アイドルとさくらんぼ。

紫桜みなと

第1話【出会い】

私の名前は春宮 桜桃(はるみや さくらんぼ)。ごく普通な高校2年生。

私は自分の名前が嫌い、大嫌いだ。

何故かというと理由は2つある。

1つは、昔この名前のせいでからかわれた事があるからだ。

苗字も名前も漢字はぱっと見だと春らしさがあり可愛らしく思えるが実際名前の読みは【さくらんぼ】。

成長するにつれて色んな人に自分の名前を名乗る度に、だんだんと自分が恥ずかしくなり嫌悪感が増していく。

そんな事情を知ってくれている友人達は私の事をさくらと呼んでくれている。

2つ目の理由は、私の推しアイドルの苦手な食べ物がさくらんぼだから。

高校生男子5人組のアイドルグループcrescendo(クレッシェンド)―。

デビュー当時はあまり人気がなく私でも簡単にチケットを取れていたのだが、ドラマ主題歌の担当を機に人気は爆上がりし今やチケットは毎回秒で完売する程の今大人気のグループなのだ。

そしてそのグループのリーダーが私の推し、日神美輝桜 (ひかみ きおう)君。ファンからは【キオ】と呼ばれている。

茶髪マッシュヘアのおっとりした性格で天然系アイドルを売りにしており一見リーダーらしく見えない。だが、パフォーマンスと歌唱力が常に完璧でありメンバーの中でもダントツに人気のアイドルだ。


そんな私は今日友人と一緒にcrescendo(クレッシェンド)というアイドルグループのライブへ来ていた。

その友人の名は桑折菫花(こおり すみれ)。

私はcrescendoの人気上昇以降は毎回落選しており今回も案の定落選だったのだが、菫花はファンクラブの1次抽選応募に見事当選し2枚のチケットの獲得に成功したのだ。


「わぁ、まだ開場3時間前なのにお客さんがもうこんなにいっぱい…」


「まぁ事前販売されていたライブグッズの交換もしている人や私達みたいに記念写真撮りたい人も多いからこんなもんでしょ。これ以上沢山の中からチケット争奪戦に勝利した私に感謝しなさいよね〜さくら♪」


「ははぁ〜!本当にありがとうございます菫花様…!」


ヒラヒラとチケットに見せびらかしながらエッヘンと威張る菫花に私は両手を合わせ頭を軽く下げる。

照れくさそうにクスッと笑った菫花は私の手を引いて足を進めた。


「会場での記念写真は後にしてここの近くにちょっと良さそうなカフェがあるから暫くそこで休んでいきましょう。」


「あ、いいね。私キオ君のぬいぐるみと写真撮りたいかも。」


「ふふ、じゃあ私のタソのぬいぐるみと一緒に撮ろっ」


菫花が口にした【タソ】とはcrescendoのメンバーの黄昏海玖(たそがれ がく)の愛称だ。

タソはいわゆるツンデレというやつであり、活発な性格ではあるが少し口が悪い。だが、たまに優しさを見せる部分がファンには刺さるらしい。

菫花には申し訳ないが正直私はタソがあまり好きではない、やっぱりキオ君の様におっとりとした優しい男性の方が理想的だ。

カフェに到着し、私達は店内の席についてオーダーを済ませる。

オーダーした私のホットコーヒーと菫花のバタフライピーティーが割と早く提供されキオ君のぬいぐるみをテーブルに置いた瞬間―悲劇が起こった。

私達の横を素通りしようとした男性の荷物がテーブルに置いてある私のホットコーヒーにぶつかってしまいそれがキオ君のぬいぐるみの方へと倒れ見事にぬいぐるみにかかってしまった。


「わぁーっ!キオ君がぁー!!」


「す、すみません!」


「ちょっとさくら!大丈夫!?」


「お客様、大丈夫ですか!?」


幸い私にはコーヒーがかからなかった為火傷する事はなかったが、染み1つなかったぬいぐるみが茶色い物体へと変わり果ててしまい私は悲鳴の様な叫びを上げた。

コーヒーを溢した男性と菫花と駆けつけてきたカフェの女性店員さんが私を心配にしながら慌てて布巾などでテーブルを拭いている。

私が泣き喚いている間に清掃が終わったのか店員さんは去ってしまい私と菫花とトラブルの原因となった男性だけがこの場に残った。


「本当にすみませんでした。まず怪我は御座いませんでしたか?」


「怪我はないけど私の大切なキオ君が火傷しちゃったわよ!どうしてくれるの!?」


「さくら…ぬいぐるみは火傷しないからね。」


「ぬいぐるみでもキオ君はキオ君なの!」


「…取り敢えず店内から出てこの件についてじっくりお話させて貰えませんか?」


店内で騒いだせいで目立ってしまったのか周囲のお客さんはチラチラと私達の事を見ており、原因となった男性も先程から身に付けているサングラスやマスクを弄りながら周囲を気にしている。


「そうね、じゃあ私もささっと紅茶飲んで会計済ませるから2人は先に外に出てて貰える?さくらはこのハンカチである程度キオぬい拭いていなさい。」


菫花はハンカチを手渡し、出入口まで私達の背中を押してぺいっと店外へと放り出した。

き、気まずい…!トラブってしまったのもあるが見知らぬ男性と2人きりというのは中々にきつかった。

沈黙が続いており、私は一生懸命出来る限りぬいぐるみを拭いていると耐えきれなくなったのか男性がハーッと溜息をついた。


「ったく、悪かったって言ってるだろ。たかがぬいぐるみ位であんなに喚くんじゃねーよ。」


「は、はぁっ!?元々はあんたのせいでしょう!?てか何その態度!」


「コーヒーの横にぬいぐるみなんて置いておく奴だって悪いだろ。さっきから下手に出てりゃ調子に乗りやがって…大体キオより俺の方が絶対格好良いっつーの!」


「顔を隠してるあんたにだけは言われたくない!どうせ相当のブサイクに決まってるわよ!キオの事馬鹿にすんな!」


「キオ担だってんなら流石にお前も俺の事位分かるだろ。」


男性はサングラスとマスクを取り外すと私に顔を向ける。

その男性の正体は―crescendoのメンバーであるタソこと黄昏海玖だった。










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