第4話 身投げのシーラー
あれは、そう。僕が軍学校に入る前。たしか6,7歳の頃の話だった。両親は僕に困っている人がいたら助けるべきだとしつこく言っていて道理で考えてもそれは当然のことだと思っていた。それがどんな状況であれ、直接でないにしろ周りの大人に相談するとか、そういう間接的な方法でもなんとかなると子供ながら考えていた時期があった。とにかく困っている人がいたら助ける。これが当時の僕のポリシーだった。
ある日、道で買い物カゴから果物なりなんなり色々落として困っている老婆を見かけた。もちろん落としたものを拾って助けた。またある日は学校で筆箱を失くしたと言っているクラスメイトを見かけた。家に忘れたのではないかと聞いたが朝は確かに鞄の中にあったらしく、一緒に探した。結果的に筆箱は教室のゴミ箱の底に沈んでいた。また別の日では帰路にて苦しそうにうずくまっていた男がいた。学校から割と近い距離だったので先生に知らせなんとか救急車に運んでもらった。後から先生から聞かされたが男は持病でかなり危うい状態に置かれていたらしく、あのまま気味悪がって通り過ぎていたら死んでいた可能性もあったらしい。その後僕は学校の朝会で表彰された。とても誇らしかったし、半ば自分の中での常識をこなすだけで周りからちやほやされるのはとても気分が良かった。
しかしそれを良く思ってなかった連中もいた。クラスメイトのいわゆる「悪ガキ」で構成されたグループは自分たちとは真反対の立ち位置にあり、人から褒められっぱなしの僕に腹を立てていたらしい。ある時下校途中、僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。その方向を向くと川に架かった橋の上で悪ガキ集団がたむろしていた。そのうち1人は猫を腹から両腕で持ち上げていた。どうやら度胸試しで僕を川に落とす気らしかった。悪ガキ集団のうち一人が何か言った後、猫が落下した。瞬間、すかさず僕は川に飛び込む。汚濁の中をかき分け泳ぎ慣れないバタ足を動かしながら必死に猫を探した。川は偶に小舟が通るくらいには浅くなく、少年だった僕には深すぎた。やがて腕の中に何かを抱いた感触を知り、見てみると確かに恐怖で錯乱している猫がいた。川の流れに押されながらもなんとか岸の近くまで来た。最悪、猫だけ助かってしまえば良いと思い、僕は猫を岸の方へ放り投げた。次は自分だ、と助かろうとした瞬間、川の流れが段々岸とは反対の方向へ流れるのに気づいた。川の水が鼻や口に潜り込み、段々と苦しみが自身の中を浸食しているのを感じた。そこから先は覚えていない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます