探偵は現実で捜査中

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あれから特に何もなく日々は過ぎた。

しかし、侑芽の心はずっとザワザワしている。それはバレンタインから1週間過ぎても、半月過ぎても、1ヶ月近く経っても収まることがなかった。

その間、望夢が誰かと付き合っている様子はない。でもこれはあくまでも侑芽から見ての話だ。望夢が何も言わないので実際の所は分からない。

この1ヶ月の間に望夢から遊びに行こうと2回誘われてたが、何かと理由をつけて2回とも断ってしまっている。断る度に望夢に申し訳なくて心のザワザワが増幅する。どうすれば良いのか検討も付かず、ほとほとに困っていた。


そして明日でバレンタインから丁度1ヶ月が経つ。

そろそろ本当に何とかしないといけない。望夢には失礼な態度を取っている気がする。


(もう、あの時のことはきっぱり忘れよう。そもそも盗み見なんかしたらいけなかったんだから。明日からは普通にのんちゃんと接しよう)


夜、布団に入った時に侑芽は心に決めた。

目を閉じるがなかなか眠れない。最近はいつもこうだ。

すると、閉め忘れていた部屋のドアからレムが入ってきた。ベットの下まで来ると、侑芽のクッションの上で丸くなった。


「あれ・・・。どうしたのレム、珍しいね。今日はここで一緒に寝ようか」


レムがいてくれる安心感からか、今度はスッと眠りに落ちた。




##########




目を開けると事務所の前にいた。

最近は全然来ることがなかったので、久しぶりに来れた喜びでテンションがあがる。


「よし!モヤモヤしててもしょうがないし、今回も謎解きといきますか〜!」


張り切って玄関の扉を開けて中に入る。リビングまで行くと、いつもソファにいるはずのレムがいない。

どこに行ったのかと部屋の中を探すと、キッチンでマグカップにミルクを注いでいた。


「あれ、レム?珍しいね。自分のホットミルク作っているの?」


侑芽の疑問に、レムは犬歯をチラッと見せた笑顔を向ける。


「いいえ、これは侑芽ちゃんの分ですよ。はいどうぞ」


レムが差し出してくれたマグカップを受け取る。


「え〜いいの?ありがとう。どうしちゃったの?お母さんの真似?」


「あはは。確かに正子さんが作ってくれるホットミルク美味しいですよね。まぁまぁ、侑芽ちゃん。とりあえずソファに掛けましょう。僕も自分の分のホットミルクを作ったら行きますから。待っていて下さい。」


そこまで言われたので、お言葉に甘えて先にソファで待っていることにする。

レムの作ってくれたホットミルクは、人間の侑芽には少しぬるく感じたが、ものすごく美味しかった。


程なくしてレムもマグカップを片手にソファに戻ってきた。いつもみたいに侑芽の隣ではなく、なぜか向かいに座ってミルクを飲んでいる。

その後、しばらくは最近行ったお散歩コースの話や、お父さんとお母さんのことなどを話していた。しかし、いくら待っても依頼人の来る気配がない。


「おかしいな〜。いつもならすぐに誰か来るはずなのに。ねぇ、レム?どうしたんだろうね?」


侑芽は不思議に思ってレムに問いかける。いつもならニコニコと侑芽の問いかけに答えるレムだが、今回はなぜか少し真面目な顔で黙って侑芽を見つめていた。


「・・・いいえ、侑芽ちゃん。依頼人はもう来られていますよ。僕はその方が依頼内容を話されるのを待っているんです」


「え?うそ、どこ?どこにいるの?」


侑芽は部屋の中を見渡すが、どう見ても誰もいない。

すると、レムはマグカップをテーブルに置く。そして侑芽の方に手の平を差し向けた。


「今回の依頼人はあなたですよ。侑芽ちゃん」


「え・・・」


侑芽は固まる。この事務所の探偵である自分が依頼人とは、一体どういうことだ。


「ふふふ。驚いていますね。入って来るときに表札は見なかったですか?」


「表札?」


レムのイタズラっぽい笑顔を見ていると、ある考えが浮かんだ。急いで玄関に走って行ってドアを開ける。

表札を確認すると、そこには『レム探偵事務所』と書いてあった。

侑芽は驚いて言葉が出ずにいる。何が何だか分からない。だが、夢なんだし考えても仕方ない。なぜこうなっているのかは分からないが、今回自分が依頼人になっているのは間違いなさそうだ。

リビングに戻ってソファに腰を下ろすと、今回の探偵と目があった。


「さぁ。侑芽ちゃん。依頼内容をどうぞお話しください」


先ほどよりは表情が柔らかくなったレムが侑芽に促す。


「いや、レム。ごめんだけど、私依頼したいことなんて何も・・・」


「そうですか?侑芽ちゃんは今すごく悩んでいる困り事があるはずですよ。

ここに来れたと言うことは、必ず何か事件が起きたと言うことです。侑芽ちゃんにとって大事件なことが最近あったでしょう?」


「そ・・・それは・・・」


その通りなので侑芽は口籠る。見透かされて当然だ。なぜならのんちゃんのことについて、唯一レムにだけ打ち明けていたからだ。

バレンタインのあの日。寝る前にリビングでこっそり話していた。


レムはおもむろに立ち上がり、侑芽の隣に腰を下ろした。


「侑芽ちゃん。前にも言いましたが、夢でも現実でも僕は侑芽ちゃんが悲しい思いをするのは嫌なんです。そりゃ、どうしようもない事もあります。でも今回の事件は解決できる事だと思います。どうか侑芽ちゃんの思っていることをそのまま聞かせて下さい」


見事な懐柔だ。さすが探偵術を隣で見て来ただけのことはある。

侑芽はわざとそんな風にズレた考えをよぎらせた。レムにそんな意図はないと分かっているのに。

そうでもしないと溢れる気持ちを支離滅裂に話してしまいそうだったから。


「・・・別にね。のんちゃんが誰を好きになったって、私には関係のないことなんだよ。それで心がザワザワするのもおかしな話なんだ」


「でも、こうして侑芽ちゃんは悩んでいる。関係ないはずなのに。望夢君が告白されたことで元気をなくしている。それはなぜですか」


レムははっきりと確信を突いてくる。


『依頼人はね。最初から全部は話してくれないの。でも、決してそこで焦っちゃダメ。本当は話したいと思っているはずだから、きっかけを待つの。そしてここだってチャンスが来たら確信を突く。それが大切なんだって、この前読んだ小説に書いてあったんだ』


以前、この事務所で侑芽がレムに言った言葉を思い出した。この言葉を今まさにレムは忠実に守っている。侑芽が長年持つ牙城が崩れ始めているのを分かっているのだ。


「侑芽ちゃんも本当は気付いているはずですよ。いや、正確には気付かない振りをして来たんですよね。もうずっと前から・・・。その気持ちをどうして望夢君に伝えないんですか?」


「だって」


侑芽は俯いて、膝の上でキュッと手を握った。


「もし、そんなことを伝えてのんちゃんと気まずくなって、友達でいられなくなったら嫌なんだもん。私、人生でのんちゃんと友達じゃなかった時間の方が短いんだよ?それなのに、もう一緒に居られなくなったら・・・。

だったら、何も言わない方が良いと思ったの。そうすればずっと友達でいられるから」


小さい時から一緒にいた。望夢は優しくて、思いやりのある本当に良い子だ。何かと考えすぎてしまう侑芽と違い、割とあっけらかんとしている所も一緒にいて気持ちが軽くなる。そんな望夢を好きになったのは、ある意味自然の流れだったと思う。しかし、子供ながらにこの気持ちを伝えたら今みたいに遊んだり出来なくなってしまうかも。と言うことは漠然と分かっていた。だから誰にも言った事はない。

望夢と一緒にいられなくなるなんて絶対嫌だ。だったら隠しておけば良い。

たとえこれから先、望夢が誰かほかの人と付き合うことになったとしても、下手に

告白して疎遠になるよりはマシだ。

そう思っていた。というか自分にそう言い聞かせてきた。その日が来ても動じないように。

でも、こうして実際に望夢が告白されているのを知ると凄く動揺してしまうのだ。


「・・・本当はチョコだって毎年本命なんだよ。それを義理だって嘘ついてさ。幼なじみっていう立場を利用して確実に受け取ってもらう方法を取ってるんだから、我ながらズルい事してるなって思うよ」


侑芽は力なく苦笑する。毎年バレンタインデーは悩みに悩んで用意する。それをあくまでサッと選びました。みたいな顔で渡すのだ。

こんなヘタレな自分より、真っ直ぐ望夢に想いを伝えた子たちの方がよっぽど勇気がある。そういう子こそ望夢に相応しいだろう。全くもって情けない話だ。


侑芽の言葉が途切れると、レムは侑芽の頭に手をやって優しく撫でた。いつも侑芽がレムにそうしてくれるように。


「侑芽ちゃん、頑張って気持ちを話してくれてありがとうございます。

ここからは僕の意見を言いますね。侑芽ちゃんは告白したら望夢君と一緒にいられなくなる事を心配していましたが、僕は大丈夫だと思います。なぜなら、望夢君も侑芽ちゃんと同じ気持ちだと思うからです」


それを聞くと、俯いていた侑芽は弾かれたように顔を上げた。


「まさか!そんなわけ無いよ。のんちゃんが私を?無い無い!友達としか思われてないよ」


顔の前で手を激しく振って否定する。しかしレムはスッと目を細くしただけで大して動じていない。


「本当にそう思っていますか?ご存知の通り、ここは侑芽ちゃんが作り出している夢の世界です。ここの住民である僕の言葉は、言わば侑芽ちゃんの深層心理だと言えるんですよ。

侑芽ちゃん、あなたは人の気持ちに敏感な聡い子です。僕はそれをよく知っています。望夢君の言葉や態度から、その可能性を考えた事は本当に無いですか?」


「・・・」


レムと目を合わせたまま、侑芽は何も言えないでいる。希望的観測すぎて、すぐに打ち消してしまったその考えすらも言い当てられてしまうとは、今日のレムは紛れもなく名探偵だ。


「自惚れじゃないかな?さすがに」


「僕は違うと思います。予防線を張ってしまう気持ちは分かりますが、勇気を出して望夢君の気持ちに応えてあげて下さい。そうじゃないと望夢君は性格上、侑芽ちゃんが好意を示すサインを出すまでずっと待ってしまうと思います。あの子も侑芽ちゃんと同じく、相手の気持ちを考えられる子ですからね」


レムは話をしている間、ずっと侑芽を撫でてくれていた。

ここまでされてはもう、探偵に降伏するしかない。今日の自分は依頼人でもあり、犯人でもあったのだと侑芽は思った。


「・・・分かった。目が覚めたらのんちゃんに気持ちを伝えに行くよ。もうこうなったら当たって砕けろだからね!」


緊張を誤魔化す様に、侑芽は冗談ぽく笑う。本当の所は怖い。でもずっと抱えていた気持ちを伝えたいと言うのも正直な所だ。

そんな様子を見たレムは、侑芽の頭にやっていた手を下ろし、黙って静かに微笑んだ。

決意した侑芽はレムに微笑み返すと、腰を上げた。そのまま玄関に向かう。

ドアを開けると、霧が広がっていて雲の中みたいになっている。

そこへ足を踏み出そうとした時、


「侑芽ちゃん」


呼び止められ、振り返る。レムは立ったまま手をうしろに組んでいる。


「何かあったらまたここに来て下さい。もし来れなくなったら向こうにいる僕に話してくれても構いません。何があっても、僕は侑芽ちゃんの味方です。それは夢でも現実でも変わりません。どうかそれだけは忘れないで下さいね」


そう言ってあの可愛らしい犬歯を見せて笑った。


「・・・っ、ありがとうレム!行ってきます!」


侑芽はこれ以上ない勇気をもらって、今度こそ振り返らずに霧の世界に飛び込んだ。




##########




侑芽が出ていくと、ドアが静かに閉まった。レムは1人玄関に立ち尽くす。


「・・・僕の言葉は侑芽ちゃんの潜在意識、か・・・。我ながらよくあんな出まかせが出たものです」


自分の発言を思い出してやれやれと首を振る。


「この世界で僕の言葉だけは僕自身の気持ちだと言うのに。まぁ、侑芽ちゃんに自覚してもらうには仕方ないですね」


そうしている内に、レムの周りにも霧が立ち込め始めた。視界が完全に覆われる前に、レムはふと自分が越智家に初めて来た日の事を思い出した。

あの日。ゲージから恐る恐る出てきた子犬の自分を、小学校から帰宅した侑芽は優しく撫でてくれたのだ。


『初めましてレム!私は侑芽。今日からここが君のお家だよ。よろしくね』


そう言ってくれた侑芽は、まだ恋など知らない幼い少女の笑顔を見せていた。


「・・・侑芽ちゃん。大きくなりましたね」


レムが幸せそうにそう呟くと、辺りは完全に霧に覆われた。

































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