第44話 ラルフの覚悟
残ったラルフとイヴリンは、彼女の提案で執務室へと移動することに。そこは窓際に大きな机があり、壁際の本棚は書類や資料、それに歴史や統治、商業などに関する本がぎっしりと詰め込まれていた。机の上は綺麗に整頓されているが処理中の書類などが置いてあって、自分たちの訪問が彼女の手を止めてしまったことを理解するラルフ。
「突然の訪問で仕事の邪魔をしてしまいましたね」
「急ぐ仕事ではないので問題ありません。それより、ジェイミーも思い切りましたね」
「兄が担当することをご存知だったのですか!?」
「この領地を三年間見てくれていたことを考えれば、陛下がジェイミーにお任せになるのも自然な流れよ」
恐らくイヴリンは自分がディクス領の併合を断った時点で、ジェイミーが担当者になることを予測していたのだろう。いや、ひょっとすると三年前からそのつもりだったのかも知れない。
「ジェイミは王位後継者第一位。陛下もジェイミーには期待されているのでしょう」
「では、なぜ僕に……」
「我々領主が行う統治と、王族が行う統治は少し違います。領主は領地と領民を統治し、王族はその領主を統治するのよ。ラルフには、まず領主としての経験を積んで欲しいと思っているのでしょう」
「兄さんには敵わないな、そんなこと何も言わなかったのに」
「フフフ、でも本当のところは、ヴィクトリアが行きたくないと言ったのかも」
「!?」
これはイヴリンなりの冗談なのか? とも考えたが、ヴィクトリアならズバっとそんなことを言いかねない。
「姉さんならあり得る」
「でも、ラルフにとっては本当にいい機会だと思うわ。私も及ばずながら協力しますよ」
「有り難う……僕は何一つイヴリンに勝っていることがないし、知らないことが多すぎますね」
イヴリンを前にするとどうしても自分を矮小に感じてしまって、ついつい弱音を吐くラルフ。彼女を好きな気持ちに変わりはないが、気を抜くと劣等感がそれを上回ってしまう。
「舞踏会であなたは言いましたね、好きになってはいけないと……僕には相応しくないと。それでも僕はあなたが好きだ。でも、もしあなたにその気がなくあの言葉が真意なら、僕はこの感情を押し殺して一人の王族として今回の仕事に臨みます。公私混同しているのは分かっています。でも、あなたの気持ちを聞かせてほしい」
これは、ここ数日ラルフが悩んで出した『覚悟』だった。ジェイミーはイヴリンと頻繁に会えるようになると言ってくれたが、統治がそんなに生易しいものではないことぐらいは理解している。今日イヴリンの元に訪れたのも、自分の気持ちに区切りを付けるためだ。
しばらくの沈黙の後、スーっとラルフに歩みよるイヴリン。手で前髪をかき分けると、赤い瞳が片方だけ露わになる。その瞳に吸い込まれそうに感じていると、彼女はゆっくりとラルフの首に腕を回して抱きつく格好となった。
「あなたの気持ちは嬉しいわ。ただ王族であるあなたが私のような特殊な経歴の女性に好意を寄せることは、格好の攻撃材料になりかねない。それを抑え込めるだけの威厳や経験は、あなたにはまだないでしょう?」
「はい……」
イヴリンに抱きつかれてドキドキしつつも、真実を突きつけられて弱気な返事をするラルフ。それを見て彼女は子犬を見るかのような慈愛に満ちた表情をしていた。
「それに……」
「それに?」
「嫌いな相手にキスはしませんよ。女性の気持ちについてもまだまだ勉強が足りませんね」
「!!」
彼女からのキスは、彼女の言葉通りお礼なのだと思っていたラルフ。本当に無知な自分が嫌になると同時に、イヴリンのことが愛おしくてたまらなくなる。そして今、彼女は自分の首に手を回して抱きついている状況。気がつくとラルフも彼女の腰に手を回して抱きしめ、今度は自分から彼女の唇を奪っていた。脳が痺れるような感覚……いつまでもこうしていたいとすら思える。
「僕が一人前になってあなたに相応しい男になるまで、待っていてくれますか?」
「フフフ、それはあなた次第よ」
意味深な笑みを浮かべたイヴリンのことだから、少し……いや、ずっと未来のことまでもうお見通しなのかも知れない。ただ今は受け入れられたことが嬉しくてそれ以上何も聞かず、再び彼女を抱きしめるラルフだった。
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