27.【緋月と仮面】
馬車の揺れが酷い。
その度、身体に痛みを感じるが、それを気にしている余裕はなかった。
冷たい風が窓の隙間から吹き込み、乾いた木の枝が遠くで軋んでいる。
「もうすっかり寒いわね。さっきの町で着込んでくれば良かったわ」
巨像兵との戦いからひと月。隣に座るルビーは、今日も相変わらず無理に明るく振る舞っている。
焼け爛れてしまった顔に仮面をつけ、顔だけでなく心も何もかも隠してしまおうとしているようだった。
だが俺は、その仮面の下に隠された痛みを知っている。
「……この仮面がこんな形で役に立つなんてね。最初は趣味悪いと思ってたけど、よくよく見たら味があって気に入っちゃったのよね」
仮面を指で撫でながら、ルビーがいつものように軽口を叩く。
その言葉には、どこか痛みを隠すような、無理やりにでも笑おうとする空気が感じられた。
「ヴィクターはさ、魔王を討ったら、その先はどうするの?」
「俺か? 俺はまぁ、魔王と闘り合った後も五体満足だったら、そん時に考えるわ」
「ちょっと、縁起でもないわね」
「言ったろ。縁起で世界は救えねぇよ」
「それは……そうだけどさ」
しばしの沈黙。
思わずそれに耐え兼ね、俺から口を開く。
「お前こそ、どうするんだ?」
「うぅん……そぅねぇ。ホントはあたしも、魔王討伐に同行できれば良かったんだけどさ、大司教が言うには、あたしには他に大事な使命があるんですって」
「ほぉん……まぁこれ以上、危ねぇ橋を渡らないに越したことはねぇしな」
「でも、あたし……ほら、帰るとこもなくなっちゃったじゃん?」
故郷も家族も、全て背負って、失った――
そう、ルビーも、俺も。
「ハァ……この顔じゃあお嫁にいけないし、山にでも
半ば焼けっぱち気味に言い放つルビー。
彼女は決して俺を責めてはいないこと――だとしても、深く傷ついていること。それらは、充分に分かっているつもりだ。
だが――
「……ルビー」
「ん、なぁに?」
俺にはただ、傍にいてやることしかできない。
――いや違う。とうに気付いていた。
ルビーのためではなく、俺が、ルビーの傍にいたいのだ。
「お前さ、それ……俺で、いいんじゃないか?」
その言葉を吐いたのは、さすがに自分でも驚いた。
理解が追いついてないのか、そもそもその意味が伝わっていないのか、鉄仮面のまま、ルビーが首を傾げる。
「だからよ。俺が、嫁にもらっといてやる」
言葉を発してすぐに、ルビーはすぐに驚いたように反応した。
「……は?」
素っ頓狂な声で固まるルビー。ほんの少しの静寂の中、彼女の息を飲む音が聞こえる。
今、彼女は仮面の下でどんな表情をしているのだろう。
「言ったろ。貰えるもんは貰っとく
「いや、あんたね、冗談にしても今言うことじゃないわよ?」
「何故、冗談だと思う?」
「あー……さもなくば、アレよ。同情してるんでしょ? 自責の念というかさ……」
「いいや、これは決して同情じゃあない。俺の素直な気持ちだ」
しばらく、馬車の中が静まり返る。
そんな中、ルビーは仮面の下で何やら小さく、うぅと唸っているようだ。
「あ、ほら、顔に傷がある女なんて、田舎の婚礼じゃあ"縁起が悪い"って言われて敬遠されるのよ。知ってた?」
「また縁起の話か。俺が欲しいのは縁起じゃねぇ。お前だ」
「でもあたし、こんなんだし……きっと、前途多難だし……」
ルビーの声が震えている。それに、肩も。
「構わねぇ。それに――」
俺は覚悟を決めると、息を飲み、そっと、そして怖々と彼女の仮面を外す。
その下から、包帯だらけだが、心から綺麗だと思える泣き顔が覗く。
「この先、俺とお前なら、どんな地獄でも、必ず越えていける」
俺はルビーをそっと抱き寄せる。彼女の表情にはもう、迷いは見られない。
そして俺は、今、己が生きている証とも言えるその傷跡に、そっと口付けをした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「なぁんかさ、思い返すとやたらと濃い一年だったわよね。なんか、十年くらい経った気がするわ」
すっかり包帯が取れたルビーが、馬車から堂々と身を乗り出す。依然として傷が残るその顔には、もはや仮面は無い。
早いもので、俺とルビーが大聖堂を出てから、もう一年近くは経とうとしている。
「もうすぐ、着いちまうのか……どんだけ久々でも、会いたくねぇ顔とは会いたくねぇもんだな」
今宵、俺らはあの大聖堂に帰着することになる。
大司教やセリーヌの顔を浮かべると、思わず溜め息が出てしまう。
「そういえば、神殿でこの鎧に触れた時ね、誰かの記憶とか感情というか……『祈り』みたいなものが流れてきたの。多分、巨像兵の、創造主……?」
ルビーが傍らの鎧を撫でながら、少し首を傾ける。
「ああ、そんなこと言ってたっけな。あん時ゃあ、それどころじゃなかったが」
「今思えば、その記憶の中に一瞬、大司教が映った気がして……」
「ケッ……まぁ、確かに、あの野郎が一枚噛んでてても不思議じゃねぇか。なんせそいつを取ってこいっつった張本人だからな」
「……ま、考えたところで、あたしには分かんないけどさ」
ルビーは軽く肩をすくめると、のそのそと馬車から顔を出した。
「あ! 聖都が見えてきたわよ! 懐かしいわね」
「おい、ルビー……あんまり身を乗り出すんじゃねぇぞ。もう、お前ひとりの身体じゃねぇんだからな」
俺は、馬車から顔を出すルビーの挙動に気を揉みながら声を掛ける。
そんな俺の心配をよそに、無邪気に振り向く彼女は輝く笑顔で答えた。
「心配しなくても、しっかり守るわよ。あんたとあたしの、半分こだもん――」
風に掻き消される声。
彼女の顔が、水彩画のように滲み、溶けていく――
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