探偵は夢中で捜査中
雪片花
プロローグ
「あ〜、テスト終わった!
やっと今日からゆっくり寝れるよ」
帰宅するなり、
ここ2週間は中間テストの勉強で、あまりリラックス出来ていなかった。
大好きなミステリー小説も読めていない。
しかし、そんな日々も今日でとりあえずはおさらばだ。
「明日は休みだし、本読んで、サスペンス観て、ゆっくり寝よう!それから───」
難事件の解決にも勤しまなくては!
##########
夜11時。お風呂に入り寝支度を整えた侑芽は、2階の自室に行く前に、リビングにいる愛犬の頭を撫でながら寝る前の挨拶をする。
越智家の愛犬『レム』はラブラドールのオスで、茶色い毛並みが特徴的。
夢が小学生の時にやってきた、大事な家族だ。
「おやすみ、レム。それじゃ、『また後でね』」
何やら意味深な事を言う侑芽に、レムはクッションの上で片目だけ開けて一瞥した後、再び目を閉じて眠った。
自室に戻った侑芽はベッドに入り、目を閉じる。
一日の終わり。そんな風に見えるが、実は違う。
侑芽にとってはここからが新たな一日の始まりなのだ。
##########
侑芽が目を開けると、そこは先程までいた侑芽の部屋ではなく、古民家風の小さな一軒家の前にいた。
服装もパジャマではなく、学校の制服であるセーラー服姿に変わっている。
しかし侑芽は特に臆する事なく、勝手知ったるといった感じでドアを開けて、中に入る。
中は吹き抜けのホール状にになっていて、真ん中に肘置きのあるソファが3つ。ガラスのローテーブルが1つ。
そのソファに男が1人座っていた。
後ろ向きなので顔は分からないが、綺麗な栗色の髪をしているのは見える。
「おはよう、レム!待たせちゃってごめんね」
侑芽の声に男がくるりと振り返った。
「おはようごさいます、侑芽ちゃん。
なぁに、気にしないで下さい。僕はいつでも暇を持て余していますから」
にこっと笑いかけた男の口元に、可愛らしい犬歯がチラリと見えた。
フワフワな栗色の髪、座っていても分かる長身、歳は20代半ば。と言うのがこの───
レムと呼ばれた男の特徴である。
「最近テストで寝不足気味だったから、なかなかこっちに来れなくて。レムのお散歩もお母さんに行って貰ってたし...。寂しかった?」
「侑芽ちゃん毎日遅くまで勉強頑張ってましたからね。お疲れ様でした。
侑芽ちゃんと散歩に行けないのは寂しかったですが、
そう言って笑い合う2人。しかし、ここは現実の世界ではない。
ここは侑芽が見ている夢の中なのだ。
侑芽は小さい頃から度々明晰夢を見ていた。
明晰夢とは、夢の中でここが夢だと分かる夢のこと。
昔から絵本が大好きだった影響からか、空を飛んだり、鳥と話したり。フィクションの世界でしかできないようなことを楽しんでいた。
そんな時、現実世界でレムが越智家にやって来た。
その時から夢にこの男が現れた。
それはレムが人間になった姿だった。
レムが人間だったらどんな感じだろうと、侑芽が想像した事が夢に現れたらしい。
最初は少年の様な見た目だったが、時が経つにつれて今ではすっかり大人の見た目になっている。
このレムと、ある時は魔法使いで、ある時は極秘任務のスパイで。その時その時で、侑芽がハマっていた本やドラマに影響された夢の世界で楽しく遊んでいた。
そして、中学の入学祝いに、侑芽のお父さんが買ってくれた「世界ミステリー傑作選」にドハマりした結果。
侑芽は自分の夢の中で難事件を解決する名探偵となったのだ。
この家の表札には『越智探偵事務所』の看板がかかっている。
ここで日々、依頼人が持ち込んでくる事件を待っているのだ。
「今日はどんな依頼が来るのかな〜。我が夢ながら毎回予想できない内容なんだよね〜
まずは紅茶でも淹れてゆっくりしようかな。レムはホットミルクで良い?」
「はい。侑芽ちゃん、ありがとうございます。僕ホットミルク大好きですから」
夢はマグカップを出そうと、食器棚に手をかけた。
その時、
バンッ!と玄関の扉が激しく開く音が響き渡った。
「お、越智先生!越智侑芽先生はいらっしゃいますか!?」
転がるように事務所に入ってきたのは、40代半ばくらいの眼鏡をかけた、ふくよかな体格をしたスーツ姿の男性。
額に汗を浮かべながら、相当焦った様子で侑芽の方へ駆けてきた。
「
舟漕警部は侑芽の夢の世界である、ここ『
侑芽の推理力を高く評価しており、時折事件の相談にやってくるのだ。
(ちなみに舟漕警部のモデルは侑芽のお父さんと思われる)
警部は肩で息をしながら、膝に手をついてなんとか呼吸を整えようとしている。
「じ、実は事件でして・・・。お力添えをお願いしたいのです!詳しくはパトカーの中で話すので、す、すぐに来て頂けますでしょうか?」
どうやら急を要するらしい。
侑芽は開きかけた食器棚を閉め、ペンと手帳だけをポケットに入れた。
「分かりました、すぐに行きます。
レム!お茶はまた後にしよう。行くよ!」
「はい。侑芽ちゃん。もちろんお供しますよ」
侑芽とレムは警部の後を追い、表に停めてあったパトカーに素早く乗り込んだ。
こうして今日も、夢中の探偵活動は幕を開けたのだった。
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