「虎図」- 絵画館
黄金色の虎が、捕縛を免れて複製画の砂丘を渡る。
真摯なる収蔵欲は、豪放な図画に色身を与え屏風絵の奇想を求めた。
減圧扉により、野外と隔てられた施設は絵画館と呼称される。玻璃の基盤に、有機発光幕を被覆した厚みのある壁面。色蘊の隘路、蜃気楼を象り、有機ガラス製の内壁に反照する展示室。複製画の殿堂は、瀆聖と疑う吝嗇を遵守して所蔵の責務を負う。
有機基盤、有機発光壁が隔絶する室内に現物はない。
所蔵品、または展示物、それらはすべて複製画の現像である。
総じて内壁は、絵画を投影するための基盤が占める。透過壁の紗幕、三原色の混淆を用いて刷新される複製画。画幅、襖絵、屏風絵など、形態を不問に聚合された芸術品。光点、三原色の斑点を、八枚の基盤にて金泥の屏風絵とした砂丘。
色覚に基づき、壁面を精査すれば光の羅列の明滅が判る。
情報源、変生前の記録とは、著作権と離縁したアマチュアの作品だった。
許諾に基づき、複製と再編による輪廻を繰り返す図画。莫大な情報が、展示施設の電磁情報網に謄録される。枚挙に寸暇もない絵画群。原画は、静止画を昇華し、壁面に蜃気楼として投影されるべき幻像だ。譲渡画像を、精緻なる展示用映像に変生させる。
壁には、黄金の砂丘、田黄の着彩であるかと見紛う猛虎図。
虎嘯、猛虎の気魄に満ちた黄。背景の砂丘は、曠漠たる屋外の砂漠を眩惑する。
絵画の鑑賞者を、絵画館においては聾唖とも暗喩する。無音の展示室は、曠野の蕭蕭たる風砂を再現し得ない。施設の董督を受け、私語は聴覚機能の遮断を経て禁じられる。悉皆、規則に則り、館内では聾唖であることが強要された。
色蘊の極致、聴覚を絶ち、音源と拾音を排して生ずる異彩。
展示品の絵画に、現実との肉薄は課されていない。散逸を逃れ、請来された作品は、保護プログラムを踏襲していた。動画、ないし静止画を、自動で再生するソフトフェアの追憶。玻璃の壁画とは、芝蘭玉樹の亡者が託した遺作を賞賛する革新的手法。
猛虎図の背景、金泥で描破された砂丘を挿し替える。
後景には、施設が立つ中州、砂漠に埋葬された遺物の墓地を選んだ。写真は、不法投棄地として濫用された砂海。黄金の流砂、渦中に晦蔵する車輛と思しき遺物の残骸。風砂の金霞が、荒漠たる風葬地を猛虎の背後に露見した。静謐なる虎嘯、田黄の毛艶を体躯に纏う虎。金泥の砂丘に、塗装の落剝した骸が永眠する。絵画として、背景を得た虎図は砂漠に遺されるだろう。
三題噺 ≪壬≫-「砂漠」「聾唖」「虎」
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