第33話 仇討ち

「ゴフッ……」


 突然のことで受け身も取れず、床にしこたま腹を打ち付けた侯爵。そんな彼の手を後ろで締め上げ、頭を床に押し付けるイヴリン。


「あなたの口から企みなどと言う言葉が出るとは滑稽ですね。そこのガラルと言う男が全て喋ったと殿下がおっしゃったでしょう? そこには私の両親が乗る馬車を、崖から落としたことも含まれているのですよ」

「は、放せ! そ、そんなことは知らん!」

「そうですか。ではあなたもそこの盗賊のように、少し痛い目をみてみますか?」


 そう言い終わるか終わらないかの内に、ボキボキと侯爵の腕の骨が折れる音。


「ギャーッ!! わ、私はお、襲って痛い目を見せろと言っただけで、殺せとは言ってない!」

「嘘を吐くな! あんたは消せと言っただろうが!」

「あらあら、二人とも言っていることが違いますね。まあいいでしょう」


 ゴンと言う音の後に『ウッ』と言う短いうめき声がして、侯爵は気絶してしまった。イヴリンが侯爵の髪の毛を掴んで床に頭を打ち付けたのだ。スクッと立ち上がると今度はゴドフリーの方を向くイヴリン。


「何か申し開きはありますか?」

「あ、あ、あわわわわ……」


 目の前で繰り広げられた光景に、もう言葉も出ない子爵。転げる様にソファーから降りると服の内側に手を突っ込み、そして短剣を取り出していた。


「よ、寄るな! この化け物め!」

「私が化け物なら、あなた方は何なのですか? 私利私欲のために兄弟をも手に掛けたのですから」


 ゆっくり近付いてくるイヴリンに、震えながら短剣を向けるゴドフリーだが、周りの王子も、そしてラルフの後ろに控えていたリアムも、彼を止めようとはしなかった。


「お、おのれ! 私はもうちょっとでエガートン領を手にして、陞爵も果たすはずだったんだ! なのにお前は邪魔ばかりしよって!」

「当然でしょう。あなたのような卑劣な人間に、両親が大切にしていた領地も領民も渡すわけにはいかないのですから」

「い、いつから知っていたのだ」

「両親が亡くなった時から、大体の想像はしていましたよ。ですが証拠がなかった。だから遠くレッドモンド領に嫁いで、あなた達が油断するのを待っていたのです。私の想定通りに動いてくださったことに感謝致しますわ、叔父様」

「クソッ! 死ね!!」


 ヤケクソになって短剣を構え、そのままイヴリンに突進するゴドフリー。しかしイヴリンは微動だにせず、短剣が自分に刺さる手前で彼の手首を掴んで止めてみせた。


「は、放せ!」

「この程度で私を殺せないのは良くご存知でしょう? あなた自身が異常だと言った姪なのですから」

「やかましい……ギャーッ!!」


 ボキボキと嫌な音がして短剣が床に落ちそうになると、もう片方の手でそれを取り上げ、ディクス侯爵同様に床に組み伏せた。間髪を容れずにゴドフリーの肩の辺り目掛けて短剣を振り下ろすと、ガキッと言う固いものを突いたような音。


「ウワーッ!!!」

「短剣はこうやって使うのですよ、叔父様」


 短剣はゴドフリーの肩を簡単に貫通し、絨毯をも貫き床の大理石に深々と刺さっていた。床に縫い付けられた形となったゴドフリーは大きな悲鳴を上げたが、痛みからか直ぐに気絶してしまう。そしてジェイミーの執務室を痛いほどの静寂が包み込んだ。


 しばらく誰も言葉を発しなかったが、一息ついてからジェイミーが静寂を破る。


「気が済んだかい、イヴリン」

「ええ。有り難う、ジェイミー。少しやり過ぎてしまったかしら? 床を傷つけてしまったわ、ごめんなさい」

「少し、ね」


 三年越しの仇討ち。最初にイヴリンからこのことを告げられたジェイミーは、そんなに上手く事が運ぶのか心配していたが、彼女はほぼ三年前の計画通りにやり遂げて見せた。ディクス侯爵は金に汚く、黒い噂の絶えない人物。そのことは当然国王の耳にも入っており、イヴリンのこの計画を聞くと全てをジェイミーに任せてくれたのだ。


 その後、侯爵と子爵、それにガラルは兵士たちに連行され、投獄されることに。悪質性から考えて、侯爵たちには重い刑が課されるだろう。目的を果たしたイヴリンだったが普段通り淡々としていて、王と王妃に結果を報告。もちろん、彼女に対するお咎めはなしだ。ディクス領をレッドモンド領に併合して統治するよう要請されたらしいが、それは自身の未熟を理由に断ったとのこと。結局ディクス領は、しばらくは王直轄の領地として管理されることになった。


「ディクス領の併合は断ったんだって?」


 ヴィクトリアに連れられてジェイミーの元にやってきたイヴリンに聞いてみる。


「君なら併合しても統治は難しくないだろうに」

「私が守りたいのは先祖や両親が守ってきた旧エガートン領だけよ。それに広い領地を持つと言うことはそれだけ力を持つと言うこと。他の領主から目を付けられる危険を冒す必要はないわ」


 他の領主の中には恐らく王族も入っているだろうな。王も王妃もイヴリンには目を掛けているので大丈夫だとは思うが、彼女の頭脳や力量を考えれば確かに敵になったときは恐ろしい。


「これで私の問題は解決したから、次はあなたたちね、ヴィクトリア」

「そうね! もう大体の日取りは決まってるのよ。イヴリンももちろん参列してくれるでしょう?」

「国の一大イベントだし、何よりあなたとジェイミーの婚礼の儀ですもの。もちろん参加させて頂くわ」

「それでね! リアムとセシルにお願いがあるんだけど!」


 ヴィクトリアの強い要望があり、特別な仕事をリアムとセシルに依頼することにした。この場に二人はいないが、イヴリンから話して貰えればきっと了承してくれるだろう。ジェイミーとしては一つの仕事を終えてしばらく休みたい気分ではあったが、どうやら周りがそうはさせてくれない様だ。

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