31.【蒼月と空白】


「ヴィクター様……この村も、もう……」


 俺は、荒れ果てた村の入り口に立ち、そこら中に散らばる破壊の痕跡を見つめていた。

 家々は半壊し、無残に倒れた住民たちの姿があちこちに転がっている。

 重くのしかかる静寂の中、漂う死臭が胸を鼻をついた。


「まだ……生き残った者がいるかもしれない。一軒一軒、手分けして見て回ろう、そこまで大きい村じゃあない……」


 思わず声が震え、鼓動が早くなる。

 まただ。まるで獣に食い散らかさたかのようなこの光景を目にする度に、つい故郷の惨劇を重ねてしまう。

 俺はひとまず、ふぅと息をつく。

 

「もし奴らに遭遇しても、迂闊に手は出すな。特に、何度も言うが返り血にだけは気を付けろ」

「はい……重々承知しております」


 シシィと旅に出てからはや半年が経とうとしている。

 もうどれだけの滅んだ村や町を目にしてきただろう。俺はともかくとして、本来、シシィはこのような血なまぐさい世界とは無縁の住人だ。

 今だって、きっと俺以上にこの惨状に胸を痛めているに違いない。

 俺が、もっと気を強く持たなければ――


「こっちの区画は全滅だ……そっちは!?」


 焦燥感で声が上擦うわずるのを、必死に抑える。

 ほどなく、少し遠くのシシィに目をやると、不甲斐なさそうに首を横に振っていた。


「クソッ……民家は、これで全てか……」


 俺は思わず拳を震わせた。風が止み、更なる静寂が重くのしかかる。

 だが次の刹那、何かに気付いたかのように、シシィが突然走り出した。


「シシィ! どうした!?」

「村の外れに一軒、納屋なやが見えます! もしかしたらあそこに、生存者がいらっしゃるかもしれません!」


 息を切らしながら声を上げるシシィ。

 俺も、すぐにその後を追った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ヴィクター様……」


 やがて辿り着いた村の最奥の納屋。その扉を開いたシシィが声を漏らした。

 

「どうしたシシィ、生き残りか!?」


 俺も納屋へと駆けつける。

 その中に一歩踏み入れた瞬間、空気が変わった。静寂というよりは、まるで息をひそめた何かがそこにいるような感覚。

 そこには、何やら手紙を握りしめたまま、祈るように横たわっている少女の姿があった。

 すでに息はしていないが、遺体は不自然に綺麗なままだ。

 

「この村も、間に合わなかったか……」


 そっと手を合わせるシシィ。

 その傍ら、俺はそっと少女の手から手紙を引き上げた。

 内容から察するに、どうやら想い人からの恋文のようだ。


「息を引き取るその時まで、最愛の人を想っていたのですね……なんと、おいたわしい……」


 シシィが手紙を見て嘆く。

 だが、手紙を読み進めた俺は、ある妙な点に気付く。


「なぁ……ここにアルティア暦、九八五年の九月と記してあるが……」

「つい最近に書かれたものですね……どうか安らかな眠りを得られますように……」

「いや……だが、今年は確か、アルティア暦――」


 俺が言いかけたその時、少女の身体がビクンと跳ね上がった。

 全身の血が逆流するような感覚が走る。

 それは、生者の動きではなかった。


「ヴィクター様! 彼女、まだ息が――」

「いや、違う……」


 俺は咄嗟に、シシィを庇うように前に出た。

 目を見れば分かる。それはもう、人間じゃあない。


「俺の後ろに下がれ、シシィ……」


 やがて起き上がった少女がこちらを見る。

 その目は濁ったように、ぼんやりと虚ろに光っていた。


「ああ、そんな……」

「シシィ……馬車で、待っていてくれ……」


 俺は静かに、日輪の剣を抜く。

 それを見たシシィは、小さく「はい」と呟くと、やがて静かにその場から遠ざかっていった。


「彼ガ、待ッテル……帰ル……約束、シタカラ……」

「……すまねぇ。お前さんをこの村から出すワケにはいかねぇんだ……」

「リチャード……愛シテル……リチャード……」

「ああ……俺から、告げておく……」

「……アリガトウ」


 ディアナの最期が脳内をぎる。


「本当に、すまねぇ――」


 俺はゆっくりと剣を振り上げた。

 静かに、少女の願いを終わらせるように――


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ヴィクター様……少し休みましょう」


 足取りの重い俺を見て、シシィが心配そうに馬車から駆け寄る。

 だが、そんなことよりも、俺にはどうしても確認しておきたいことがある。


「シシィ……ひとつ聞いてもいいか?」

「ええ、なんなりと?」

「今は……アルティア暦の、何年だ?」


 しばしの沈黙。

 シシィが何か言い淀んでいる。


「傭兵上がりの俺ならいざ知らず、お前のように教会でこよみに触れる機会が多いシスターなら、今が何年か言えるはずだよな?」


 シシィがさらに口を噤む。


「もう蒼月の神殿も目前だ。それだけ長い旅をしてきた上で、おかしいと思う場面は多々あった。だがあのむすめの手紙を見て確信した。俺は――」

「ヴィクター様……」


 話を遮るように、シシィが俺を呼ぶ。

 その表情からは、さらに緊張感を漂わせている。


「……なんだ?」

「本当に、ごめんなさい……言えなかったんです……大司教様に、止められていて……それがあなたのためだって……でも、ずっと……」


 俯いた前髪で表情を隠すシシィ。

 肩を震わせて、胸元を抑えている。


「やはりか……忘れもしねぇ、俺が故郷と妹を失ったのはアルティア暦の九八四年の三月。あの手紙に記されていた暦は九八五年。お前はそれを最近だと口を滑らせた。つまり――」


 シシィは、何かを覚悟を決めたかのように、俺を真っ直ぐ見つめている。

 そして俺は、伸びた襟足の髪留めをきゅっと握りしめながら言い放った。


「俺には、空白の一年間が存在する」


 

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