真夏の月を、怪物のあなたへ

花守志紀

 とろりと澱んだ暗闇が、狭い地下室を満たしている。


 分厚い鉄の扉は固く閉ざされたまま、錠が解かれることは決してない。ただ日に三度、粗末な食事が細い差し入れ口を通り抜けるのみだ。

 床にはぼろぼろの薄い布団と、とっくに電球の切れたランプ。あとは部屋のすみに水道と簡素な便所。小さな世界を構成するものは、それでほとんどすべて。

 扉とは反対側の壁、低い天井の近くに、肩幅ほどの窓はひとつある。もっとも、引き違いのガラス戸の向こうは太い鉄格子が並び、窓のすぐ外には深いドーム状の金属の庇が取りつけられている。そのため、部屋は昼もなお薄暗く、夜は月の光すら望めない。


 果たして、どれほどの歳月が経ったことだろう。


 はじめは日月を数えるのも忌避していた。やがて年の数を推し量るのが不可能になった。

 いまでは、あらゆる感情が消えてしまったように思える。

 自分をこんな場所に閉じ込めた者たちに対する憎しみも、そのきっかけを自ら作ったことへの悔恨も、すべて黒い汚泥に溶けて流れ去ってしまった。

 ただひとつ、ここから脱け出したいという願いだけが、胸の奥底で激しく燃え盛っている。

 扉越しに呼びかけてくる彼女の声だけが、その火種となって全身を支えている。


 ――大丈夫よ、兄さん。いつか必ず、わたしが兄さんを外に出してあげるから。


 まだ、あきらめるわけにはいかない。

 いつか来るその日を信じ、待ち続けなければならない。

 深く息を吐き、顔を上げる。

 今夜もまた、長い、長い暗闇が、目の前をゆっくりうごめき通り過ぎていく。

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