第28話 わたしは戦う


 日塚、西野、奈津美の三人はドームの中に戻って来た。時間は止まったままで、人々も止まっている。エリスの胸の前に弾丸が浮かんでいる。奈津美がタルポの前に行って、バイオリンを差し出した。

「これが、『宇宙生命のキー』のはずです。違いますか?」

タルポはそれを受けとると、一目見てすぐに言った。

「うむ、これだな、間違いない。じゃあ、テントウムシを弾の前に置いてやろう」

 テントウムシがふらふらと飛んできて、弾丸の前で止まった。止まった瞬間に時間が動き、弾丸はテントウムシにはじかれた。そしてコースを変えた弾丸がタルポの頭を突き抜けた。タルポは、ふわりと浮くように飛ばされて後ろに落ちた。そこには、空気が抜けてしぼんだ着ぐるみだけが残された。

 バイオリンは宙に浮いたままだったが、ゆっくりと宇宙船に吸い込まれていった。そして、その宇宙船から、大きく響き渡る本物のタルポの声が聞こえてきた。

「地球人たちよ、そして、エリス!決断の時は来た。今、この宇宙船の中央に口が開く。ブラックホールを通して我が惑星につながる道だ。ここにいる全員が来るのか、それともエリス、お前一人が来るのか、答えを聞かせろ……」

 エリスは、すっと息を吸ってから答えた。

「私一人が行きます。あなたも、本当はそれが望み何でしょう?」

「分かった。じゃあ、お前一人を連れていこう」

「でもその前に、私は、タルポ、あなたに一つだけ質問があります。答えてもらえますか?」

「何だ……」

「あなたは…………人を、愛したことがありますか?」

「何?…………」

「自分の全てを捧げてもいいくらい、誰かを愛したことがありますか?」

「……………………………………………」

 タルポはしばらく沈黙してから答えた。

「愛というものは……」

「愛の定義を訊いているのではありません。あなたが、誰かを、愛したことがあるのか、それを訊いてるんです」

「我々の惑星では、そのような感情がなくとも、命をつないでいくシステムが作られている………」

「分かりました。もう、いいです……」

 エリスは、高い上空に届くように、また、すっと息を吸ってから言った。

「最後の答えを言います。私は、行きません」

「何⁉……」

「私は行かない。私はあなたと戦う。なぜなら、あなたの元に行く意味がないから」

「お前が来なければ、ここにいる人間全員を連れていくぞ。それでもいいのか!」

 エリスは、自分の胸の前にある水色の玉から宇宙船へ伸びている糸をつかみ、周りの人々を見て言った。

「私はタルポと戦います。私は、どんなに引っぱられても、この糸については行かない。なぜなら、このタルポは偽物だから。このタルポは、本当の命を持っていない。こんな作り物のタルポに騙されてはいけません。さあ!みなさん!それぞれの糸を持って、こちらから引っぱって、宇宙船を引きずり下ろしてしまいましょう!」

 エリスはそう言って、自分の水色の玉についた糸を引っぱり始めた。すぐに蒼幻斎が続いたので、門下生達が一斉に引っぱり出した。「おう!」「負けないぞ!」他の信者達、そして生徒達も一緒に引っぱり始めた。タルポの慌てた声がする。

「バカな!宇宙船を引っぱるなんて……」

 宇宙船の下部の一点から放射状に伸びていた百本の糸は、引かれる力に抵抗するように少しずつ太くなり、紐のように、そしてやがて綱のように太くなってきた。かえって引っぱりやすくなったので、みんなは、「オーエス!オーエス!」と声を合わせて引っぱっている。宇宙船は凄まじい音を立てていたが、人々を引きずり上げる様子はなく、逆にグラグラと揺れ始めた。「負けるな!」「この宇宙船は偽物だ!」全員が勢いに乗ってきた。しかし、宇宙船の上空に小さな黒い点が現れ、次第に渦を巻き始めた。宇宙船がこれから入ろうとしているブラックホールかもしれない。

 

 さっき時間が動いた瞬間から、日塚達三人は、この現実の空間からは消えていて、地下の部屋に戻っているはずだった。エリスは、頭の中で日塚に呼びかけてみた。

「日塚君、日塚君……」

「おう、エリス!」

 すぐに日塚から返事が来た。エリスが続ける。

「あたしね、さっき、自分の頭の中で日塚君達に会えたのは、きっと日塚君達と同期出来たからだと思うの」

「エリスも、ダークマターボールに入れたんだ。だから話が出来るんだ」

「そう、それでね、お願いがあるんだけど」

「何だよ」

「あたしの足元に、ヒヨドリ君が落ちてるの。もし、ヒヨドリ君が生きてたら、あたしも日塚君みたいにヒヨドリ君に入れるかな……」

「ああ。出来ると思うよ。そいつが生きてればね。どれ、試しに起こしてみようか……」

 エリスがヒヨドリを抱き上げる。日塚がヒヨドリに呼びかける声が聞こえてきた。

「おーい!ヒヨドリ!ヒヨドリウーバータクシー!お客さんだぞ!」

「ピーヨ!」

 エリスの手の中で、ヒヨドリが目覚め、鳴き声を上げた。また日塚の声がする。

「一人乗せてやってくれ、今度は可愛い女の子だ……」

「ピーヨ!」

 ここでエリスは、蒼幻斎に向かって声をあげた。

「お母さん、ちょっとまかせていい?」

「な、何よ、こんなところで…」

「私ね、ちょっと旅をしてきたいの」

「た、旅⁈」

「この世界では、ほんの一瞬だと思うから」

「えっ?このタルポが偽物だとすると、ひょっとして、お前……」

「そう、本物に会いに行く」

「当てがあるの?」

「たぶん……」

「分かった。行っといで。ここは、この蒼幻斎にまかせて」


 エリスは、手の中のヒヨドリに念を込めた。

(私を、連れていって、本物のタルポの所へ……)

 ヒヨドリは再び「ピーヨ‼」と大きく鳴いて飛びあがった。そして、はるか上空に拡がり始めたブラックホールめがけて飛んで行った。




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