宇宙人タルポ

ふみその礼

第1話 へんな宇宙人現る

 俺はヒヨドリだ。ヒヨドリの俺が人間の言葉で自己紹介も変だけど、それを言っとかないと、今の、目の前の状況を説明できない。

今は夏の終わりの早朝、俺は、滝ノ水公園の上空を飛んでいる。眼下に見えているのは、二人の人間らしきもの。一人は、中学生ぐらいの少年。それと対峙して立っているのが、実に、得体の知れない不気味な姿をした奴。背は少年と同じくらいだが、手足が異常に細い。人間のように上下に分かれた服ではなく、頭から足の先まで、一枚の白い皮で覆われている。その白い皮の表面に、オレンジ色のトランプのダイヤのマークがくっきり無数についている。

そして、最も特徴的なのは、その大きな眼だ。首と太さが変わらない感じの円筒形の小さな頭に、二つの、皿のような大きな眼がついていてギラギラと輝いている。鼻と口は見えない。もう一つ目立つのは、頭のてっぺんだ。てっぺんの皮が上に細く延びていって、途中からクニャリと垂れ下がり、その紐の先っぽに、野球のボールくらいの白い玉がついている。ナイトキャップみたいで、そこだけは可愛いい感じがする。その頭の様子といい、全身についたダイヤの模様といい、人間の姿として最も似てるのは、道化師だろうか。

 この妙な格好の怪人を目の前にして、少年は、意識も体も硬直してしまっているようだ。中学の制服を着て、右手にイチジクを持ったまま、ピクリとも動かない。

俺は飛ぶのを止め、少し離れた木の枝にとまった。そしてジッと観察した。


  ふざけた格好をした怪人だが、不気味な威圧感を持っている。少年が動けないのもそのせいだろう。やがて怪人は少年の方へ右手を伸ばした。その手の先が、少年の胸に触れた瞬間、少年はドサリとその場に崩れ落ちてしまった。

50メートルほど離れた俺の目に、少年の黒い制服の残像がかすかに残った。

今はもう、黒いかたまりになって、地の上にあるだけだ。俺の物になるはずだったイチジクも、怪人の足元に転がってしまった。


 滝ノ水公園は、この街で最も太陽に近い台地だ。巨大なゴミ捨て場だった場所を、台地状の山にして、だだっ広い公園にしている。眺めがよく、遠く御岳や、中央アルプスの山まで見える。今は朝の6時で、ようやく明るくなってきたところだ。俺たちヒヨドリやスズメたちは集まってきているが、人影はまだない。少年一人だけが来ていて、顔なじみの俺のためにイチジクを持って来てくれたのに、突然現れたあの怪人に倒されてしまったのだ。


 俺はまだ離れた木の枝から様子を見ていた。少年は死んだのだろうか…。

怪人の奴は、それから何もしていない。周りを見回すこともなく、ガラスの皿のような眼を宙に向けたまま、ただ、ボーっと立っている。イチジクは無事な様にに見えるが、それを奪ってここへ持って来るには、少し重すぎる。その場で突っついて食べるには、怪人に近すぎる。俺は迷って何も出来ないでいた。そうしてる内に、カラスの声が近づいてきた。これはマズい。カラスなら、イチジクをかすめ取ることも容易だろう。何とかしなければ…あのイチジクは、あの少年が俺のために持ってきたイチジクなんだ。他のヒヨドリの奴らの物ではないし、ましてや、カラスのような、凶暴でずる賢い野郎に取られてたまるか…。

 俺は腹を決めた。とにかく一度、あの怪人を攻撃しよう。攻撃したら、その場を離れるかもしれないし、少なくとも、ひるんだ隙にイチジクを突っついて転がし、その場で実を砕いて運びやすくすることもできるかもしれない。


 俺はピーヨ!と一声鳴いて空に舞った。怪人の上空を何度か通過して、攻撃の方向と角度を決めた。狙いは、あの皿のような大きな眼だ。幸い奴は、俺の存在をまったく気にかけていない。彫像の如く突っ立ったままだ。

俺は羽根をたたみ、風の隙間をついて、一気に怪人めがけて落下した。目の前まで来て、スピードがつき過ぎていることに気づいた。失敗だ。怪人の目を攻撃する前に、頭の横を通り過ぎてしまった。俺は地上ぎりぎりで旋回し、また空へ舞い上がった。奴の顔の横を通り過ぎる時、皿状の眼の中で、何かが光ったかに見えた。でも、怪人の手も足も動いていない。

 何だ、思ったより鈍い奴じゃないか。俺は上空から怪人を観察しながら、戦法を変えることにした。よし、今度は前方から降下し、顔の前でホバリングして眼を突っついてやろう。少し余裕の出来た俺は、ゆっくりと怪人の上を通過しながら距離を測った、そしてベストの角度になる位置で反転し、顔を狙って真っすぐ突っ込んだ。

1メートル程前で羽根を広げて急ブレーキをかけ、ホバリングしながら怪人の眼を見た。本当にでっかい眼だ。眼球はなく、銀色に光る皿があるだけだ。これなら攻撃は簡単だ。俺が首を引いて最初の一撃を加えようとした、その瞬間、俺の全ての動きが止まってしまった。

 何だ?首が動かない。羽根も動かない。俺は何が起こってるのか分からなかった。羽根が止まってるのに落ちもせず、俺は空中でピッタリ止まってしまった。


 目の前に、爛々と輝く怪人の眼がある。そうか、こいつに止められたのか。でも、こいつは俺に触れていない。いったいどうなってるんだ。何も物音がしない。俺の息も、心臓の音も感じない。時が止まったみたいだ。やがて、ひとつの声が、俺の中に響いてきた。

「お前は、そこで、何をしている…」

 何?何が起こっている?今の声は何処で聞こえたのだ。再び声がする。

「何をしようとしたのだ、と訊いている」

 こいつか、やはり、この怪人の声なのか。でも、この怪人には口がない。その顔には眼が二つあるだけだ。こいつは喋ってないのに、声が聞こえてる。俺の中に、直接聞こえてくるんだ。

「答えよ」

「どうやって答えたらいいんだ…」

 俺の中に、自然に声が生まれた。

「そのように、答えればいいのだ」

 怪人が俺の声に答えた。そうか、腹の中で答えれば通じるのか…。

「何を答えればいいのだ」

「お前は、今、何をしようとしているのか、答えよ」

「お前の眼を突っつこうとしているんだ」

「なぜ、何のために…」

「お前がひるんだ隙に、足元のイチジクを取ってやろうと思ったんだ」

「イチジク?」

 怪人は明らかに、考えながらつぶやいた。

「イチジク…その概念は思い出せない…」

「お前の足元にある、その茶色い実だ」

 怪人は、足を探るように動かして、イチジクに触れた。

「これのことか…」

 怪人は足で踏みつけようとした。俺は叫んだ。

「踏むな!それは、俺のイチジクなんだ」

「こんな物、いつでもくれてやる。しかし、その前に、お前に訊きたいことがある」

「何だよ」

「今、お前は言ったな。ワシの眼を突っつこうとしたのだと」

「ああ…」

「残念ながら、この眼は作り物で、お前が突っついたって、痛くもなんともない」

「ふうん…そうかい」

 確かに、この怪人の眼は、銀色の皿か盆にしか見えない。さっきから、俺のことを睨んでるに違いないのだが、焦点が定まらない感じで、あまり恐怖感は覚えない。

「実は、ワシの眼はちゃんとあるのだが、この作り物の眼で覆われてしまって、良く見えないのだ。光の加減で、動く物はぼんやりとした影で分かるのだが、少し離れるとよく分からない。ワシは今、自分の手すら、はっきりと見えていないのだ」

「それは気の毒に…」

「いや、同情される必要はない。ワシは、お前らほど、五感に頼ってはいない。ワシ自身も知らない感覚がワシにはあるようで、それによって、ワシは、周りのことが全て手に取るように分かるんだ」

「へえ……」

「それで、もう一度聞くが、お前は、ワシの眼を突っつこうとしたのだな?」

「ああ、そうさ…」

「お前は、見た所、小さな鳥ではないか。この惑星にいる動物の中では、極めてひ弱で、ちっぽけな存在だ」

「そんなことはない!確かに、カラスやタカよりは弱いかもしれないけど、この世界で俺のエサになる昆虫や、もっと小さなバクテリア達の数は、この宇宙の星の数より多いんだ。俺はこの世界の王者と言ってもいい。俺より強い奴なんか、数で言ったらごくわずかなんだ。いないのと同じさ」

「ほお…めでたい考え方だな。でも、その理屈から言うと、このワシは、お前から見て、そのごくわずかな強い奴に入るんじゃないか?そのワシに挑んでくるとは…」

「強そうに見えたって、鈍い奴はいくらでもいるんだよ」

「ふん、その強気なところがいいな。お前たち小鳥の仲間は、自分より強い奴に挑むどころか、その影が見えただけで逃げていくものなんだ」

「小鳥と言うな!俺はヒヨドリだ!」

 俺が叫ぶと、怪人は語りかけてくるのをやめて、銀色の眼で、じっと俺を観察し始めた。俺は相変わらず空中に止まって動けないままだ。確かに、今の俺は、こいつに対して大きな口がきける状況ではない。やがて怪人は、ひとり言をつぶやくように語りかけてきた。

「やはり、お前は、ただの鳥ではないな…」

「何?」

「ヒヨドリだイチジクだと、物に名前をつけて分類したがる。人間に特有の考え方だ。自分の頭の中で解決することを優先して、何ら本質的な解決ができず、失敗を積み重ねていく愚か者たち。お前は、その仲間なのか…」

「お、俺は、人間の仲間などと思ったことはない」

「ふん、まあ、それはどうでもいい。しかし、お前の人間に似てるところ、気の強いところは、ワシにとっては好都合だ。ひとつ、ワシの頼みを聞いてもらおうか」

「頼みだって?」

「頼みと言うよりは、命令か。今のお前は、ワシの言うことを聞くしかないんだからな」

「そんなことはない。俺は自分が嫌だったら、殺されたって言うことは聞かない」

「たいした強気だ。立派なもんだ。そこに転がってる人間のカスより、よっぽど頼りになる」

 

 俺は、体が動かせないまま、怪人に対して身構えた。何か、こいつ気に食わない。

醜いものの塊のようだ。こいつの命令なんか聞きたくない。

怪人は、眼で俺を捉えながら、ゆっくり右手を伸ばし、空中に広げた俺の羽に触れてきた。そして満足そうにつぶやいた。

「ようし、それでいい…。さっき、その子供の時は、ワシが触った途端に倒れちまった。まったく情けない奴だ。おっと、お前の考えてることは分かるぞ。動けるようになったら、ワシを突っついて逃げようと思ってるのだろう」

 奴の言う通りだった。俺は奴に悟られないために、頭で考えないようにしながら、動けるようになった瞬間のために、全身の神経を張り詰めていたのだ。でも、そんな俺に最期を告げるように奴が言った。

「残念ながら、お前のこの体は、もういらない、使えない。ワシが欲しいのは、ほんの一部なんだ」

 奴はそう言うと、俺の羽根を数本抜き、右手の指でキュルキュルとった。固かったはずの俺の羽根が、茶色い糸の束のようになってしまった。奴はそれを、

下に転がっている少年の頭めがけて投げた。糸の束は針のようになって、少年の頭にぐさりと刺さった。

 怪人は空間に浮いていた俺の体をわし摑みにして地面にたたきつけた。ドサリ……俺は、その音を、少し離れて聞いていた。俺は、地面の俺の体の中にはいなかった。その時、俺の意識は、少年の頭に刺さった糸の束の方にあったのだ。


 呆然としたまま時間が流れる。その時、上から怪人の声が落ちてきた。

「何をボヤっとしている。さっさと立ちあがれ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る