奴隷になった僕は、霊媒師一族に拾われる
啄木鳥
第1話 絶望、のちに出会いへ
僕は、昔から「霊」が見えた。昔はそれが何なのかわからなかったけど、ある日の夜、布団の中で母さんに聞いてみたら、それは「霊」なんだよって教えてくれた。
でも、母さんは「霊」が見えることは誰にも言っちゃいけないんだよって言われたんだ。
どうして?って聞くと、母さんは少し難しそうな顔をして、よくわからない難しい話をしてくれた。わかったのは、「霊」が見えるのは周りの人たちからしたら怖くて気味が悪いことだってこと。
なんでそんなことを思うのかわからなかったけど、母さんとの約束は守らなきゃ、と思い、ずっと秘密にしてきた。そう、母さんが死んだ、あの日までは。
とってもとっても寒い日だった。もともと体が弱くてよく風邪をひいていた母さんだけど、その年は特に体の調子が良くなかった。
僕は一生懸命母さんの看病をしたんだけど、母さんの具合はよくなるばかりか、日を追うごとに悪くなっている。
母さんがこんな状態なのに、村の人たちは誰も助けようともしない。それどころか、いつも母さんや僕の悪口を言ってくるんだ。よそ者だとか、病原菌だとか。
結局、僕は何もできないまま、母さんが弱っていくのを見ていることしかできなかった。
「エリック、ごめんね」
それが、母さんの最後の言葉だった。そうして、母さんは村の端っこの小さな家で、静かに息を引き取った。
そう思った。いや、確かに母さんは死んだ。だけど、母さんは死んだあと、母さんの体から何かが抜け出していって、僕のそばまで来た。
それは、「霊」だった。僕がいつも目にする「霊」だった。母さんは「霊」になっても僕のそばにいてくれる。そう思ったら少しだけ嬉しかった。母さんがまだそばにいる気がして、悲しさや寂しさが薄れていく気がした。
それから、僕はあまり落ち込まずに普通の日々に戻った。一人の生活は思ったより大変ではなかった。もともと僕が山に山菜を取りに行ったり狩りに出かけていたからね。
村の人たちは母さんが亡くなったのにいつも通り暮らしている僕を見て不思議に、いや、気味悪く思ったらしい。
「どうして母親が死んだのに落ち込んだりしてないんだい?」
恰幅のいいおばさんが、嫌味っぽく僕に聞いてきた。
その話し方にイラっとした僕は、つい母さんとの約束を破って言い返してしまったんだ。
「母さんなら僕の後ろにずっといるよ!今も僕のことを見守ってくれて......」
しまった、と思った時にはもう遅い。おばさんは僕のことを気味の悪いものを見るような目をした。いや、あれは少し怖がっていたのかな?
「あ、いや、それは、その......」
僕が言い訳をしようとする前に、おばさんは足早に村のほうに戻っていく。
(なにも、してこなかった?)
少し疑問を抱いたが、僕はそのまま山菜取りを続行した。
それから二、三日たった。朝起きると、なんだか村のほうが騒がしい。気になって村に行き、家の陰から騒がしかった広場の方を見る。すると、そこには村長らしき人が台の上に立って演説のようなものをしていた。
「村の外れに住んでいる子供、あれはこの村に災いをもたらす悪魔の子だ!」
......え、なんて言ったの?僕が、悪魔の子?
「その証拠に、あれが人ならざるものを見ることができると聞いたものがいる!」
「ええ、確かにはっきりと言ったわ!死んだはずの母親が後ろにいるって!」
それは、だって、昔から見えるだけで。僕は悪魔の子なんかじゃ......
「悪魔の子がこの村に災いをもたらす前に、あれを村から追い出すんだ!いや、それだけじゃ足りない!あれが犯した罪を償わせるべきだ!」
「そうだそうだ!」
「そもそもあの女を村に入れたこと自体が間違いだったんだ!」
なんで?僕は何も悪いことはしてないのに。なんで、みんな、そんなこと......
「悪魔の子に裁きの鉄槌を!」
「「「「悪魔の子に裁きの鉄槌を!」」」」
いや、いやだ!僕はそんなこと......
今起きていることが理解できなかった。ただ怖くて、恐ろしくて、僕は耐えきれなくなってその場から逃げ出した。
「あっ、悪魔の子だ!」
「捕まえろ!」
いやだ、いやだいやだ、いやだいやだいやだ!
僕は捕まるまいと必死になって走った。死に物狂いで走った。だけど、大人に子供の僕が勝てるわけもなく、すぐに捕まってしまった。
「観念しろ、悪魔の子!」
「今まで犯してきた罪を償ってもらうぞ!」
「いやだ、僕そんなことして...」
「黙れ!おい、こいつの口を塞げ!」
「おっ、えぐっ!」
そうして布を無理やり口に突っ込まれる。
く、苦しい、息が、できないっ...
それから村の人たちが大勢来て、僕のことを、殴って、蹴って、罵って、叩いて、切って、踏みつけて、刺して......
あまりの痛みに耐えきれなくなって、僕はふっと意識を失った。
......ここは?一体僕は何をして......
気が付くと、僕は暗い檻の中に手枷をつけられて横たわっていた。なぜか体中がひどく痛い。檻はひどく揺れ、ガシャガシャと騒がしい音をしている。馬車の中とかだろうか?
なんで僕はこんなところに......かひゅっ!
僕は意識を失った前の出来事を思い出した。そのすべてをはっきりと、鮮明に、脳に焼き付いている。消したいと思っても消えることはない記憶。そんなものが僕の至る所に刻まれていた。
村の人たちの僕に向けた数多の暴力、暴言。それを少し思い出すだけで、体中から嫌な汗が次から次へと吹き出し、体の震えが止まらない。
しばらくして体の震えが少し落ち着いてくると、揺れが止まり、一人の男が僕の前までやってきた。
そうして、僕の檻のカギを開ける。
「ようやく起きたか、早く立て」
「え?あなたは一体......」
「早く立てって言ってんだろ!のろまが!」
いきなり叫んだと思ったら、僕の髪を思いきり掴んできた。
「い、痛い!」
「うるせぇ!口を開くな!黙って俺の言うことに従ってろ!」
そう男に怒鳴られて、僕は痛いのを我慢して口をつぐむ。
「へへ、そうやって黙って俺の言う通りにしとけばいいんだよ。来い」
男に連れられて、僕は黙って歩く。
少しすると、大きな廃墟のような建物に入っていく。そこは暗くじめじめしていて、鼻が曲がるくらい臭かった。
角を曲がるとそこには、鉄格子の中に生気のない死人のような目をしている人たちがいた。
それは僕みたいな子供や若い女の人、屈強な男の人や老人など、いろいろな人がいた。だけど、みんな揃って死人のような目をしていた。
そこからすぐの、空いている鉄格子の前で男は止まった。
「ここが今日からお前の住む場所だ。いいか?」
「......」
「返事はどうした!」
そうして僕のことを思いきり蹴り飛ばす。
「はい...」
僕はひどく痛む腹を押さえながら返事をした。
「入れ」
僕は何の抵抗もせず、鉄格子の中に入った。
◇◇◇◇◇◇
あれからどれだけの時間がたっただろうか。もういろいろなことを感じなくなってきた。
最初はお腹が空いた、体が痛い、のどが渇いた、寒い、いろいろな苦痛を感じていた。
だけど、時間がたつにつれ、それらの感覚は麻痺していった。どれも苦痛に感じない、何でだろう?そんなことも感じなくなっていった。
ここに来てから、母さんを見ていていない。具体的には、母さんの「霊」を見ていない。他の「霊」は村にいたころと比べてかなりの数を見るようになったんだけどな。最初は寂しくも悲しくもあったけど、それも時間がたつにつれ薄れていった。
「おい、お客様が来たぞ、さっさと立て、屑が」
太ったおじさんが僕に言った。このおじさんはここのボスみたいな人で、このおじさんの気に障るようなことをした人は、ひどいことをされる。僕の向かい側にいる子供もひどいことをされていた。だから、僕は黙って命令に従う。
しばらくして太ったおじさんを連れて来たのは、きれいな女の人だった。
大きくて真っ赤な瞳、真っ白できれいな長い髪、はっきりとして整った顔立ち。どこから見てもきれいな人だった。
「ささ、本日はどういった奴隷をお買い求めになりますか?」
太ったおじさんが揉み手をしながら女の人に尋ねると、女の人は少しイラっとした顔をした。
「ちょっと黙ってて」
「はい、申し訳ございません」
太ったおじさんは少しも申し訳なさそうにしていなかったけど、そんなことを言った。
しばらくして、女の人は僕の前に来て、止まった。そうして、僕のことをじろじろと見る。
「ねえ、君、あれ見える?」
女の人が指をさして僕に尋ねてきた。女の人が指をさす先には、子供の「霊」がいた。
「あの、お客様。いったい何を言って......」
「うるせぇ、黙ってろ」
「ひい!」
女の人はさっきまでの声とは別物の、低く、ひどく恐ろしい声を出した。そう言われた太ったおじさんは腰を抜かして尻もちをつく。
直接言われたわけでもない僕でもかなり恐怖を感じた。
「で、君はあれ、見えるのかな?」
そうしてまた声をもとのきれいな声に戻し、再び僕に尋ねる。
僕は女の人に少しの恐怖心を抱きながらも、こくりと小さく頷く。
僕の反応を見た女の人はうれしそうに顔をほころばせた。
「じゃあ、あれはどんな形をしている?」
今度はそう聞いてきたので、僕は見たものをそのまま伝える。
「えっと、僕より少し、小さいくらいの、子供、だと、思います......」
そう答えると、女の人はますます顔をほころばせて、尻もちをついたままの太ったおじさんに声をかける。
「この子を買うわ、いいでしょう?」
すると、太ったおじさんは慌てたように立って話始める。
「本当にいいのですか?私が言うのもなんですが、それはあまりお勧めは......」
「いいから早くして頂戴?怒るわよ?」
「はっ、はいっ!」
そうして太ったおじさんは一目散に走りだした。
それを横目で見ながら、女の人は優しい声で僕に聞いてきた。
「君、名前はなんていうのかな?」
僕の名前、母さんがくれた、大切な名前。
「...エリックです」
「そうか。私の名前はリーナ、リーナ・エクストス。これからよろしくね、エリック」
「は、はい」
これが、僕とリーナさんとの初めての出会いだった。
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