忘却の乙女編

緋月の章

23.【緋月と希望】


「勇者殿、こちらの娘が『おぼろの一族』の末裔にして月神の乙女、ルビーと申す者でございます」


 窓から差し込む月明かりを受けて、鈍く輝く祭壇の前。

 大司教の紹介も意に介さずといった様子で、緋髪あかがみの少女がムスッとした表情で仁王立ちをしている。

 やがて、こちらにツカツカと歩み寄ってきたかと思うと、俺にジロリと睨みを利かせた。


「あんたが勇者の末裔? 勇者のくせに人相悪いわねぇ。そもそもあんた、あたしより強いワケ?」


 次の刹那、左右で二つに括ったおさげを揺らしながら、ルビーとやらは俺の眼前に鋭い蹴りを繰り出して見せた。

 その風圧で、俺の前髪がふわりとそよぐ。 

 

「おい大司教……本当にこいつが、月神から加護を授かったとかいう、月神の乙女なのか?」

「ええ、そのはずです……よね? セリーヌ様?」

「間違いない。月神の加護、感じる」


 大司教がセリーヌに顔を近付けて、何やらとごにょごにょと話し合っている。


「なによあんた、文句ありげじゃない?」

「いや、月神様ってのは、さぞ寛大な心をお持ちなんだなぁと思ってよ」

「は? どういう意味よ。初対面の相手に対して失礼な奴ね!」

「お前が言うか……」


 俺はハァと溜め息をつきながら頭を抱える。


「おい大司教、月神の防具の封印ってのは、本当にこいつが解かなきゃならんのか?」

「はい……此度、勇者殿に入手していただく『緋月あかつきの鎧』の封印は、月神の乙女の加護にしか反応を示しません。よって、彼女の同行はどうしても必要なのです。それに――」


 大司教は、その両手に羊皮紙の世界地図を広げると、その最南端を指差して見せた。


「此度、勇者殿に赴いていただくこの『緋月の神殿』には、番人である巨像兵が立ちはだかると言われております。勇者殿おひとりで、太刀打ちできるかどうか……」

「おいおいおい、待て! 俺はこれからこのじゃじゃ馬を連れて地図の最南端まで行かにゃあならんのか? しかも今、巨像兵って言ったよな? 巨像が動くのか?」

「はい、左様にございます」

「俺はナマモノしか斬ったことがねぇぞ……剣が通用すんのか?」

「それに関しまして、実際に斬ってみませんと、私めにも……」


 魔王に続き、日輪やら月神やら……それだけでは飽き足らず、お次は巨像が動くときたもんだ。あまりに壮大な話で気が遠くなりそうである。

 だが、そんな俺を突っぱねるように、突然ルビーが口を挟む。


「ふんっ、日和ひよってんなら、別にあたし一人で行ったっていいのよ? ヘタレ勇者さん?」

「あ? お前がどれほどのモンだってんだ? そうやって大口叩いて、真っ先に死んでった馬鹿を俺は腐るほど見てきたぜ?」


 互いの目線と目線がぶつかり合う。

 その一触即発な空気に、大司教が慌てて割って入る。


「ご、ご安心ください勇者殿! 月神の乙女とは月神様より加護をたまわった存在。貴方様の日輪の加護と同様に、その能力たるや常人を大きく凌ぐ者にございます!」


 ルビーへと疑いの目を向ける俺に、大司教が自信ありげに主張する。


「ハンッ、いくら加護とやらがあったところで、肝心の本人がこれじゃあな」

「それはこっちのセリフよ! しかもあんた、聞いた話じゃ傭兵崩れなんですってね? 素行も何かと悪かったらしいじゃない。町の酒屋で聞いたわよ、鬼神さん?」

「だったらどうした。殴る蹴るしか能が無ぇ山猿が俺を語るな」


 俺に煽り文句に、ルビーの眉がピクリと動く。


「山猿ですって……? あんたこそ、勇者だか何だか知らないけどね、聞いた噂じゃあ魔人との交戦中に戦線から尻尾巻いて逃げ出したらしいじゃない?」

「ルビー殿! 誤解です、勇者殿は――」

「で、故郷が襲撃されたってのに、一人のうのうと生き延びたわけ? ふんっ……あんたが村を見殺しにしたも同然じゃない!」


 ――俺が、故郷を見殺しに?

 そのひと言に、体の奥底で何かの感情がひっそりと弾けるのを感じた。


「――ああ。そうだな」


 声は静かだった。

 自分でも驚くほど、冷ややかな調子で口を開いていた。


「大司教、馬車の手配が済んだら呼んでくれ」

「は、はい……承知いたしました」

 

 ルビーはようやく何かに気付いたのか、曖昧な顔をして口をまごつかせている。


「ちょっと、何よ……怒ったの? あんただって――」

「……もういい。口を開くな」


 俺はゆっくりと視線を外すと、その場を足早に立ち去った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 「あっちの方角か」


 自室の窓から、ボーッと外に目を向ける。

 あの向こうにかつての故郷があった。今はもう跡形も無い、風が吹き抜けるだけの荒野になってしまった大地。


「俺の、せいなのか……?」


 セリーヌの天啓を信じなかった、俺のせい?

 村に駆けつけるのが遅れた、俺のせい?


「ディアナが死んだのも――」


 俺はハッと首を振ると、乱れた呼吸を静かに整える。

 月神の乙女だかなんだか知らないが、あんな厚かましい女の言うことに、いちいち左右されてどうする。

 そう――誰に理解されずとも、これは元々、俺の戦だ。

 そう己に言い聞かせ、俺がそっと窓のカーテンに手を掛けた、その時だった。

 コンコンと、扉の向こうからノックが聞こえる。


「なんだ、馬車の手配が済んだのか? 随分と早いな――」


 そう言いかけながら、俺が扉を開けた先に立っていたのは、どこか気後れした様子のルビーだった。


「その……寝てたかしら?」

「……なんだ? まだ皮肉が言い足りないのか?」

「ち、違うわよ! なんていうか、さっきのこと、謝りたくて……」


 先程とは打って変わって、やけにしおらしいルビーに、俺は思わず訝しげな目を向ける。


「なんだ急に。とりあえず謝っといてチャラにしようってはらか? そんなら気にすんな。お前と馴れ合うつもりなんざ毛頭無ぇ」

「違うの! その……故郷のこと、妹さんのこと、大司教から聞いて……」


 彼女は迷ったように唇を噛み、何度か言葉を飲み込んだかと思うと、バッと頭を下げた。


「ごめんなさい……! 事情も知らずに……あたし、あんたを傷つけた」

「おい、よせよ……なんだってんだ、急に」

「自分のことでいっぱいいっぱいで、人の痛みを見ようともせずに……ただの、八つ当たりだったの……」


 ルビーの声が潤んでいる。

 あの跳ねっ返りな態度はどこへやら。

 調子が狂った俺は、掛ける言葉も見つからず、そっと手を伸ばしてみるが、どうしていいか分からず、すぐにその手を引っ込めた。


「……もういい、お前も色々と大変だったんだろ」


 俺がそう呟くと、ルビーはそっと笑った。

 だがその笑顔は、少し疲れているようにも見えた。


「あたしが、月神の乙女だって啓示を受けたのはつい三日前……そしてその次の日、あたしの村も魔人の襲撃を受けたの。沢山の犠牲者が出たわ……その中に、あたしの家族も……」


 朧の一族に月神の乙女――当然、その名には馴染みはない。

 だが、俺の村に起きたこと、ルビーの村に起きたこと。そこに、何か因果めいたものを感じずにはいられなかった。


「そう……だったのか」

「魔人の返り血を取り込んだらいけないって、村でいち早く気付いたのはあたしの母さんだった。豹変した、父さんを見てね……」


 魔人の血を取り込み、別人のようになったディアナの姿が一瞬、脳裏に過ぎる。


「あたし、取り乱しちゃってさ。なまじ、武道の心得はあるもんだから、魔人相手につい素手で挑もうとしちゃって……そしたら母さんに平手打ちされちゃった……」


 思い出すように頬を擦るルビー。

 ふと見ると、その目には涙を浮かべている。


「いい母さんだったんだな……」

「うん、あんなに怒鳴られたの初めてだった……『お前まで感染したら、私に娘まで殺させる気か』って……母さん、泣いてた」

「……賢明だ」

「すごく、歯痒かった……泣きながらひとり、山を降りたわ……あたしが今まで鍛錬を続けてきたのは、こういう時のためだって信じてたのに、自分が情けなくなった……」


 ――殴る蹴るしか能が無い。

 俺が放ったその言葉は、彼女にとってはさぞ胸をえぐるひと言だったに違いない。


「俺も心無いことを言って、悪かった……」

「じゃあ今度こそ、チャラよね?」

「ま、利子は付けとくがな」


 一瞬の間を置き、どこか安心したように吹き出すルビー。

 口元を抑え「なによそれ」と、俺の肩を軽く叩く。

 俺のことを思ってか、自分とて家族を失ったばかりにもかかわらず、努めて明るく振舞おうとしている彼女に、胸が締め付けられる。

 同じ痛みを持つ二人なら、このどうしようもない世界で、寄り添い合って生きていくことができるのだろうか。

 ルビーにつられて口元を緩めながら、俺はそんな希望もあるかもしれないと、静かに思った。

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