没落貴族は庶民になりたい!~勘違い没落貴族は庶民に憧れる~
白波 鷹
第1話 勘違い没落貴族は庶民に憧れる
―物語の主人公は、いつも『庶民』である。
この常識は覆しようのない事実であり、長い歴史の中で数々の英雄譚が語り継がれてきたが、驚いたことにそれら全ての主役は貴族などの高い地位に最初から居る者ではなく、ほぼ確実に『庶民』なのだ。
村や街、果ては人里離れた山奥に住み、モンスターや悪党と戦い、そして勝つのは『庶民』であり、そして『貴族』という存在は多くの場合、悪役とされることが多い。
それはなぜか?
簡単なことだ……『庶民』は『貴族』にはない『何か』を持っているからに違いない。それが何なのかは分からないが、間違いなく『庶民』はその『何か』を持つ特別な存在なのである。
しかし、現実は無情だ……それに気付いた時、この俺―クラル・フィンファルドは『貴族』として生まれてしまっていたのだ。
このことに気付いたのは五歳の頃。いつものように屋敷内にある書斎で本を読んでいた時のことだ。
『フィンファルド家』の長男として生まれた俺は、『貴族』という生まれのおかげで本に恵まれることができ、数多の物語を目にすることができていた。
剣を片手にドラゴンを倒す者、英雄として巨悪を打ち滅ぼす者、魔法を使い様々な困難に立ち向かう者……様々な英雄の物語を読んできた。だが、それらの物語の全てに共通しているのは彼らが『庶民』であることだ。
俺は絶望した。
自分が物語の主人公―『庶民』ではないという現実に。
「なぜだっ……! なぜ、俺は『庶民』として生まれなかったのだっ……!」
この事実を知った時、俺はあまりのショックにそう言って膝から崩れ落ちた。
―齢五歳、家に引きこもって本ばかり見ていた俺が最初に男泣きした日だった。
◇
十五歳になった。
十年も経てば人は変わる。あの頃に比べて成長した俺は、自然と考え方も大人のそれに近いものになっていた。
さらに多くの書物を読んだことで、物事の善悪の区別が付き始め、子供と大人の明確な区別もできていたように思う。当然、『庶民』として生まれることができず絶望していたあの頃のことは忘却の彼方に消え―るはずなかった。
「ここまでしても、まだ『庶民』に近付くことはできないのかっ……!」
むしろ、虚しさは募り続ける一方であり、俺はそれを我慢することができず、日夜修行に明け暮れ、再びあの時のように膝から崩れ落ちてしまう。今もまさにその修行の一環として、魔法を使った筋力強化を試していたところだった。
魔力を蓄えることで重量を増す『魔石』に大量の魔力を吹き込み、それを日常的に装備しながら過ごすことで筋力を鍛えるというもので、書斎に置いてあった本を読みながら装備品への加工を学び、なんとなく作ったのだが……そこでもまた、俺は自分が『庶民』ではないことを実感したのだ。
「これほどの重さのものを身に付け、修行しても片手で岩を壊すのがやっと……こんなことでは、剣で『ドラゴン』を倒す『庶民』に追いつけるはずがないではないかっ……! 父上、母上、不出来な息子をお許しください……!」
自分の無力さに思わず片手を強く地面に叩き付けながら落胆する。俺はなんて無力なんだ……!
その反動で地面にヒビが入ったが、所詮はその程度……こんなことでは『ドラゴン』を倒せる日など、いつになるのかすら分からない。
そういえば、ついでにこの頃には家が没落しかけていた。
理由は単純に両親が病死してしまったためで、両親が死んだ後、親のすねをかじっていた俺が当然『貴族』としての生活を維持などできるはずもない。
まあ、年齢的に考えれば、保護されるべき立場にあるのだから、ここは親のすねをかじって生きていたことはあえて「仕方がない」と言っておこう。
しかし、今はそんなことはどうでもいい。
それよりも俺はさらに強くならなければならないのだ。そして、『庶民』になって両親に報いなければならないのだから。
そんな想いを胸に、亡くなった両親のためにも俺はひたすら修行に明け暮れていった。
そういえば、『庶民』と『貴族』の境はなんだろう?
金を持っていることか? それとも名字が有名であることだろうか?
まあ、そんな些細なことなどどうでも良いか。そんなことよりも、『庶民』へ近付くため、修行をよりハードにしなくては。
こうして、今日も俺は修行に身を費やすのだった。
◇
言い忘れていたが、『貴族』という立場なだけあって俺の家にも使用人が存在していた。
その中の一人は専属使用人として俺が幼い頃から雇っている俺と同じ歳の少女で、名前をレフィルト・ガーティンという。俺や両親は親しみを込めてレフィと呼んでおり、両親が亡くなった後も、俺に付き添ってくれた唯一の使用人だ。
家が没落しかけたため、使用人達には老後の生活にも不自由させることのないように給金を渡し、実家に戻ってもらった。おかげで両親の遺産はかなり減ったが、それでもこんな使い方を咎める両親ではないことはよく知っている。
ゆえに、使用人達への給金の支払いはこれまで世話になった分を含めた相応の額を提示したのだが……レフィだけはどれだけの金額を提示しても一切受け取ることはなかったのだ。
「私はクラル様に一生付き添って生きていきます」
そうまで言われてしまって断ることは失礼だろう。そういうわけで、そんなレフィの意思を汲んだ俺は彼女を傍に置くことにしたのだった。
◇
そんなこんなでさらに二年の月日が経ち、俺は十七歳を迎えた。
すでに両親が残した遺産も残り少なくなり、とうとう屋敷を手放すことになった……つまり、没落したわけだ。
貴族としての地位を奪われ、爵位もはく奪されてしまった。
そう、それが意味するのは―
「―フハハハハハッ! 見るが良いっ! とうとう俺は『庶民』になったのだっ!」
体の奥底から溢れる笑いを止めることができず、屋敷を売り払う為に追い出された俺は山の奥にある小さな小屋で高揚しながらそうこぼした。そして、片手を思い切り握り締めると、力一杯に叫ぶ。
「この世にこれほど嬉しいことがあるだろうか? いや、無いっ! 『庶民』となった俺にもはや不可能はないのだからなっ! ドラゴンを倒して英雄となることも可能であり、国王となることすらも可能だっ! そう……文字通り俺は無限の可能性を得たと言っても過言ではないっ! フハハ、フハハハハハッ!」
そうして、高揚感に包まれた俺が高笑いをする中、そんな俺を祝福するように声が聞こえてくる。使用人として付き従っていたレフィだ。
「おめでとうございます、クラル様。これで念願の『庶民』になったのですね」
そして、祝福の言葉を投げかけてくるレフィに俺は「ふっ……」と主人らしく笑いかけると、再び『庶民』になれたことをかみ締める。
屋敷を追い出される直前、俺は山の奥にあるこの木造の小屋に目を付けて予め購入しておいたのだが正解だったようだ。やはり、『庶民』はまず最初に人里離れた山の奥に住んでいるという条件は捨てられなかったからな。
『庶民』であることを一通り嚙み締めた俺はレフィを前に、それこそ国王のごとくふんぞり返りながら言葉を返す。
「ああ、そうだ。自由、平等……それら全てを持ち、あまつさえ英雄や国王にさえなることのできる者……あらゆる障害を打ち砕き、真っ直ぐに世界と向き合うことのできる存在―それが『庶民』だ! ふははは! さあ! 庶民の生活を満喫しようじゃないか!」
「さすがです、クラル様……」
俺の言葉に、レフィが感動して拍手が送られる。やはり、感動を分け合える仲間が一緒だというのは心強い。
そうして、俺は木造の小屋の中で「フハハハハハ!」と大声を出して笑ったのだった。
―これは、『庶民』という言葉を大きく勘違いした残念な『貴族』の物語である。
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