31.【蒼月と空白】
「ヴィクター様……この村も、もう……」
俺は、荒れ果てた村の入り口に立ち、そこら中に散らばる破壊の痕跡を見つめていた。
家々は半壊し、無残に倒れた住民たちの姿があちこちに転がっている。
重くのしかかる静寂の中、漂う死臭が胸を鼻をついた。
「まだ……生き残った者がいるかもしれない。一軒一軒、手分けして見て回ろう、そこまで大きい村じゃあない……」
思わず声が震え、鼓動が早くなる。
まただ。まるで獣に食い散らかさたかのようなこの光景を目にする度に、つい故郷の惨劇を重ねてしまう。
俺はひとまず、ふぅと息をつく。
「もし奴らに遭遇しても、迂闊に手は出すな。特に、何度も言うが返り血にだけは気を付けろ」
「はい……重々承知しております」
シシィと旅に出てから
もうどれだけの滅んだ村や町を目にしてきただろう。俺はともかくとして、本来、シシィはこのような血なまぐさい世界とは無縁の住人だ。
今だって、きっと俺以上にこの惨状に胸を痛めているに違いない。
俺が、もっと気を強く持たなければ――
「こっちの区画は全滅だ……そっちは!?」
焦燥感で声が
ほどなく、少し遠くのシシィに目をやると、不甲斐なさそうに首を横に振っていた。
「クソッ……民家は、これで全てか……」
俺は思わず拳を震わせた。風が止み、更なる静寂が重くのしかかる。
だが次の刹那、何かに気付いたかのように、シシィが突然走り出した。
「シシィ! どうした!?」
「村の外れに一軒、
息を切らしながら声を上げるシシィ。
俺も、すぐにその後を追った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ヴィクター様……」
やがて辿り着いた村の最奥の納屋。その扉を開いたシシィが声を漏らした。
「どうしたシシィ、生き残りか!?」
俺も納屋へと駆けつける。
その中に一歩踏み入れた瞬間、空気が変わった。静寂というよりは、まるで息をひそめた何かがそこにいるような感覚。
そこには、何やら手紙を握りしめたまま、祈るように横たわっている少女の姿があった。
すでに息はしていないが、遺体は不自然に綺麗なままだ。
「この村も、間に合わなかったか……」
そっと手を合わせるシシィ。
その傍ら、俺はそっと少女の手から手紙を引き上げた。
内容から察するに、どうやら想い人からの恋文のようだ。
「息を引き取るその時まで、最愛の人を想っていたのですね……なんと、おいたわしい……」
シシィが手紙を見て嘆く。
だが、手紙を読み進めた俺は、ある妙な点に気付く。
「なぁ……ここにアルティア暦、九八五年の九月と記してあるが……」
「つい最近に書かれたものですね……どうか安らかな眠りを得られますように……」
「いや……だが、今年は確か、アルティア暦――」
俺が言いかけたその時、少女の身体がビクンと跳ね上がった。
全身の血が逆流するような感覚が走る。
それは、生者の動きではなかった。
「ヴィクター様! 彼女、まだ息が――」
「いや、違う……」
俺は咄嗟に、シシィを庇うように前に出た。
目を見れば分かる。それはもう、人間じゃあない。
「俺の後ろに下がれ、シシィ……」
やがて起き上がった少女がこちらを見る。
その目は濁ったように、ぼんやりと虚ろに光っていた。
「ああ、そんな……」
「シシィ……馬車で、待っていてくれ……」
俺は静かに、日輪の剣を抜く。
それを見たシシィは、小さく「はい」と呟くと、やがて静かにその場から遠ざかっていった。
「彼ガ、待ッテル……帰ル……約束、シタカラ……」
「……すまねぇ。お前さんをこの村から出すワケにはいかねぇんだ……」
「リチャード……愛シテル……リチャード……」
「ああ……俺から、告げておく……」
「……アリガトウ」
ディアナの最期が脳内を
「本当に、すまねぇ――」
俺はゆっくりと剣を振り上げた。
静かに、少女の願いを終わらせるように――
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ヴィクター様……少し休みましょう」
足取りの重い俺を見て、シシィが心配そうに馬車から駆け寄る。
だが、そんなことよりも、俺にはどうしても確認しておきたいことがある。
「シシィ……ひとつ聞いてもいいか?」
「ええ、なんなりと?」
「今は……アルティア暦の、何年だ?」
しばしの沈黙。
シシィが何か言い淀んでいる。
「傭兵上がりの俺ならいざ知らず、お前のように教会で
シシィがさらに口を噤む。
「もう蒼月の神殿も目前だ。それだけ長い旅をしてきた上で、おかしいと思う場面は多々あった。だがあの
「ヴィクター様……」
話を遮るように、シシィが俺を呼ぶ。
その表情からは、さらに緊張感を漂わせている。
「……なんだ?」
「本当に、ごめんなさい……言えなかったんです……大司教様に、止められていて……それがあなたのためだって……でも、ずっと……」
俯いた前髪で表情を隠すシシィ。
肩を震わせて、胸元を抑えている。
「やはりか……忘れもしねぇ、俺が故郷と妹を失ったのはアルティア暦の九八四年の三月。あの手紙に記されていた暦は九八五年。お前はそれを最近だと口を滑らせた。つまり――」
シシィは、何かを覚悟を決めたかのように、俺を真っ直ぐ見つめている。
そして俺は、伸びた襟足の髪留めをきゅっと握りしめながら言い放った。
「俺には、空白の一年間が存在する」
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