4節
ロングアイランド遠征
突き抜けるばかりの蒼天がどこまでも続いている。片側三車線の広々としたハイウェイを、空を映したような青のシボレー・カマロは快調にひた走る。
東西に伸びるロングアイランドの中央を長々と貫く道だ。目的地までの予定所要時間は一時間とちょっと。車内の席割りは、ゴールドスタイン邸での仕事の夜のカローラとまったく同じである。ハンドルを握るシェリファはあのときよりずっとご機嫌で、スピーカーを流れるブルースのリズムに乗って身体を小さく揺らしている。
「いい天気だ。お弁当作って朝から出てきてもよかったね」
半開きの窓を通して吹き込む風を心地よく顔に感じていると、隣のシートのルナが話しかけてきた。桃色のベストに細身の黒のパンツという恰好がさわやかだ。
「相変わらず緊張感のない奴だな。これからおれたちが訪ねる相手がどんな連中なのか、結局分かってないってのに」
おれの返事に反論を寄越してきたのは、助手席で振り返ったザジである。
「どんな連中なのか分かってないっていっても、どうせ学生のクラブなんだろ? そんなヤバい状況にはならないんじゃないか」
「どうだろうな。さすがに大学生にもなればピンからキリだ。なかには危険な人間もいる。それにもしジェーンさんの教えてくれた蛇のタトゥーの男がブルックリン橋で襲ってきた当人だったらザジ、おまえどうするんだ」
「もちろん、今度こそ倒す。出会った瞬間に完膚なきまでぶちのめしてやるさ」
「まずは平和的にだよ、ザジ」
鼻息の荒い少年を、苦笑気味にルナがたしなめる。
「とはいえ、ヒデトの言うことにも一理ある。セオドア・ベルベットのクラブが、わたしたちからモルゲン製薬のデータを奪った男とつながりがあったなら、クラブ自体もうしろ暗い秘密を抱えている可能性が高い。ある程度の警戒は必要だ」
ジェーン・オスローを訪問した一昨日、結局シェリファたちが当たった彫師からはめぼしい手がかりは得られず、チームのボスであるデュラン氏がルナに情報をもたらすこともなかった。現状、唯一のとっかかりであるベルベット家長男のクラブへの潜入に向けておれたちは下調べに努めたが、それでもはっきりしたのはクラブの会合がこの土曜日の午後に屋敷で催されるということくらいだ。果たして潜入の先でなにがおれたちを待ち受けているのか、新たな突破口を見つけることはできるのか――ある程度は出たとこ勝負にゆだねるしかない。
「にしても結局、わたしたちを襲ったあの男って何者なんだろうね」
ハンドルを繰りながらシェリファが誰にともなく口にする。
「奴はどうしてわたしたちから新開発ドラッグのデータを奪っていったんだろう。そもそもどうやって奴は、あの夜わたしたちがゴールドスタイン邸にデータを盗みに入ったことを知ったのかしらね」
「それだけじゃない。あいつはブルックリン橋でおれたちを待ち伏せしていた。おれたちの逃走経路、加えてあのときおれが抱えていたカバンのなかのパソコンに盗んだデータが入っていることまで、奴は知っていたんだ」
おれは真剣な表情を隣のルナに向けた。
「あの男が今回のおれたちの仕事に関してまったくの部外者だったらありえないことだ。奴はおれたち〈ボトルムーン〉の身近にいて、チームの情報を得られる立場のはず。ルナ、なにか心当たりはないのか?」
彼女も朗らかな顔つきを少しだけ引っ込めて、
「もちろんわたしも同じことを考えたよ。デュラン氏にも相談してみたけど、内通者がいないかの調査については向こうに任せることになった。いまのわたしたちにできるのは、例の空手男に直接迫っていくことだけだ」
決然とした口調とともに、彼女は高速道路の先を見据える。
おれたちのチームが直につながっているのは「デュラン氏」というひとりの人物だ。しかし当然ながら、彼が単身で数多の犯罪ビジネスに携わっているはずはない。正式に法人として成り立っているのか、ただのならず者の集まりなのかは知らないが、彼が組織を擁している以上、それが一枚岩でない可能性は十分考えられる。
もしかしたらおれたちは、なにか大がかりな派閥抗争に巻き込まれつつあるのではないか――なんとも嫌な想像だった。
やがて青のカマロは高速道路を外れ南下を始める。たどり着いたのは自然豊かに広がる高級住宅地。通りの左右に植わった木々の狭間から、カラフルな外観の屋敷がぽつぽつと点在しているのが窺える。
目的地から少し離れた場所に車を停め、残りの道のりは徒歩で進む。
「見えてきたよ、あれがベルベット邸だ」
ルナが左手を前方に突き出して告げた。右腕はおれの首のうしろに回され、さらにおれが右手で支えてやっている。まるで二人三脚のような妙な姿勢だが、これはベルベット邸に潜入するための作戦である。
通りを右に曲がり、なだらかな上り坂の私道を四人で歩く。左に大きく弧を描く道の先に、二階建ての屋敷が徐々にその姿をさらけ出していく。
真っ白な外壁の立派な建物である。屋根が平たく、清潔で現代的な雰囲気。瀟洒なデザインの玄関ポーチの前まで来たとき、ちょうど屋敷右手のレンガ造りのガレージから人影が現れた。
「なんだ、あんたたち?」
怪訝そうに尋ねてきたのは、体格の立派な黒人の青年だった。短髪でやや強面、黒いパンツに紫のパーカーというラフな服装だ。
「ごめんなさぁい」
おれたちの先頭にいたシェリファが、青年に歩み寄りながら甘ったるい声を出した。
「連れが持病の発作を起こしちゃってぇ。休めるところを探してるんですぅ」
彼女の視線を追って、青年の怪訝そうな目はおれとルナに向けられる。かたわらを窺うと、少女は青い顔で弱々しい笑みを浮かべてみせた。まったく、大した演技力である。
「どこか屋根の下で寝かせてやりたいんです。こちらのお宅に入れてもらえないでしょうか」
おれからもお願いの言葉を口にする。青年は戸惑ったような顔つきで、
「しかし……救急車を呼んだほうがいいんじゃないか?」
「そこまでじゃないんです。薬は飲ませたので、あとはしばらく横になれれば十分で」
言葉を重ねるが、青年はなおも逡巡している。そんな彼に、おもむろにシェリファが身をすり寄せた。
「ね、頼むわぁ。わたしたちの大切な友達なの。助けてくれたらお礼に、きっといいコトしてあげる」
蠱惑的な声音とともにシェリファは指先で青年の右肩に触れ、黒いワンピースの大きく開いた胸もとがその腕に迫る。彼の顔に浮かぶ戸惑いが別種のそれに変わっていくのが目に見えて分かった。
「……そこまで言うなら。けど、おれはこの家の人間じゃないから、責任は持てないぞ」
「いいわ、ありがとう!」
ぱあっと表情を輝かせ、シェリファは勢いよく背伸びして青年の頬に口づけする。その拍子に豊かな胸がたくましい腕へと押しつけられ、おれとザジの視線を引く。
「……なんだよヒデト、わたしじゃ不満ってこと?」
相変わらずおれに肩を貸された姿勢のまま、ルナが拗ねたような声で囁く。
ともあれ、まずは屋敷に潜入成功である。
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