第4話 コカ…なんとか

「―ほう、ここがその山か」


 レフィに案内され、目的の山まで来た俺は周辺を眺めながらそう口にする。

 俺達の住んでいる小屋からは少しばかり離れていたが、朝の散歩だと思えば大したことはない。すると、そんな俺にレフィが軽く頷きながら声を返してきた。


「はい。使用人達の話では、この辺りで少し変わった大きい鶏を見掛けたとのことでした」

「ふむ……それほど大きい鶏を手に入れることができれば、保存してしばらく生活していけそうだな。肉は干し肉などにして保存すれば長く保つと本にも書かれていたしな」

「ええ。旦那様の夜食などのためにいくつか干し肉として保存しておりましたが、大変長く保存出来ておりました」


「フハハハハハッ! それは良い! ならば、その間に他の食糧を手に入れ、生活の基盤を整えることもできるというものっ! そうすれば、『庶民』として順調なスタートを切ったと言っても過言ではないなっ!」

「申し訳ありません……私が不甲斐ないばかりにクラル様に満足のいく食事を提供できず……」

「何を言っている? お前が居なければ、俺はそこらの野草を食っていたかもしれんのだからな。お前に感謝の言葉を述べることはあれど、文句を言うことなどありえん」

「クラル様……そのように言って頂けるなんて、私にとってこの上ない喜べです。ありがとうございます」

「フッ……気にするな。言ったはずだ。今の俺とお前は『庶民』……今後は対等な立場としても感謝を忘れることなどあってはならんからな」

「クラル様……」


 そうして、俺がレフィと話していた時だった。


「―コケェエエエエエ!」

「む……?」


 少し遠くから聞こえてきた鳴き声のようなものに気付き、思わず俺は声を上げる。この鳴き声……まさか例の鶏ではないか?


「クラル様……」


 レフィもその考えに至ったらしく、俺の方に視線を向け、それに対して「ふむ……」と頷いた俺はすかさず鳴き声が聞こえてきた方に視線を向ける。すると―


「―なっ!?」


 俺は視線の先にあったものを目にして、その姿に思わず声を失ってしまった。

 俺達よりも数倍は大きい体に、鱗のようなものが付いた尻尾。さらに、爪のようなものが付いた羽に鋭い目付きの鶏の頭。


「こ、こいつは―」

「そ、そんな、これって―」


 その姿に俺とレフィは声を振り絞りながら震えてしまう。そんなことがあるはずが……いや、だが、実際に目の前に居るのだ。


「コケェェエエエエエッ!」


 そんな俺達を見て耳が割れそうなほどに甲高い雄叫びのような鳴き声を上げる『それ』……しかし、次の瞬間、俺はその声に負けないほどに大きな声で思ったことを口にしてしまっていた。


「―間違いないっ! 少し大きいが、家で飼っていた鶏とほとんど瓜二つ! これは間違いなく鶏だっ!」

「……………………コケェ?」


 俺がそう口にすると、状況が分かっていないのか鶏が声を上げていたが、そんな俺に負けじとレフィも目を輝かせて声を上げていた。


「はい! クラル様! 私もよく覚えていますが、お屋敷で飼われていた鶏も大体あんな感じだったと思います!」

「フハハハハハッ! やはり、そうだろう! 新鮮な卵を手に入れるため、幼少の頃から家に何匹か飼っていたのだ、その俺が見間違うはずがないっ! そう考えると、もしや家で飼っていた鶏ももう少し育てばこのくらいになったのかもしれんな……」

「なるほど……でも、ここまでの大きさに成長していたら飼うのは大変だったと思いますね……」

「ふむ、確かに……とはいえ、自然で生きてきたからこそ、ここまでの大きさに成長したと考えた方が自然かもしれんな」

「それはあるかもしれませんね……やはり自然で生きた方が伸び伸びと育つのでしょうか?」

「そうらしいな。生き物というのはつくづく面白いものだ」


 そうして、レフィと話していた俺は首を傾げたまま動きを止めていた『鶏』へと視線を向けながら拳を構えると、そんな俺の行動を挑発とでも受け取ったのか、『鶏』が鳴き声を上げてその場で地団太を踏むようにジャンプする。


「コケエエエエエエエエッ!」


 そんな臨戦態勢になったらしい『鶏』が暴れるのを横目に、俺は少し離れた場所からそのすぐ横に向かって少しだけ拳を振りかぶった。すると―


「―コケェ?」


 俺が拳を振った先の地面が抉れ、木々がなぎ倒されていき、それを見た『鶏』がどこか呆けたような鳴き声を上げていた。やがて、『鶏』はゆっくりとその顔を俺の方へと向けてきた。


「―やはり、この程度ではモンスターを倒すには程遠いな。とはいえ、さすがに『鶏』を狩るなら今の俺でも充分だろう」


 久しぶりに贅沢な食事ができるかもしれないという気持ちのはやりをおさえつつ、俺は『鶏』に向かってそう声を返したのだった―。


 ―※飼っていたのは普通の鶏です。―

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