38.【紫月と魔女】


「――咎人の罪、陪審ばいしんにて決す。審判の鐘、三度みたび鳴りて断頭台へ……その首、今こそ差し出さん――いざ執行のとき……!」


 ダリアの詠唱が終わると同時に、魔人たちの頭部が次々と見えない刃で粉砕されていく。

 血煙と肉片が舞う街中に、やがて静寂が訪れる。


「……何度見ても、お見事だな」

「それほどでもないわぁ……ヴィクターちゃんが時間を稼いでくれなかったらこんな術、無用の長物よぉ」


 ダリアと旅に出て、ひと月が経つ。

 そのわずかな間にも魔人軍は勢いを増し、村や町を次々に蹂躙していった。


「この町も……救えなかったんだな」

「あまり……深く考えちゃダメよぉ……」


 茜色に染まる空の下、静まり返った町に、生臭い風が吹き抜ける。

 惨状を前に、ダリアも目を背けるように俯いていた。


「彼らには、憎しみとか悲しみとか……そういうもの、残っているのかしらねぇ」

「個体差はあれど……ほぼ理性は無いように見えるがな」

「せめてそうあってほしいわぁ……死の瞬間も、殺す瞬間も、感情なんて邪魔でしかないもの」


 遠く、誰もいない空を見つめるダリア。

 その言葉はどこか、俺でない誰かに向けられているように感じられた。


「なぁ、そろそろ、訊いてもいいか。お前の、過去のこと」


 笑っているようで泣いているような、掴みどころのない表情で、ダリアは沈黙する。

 その瞳には、俺の知らない歳月が渦巻いているのだろう。

 やがて一拍の後、ダリアがその重い口を開く。


「私ねぇ、最愛の人を焼いたの……自分の村ごと」


 その言葉が落ちた瞬間、胸を鋭く刺すような痛みが走る。

 故郷が、ディアナが――脳裏に焼きつく記憶が立ち上がるのを、俺は必死に抑え込む。


「私の村は閉鎖的でねぇ、黒魔術は邪教扱いだったの……」

「……珍しい話でもねぇ。黒魔術が浸透したのは、ここ十数年だからな」

「そ……でも私のおばあちゃんは生粋の黒魔術師で、私もその研究をずっと手伝ってたの。もちろん、村には秘密でねぇ」

「お前、両親は?」

「いないわぁ。私を置いて、出ていったの」


 ダリアは、懐かしむような、だがどこか寂しげな笑みを浮かべる。


「二十の頃、とうとうおばあちゃんも亡くなってねぇ……私、ひとりぼっちになったわ。寂しかったけど、私のことを支えてくれた人がいたの」


 少しだけ、ダリアの声が揺れる。


「アンドリュー……彼は狩人でねぇ、私にいつも優しくしてくれた……唯一の理解者だったの。私、自分のことを何でも話したわぁ……彼も、いつか一緒に旅に出ようって言ってくれて……」


 まぶたを閉じ、まるでその頃の温もりを手繰たぐるように、その名を口にした。


「でもねぇ……ある年、疫病や不作が立て続けに起こって……村中が『祟りだ』って騒ぎ立ての」

「ありがちな話だ……自分の不幸を誰かのせいにするのは、心の弱ぇ奴のすることだ。ついでに頭もな」


 皮肉めいた俺の言葉にも、ダリアは笑わなかった。

 彼女はただ、うっすらと首を振る。


「そんな中、とうとうアンドリューの妹も病に倒れたの。それを知った村人の誰かが言ったわ……『魔女の呪いだ』って……」

「まさか……」

「ええ、村長は言ったわ……『魔女を差し出せば村は救われる』ってねぇ」


 その絶望が蘇ったのか、ダリアが肩をわずかに震わせる。


「私は訳が分からないまま、捕らえて牢に入れられて……そこで知ったの。黒魔術師である私を密告したのは、アンドリュー……」


 怒りとも悲しみともつかない表情で、ダリアが笑った。


「絶望のままはりつけにされてねぇ、火をつけられる間際、群衆の中にいる彼と目が合ったわ……彼ね、笑っていたの。今も、忘れないわ」

「……もういい」

「その後のことは曖昧だけれど、きっと私の魔力が暴走したんでしょうねぇ……気が付いたら、村が燃えていたわ。その中には、きっと――」

「もういいんだ! ダリア……」


 俺は思わずダリアを抱きしめていた。

 彼女の身体は驚くほど軽くて、壊れてしまいそうだった。

 それでも彼女は、俺の腕の中で抵抗せず、ただ静かに目を閉じていた。


「俺も、同じなんだ……俺も、村を……」


 ダリアが俺を抱き返し、慰めるように優しく背を撫でる。


「いいのよぉ……何も言わなくて……」

「俺も……妹を……ディアナを……」


 声にした瞬間、喉の奥が酷く焼けるようだった。

 だが、それを見透かしたかのように、ダリアが言葉を遮る。


「ヴィクターちゃん……言葉は要らないわ。だって私たち、こんなに似ているんだもの」


 今この腕の中にいる彼女も、罪を背負い、失って、壊れて、それでもなお、生きている。

 気付けば、温もりに包まれているのは俺の方だった。


「ああ……そうかもな……」


 ふたりの影だけが、ぴたりと寄り添うように揺れている。

 夜が明けるまで、俺たちはそれ以上、何も言葉を交わさなかった。

 それで、十分だった。

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