹かれて木漏れ日と影を揺らしている。

 窓の横にあるランプに目を向けた。

 近くで見ると、やっぱりとても大きい。

 そして本来は炎を揺らす場所に、大きな真ん丸の電球が淡い光をたたえている。


 ただ眺めているだけで、とても穏やかな気持ちになった。

 BGMもない、外からの音も何も聞こえない、静かな空間だ。

 道路の更に向こう側にある線路を電車が通り過ぎても、わずかな揺れを感じるだけで、走り抜けるその音さえ聞こえてこない。

 ほんのりとコーヒーの香りが漂っている。

 膝に置いたバッグの中で、マナーモードに設定をしてある携帯が震えた気がして、慌てて取りだした。


 無音、無灯。


 フッと溜息をもらし、鳴ってもいない携帯を開いた。

 着信のマークもなにもない、まだ見慣れないプリインストールの待ち受け画面が、虚しく視界に飛び込んできただけだった。

 携帯を閉じると手もとにおいて、また外へと視線を移した。

 何度も何度も、瞬きを繰り返す。

 そうしないと涙が零れそうになる。


 コーヒーの強い香りを感じ、ふと横を見ると、いつの間に出されたのか、注文したコーヒーが置かれていた。

 カップを手もとに寄せ、そっと口をつけた。

 まだ熱いけれど、苦みと香りが口の中に広がり、ホッとする。

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