18.【傭兵と魔人】


「クソッ……なんだってあんな田舎の村に……!」


 夜明け前、不安が募る仄暗ほのぐらい静寂の中、馬を走らせた。

 悪いことばかりが頭の中を駆け巡り、焦燥で息が荒くなる。


「この際、神でも何でもいい……誰か、ディアナを護ってくれ……」


 畜生……こんなことならあんな依頼、受けるんじゃあなかったぜ……

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ダンナ! コイツら、斬っても斬っても傷が再生しやがる……どうなってるんだ!」


 イーザックが息を上げながら苦悶を訴える。


「分からねぇが、何かの禁忌魔術かもしれん……だが怯むな! 陣形を立て直せ!」


 隊に喝を入れながらも、俺も内心、狼狽えていた。

 上級の白魔術によって、損傷した身体が治癒されたのであれば、それは理解はできる。

 だが、斬られた傷が、たちまちその場で修復される魔術など聞いたこともない。


「しかもこいつら……一体、どんな訓練を受けたんだ!? まるで人間わざじゃねぇ!」


 あちらは、たかが義軍。それに対し、こちらは選りすぐりの兵士――にもかかわらず、相当な苦戦を強いられている。

 確かにこいつら、べらぼうに強い。

 それも、兵法や戦術もへったくれも無い、例えるなら獣を相手にしているような、そういうたぐいの奇っ怪な強さだ。


「できるだけ後方の隊にこいつらを通すな! 元より、前衛の俺らで一気にケリつけんのを想定した布陣だ。ここで食い止められなかったら、城壁なんざ簡単に落ちるぞ!」


 口を動かしている間にも、容赦なく義兵が襲いかかる。

 俺はその棍棒を、すんでのところで避けると、すれ違いざまに相手の頭蓋ずがいを粉砕した。残された肢体が、力無く膝から崩れ落ちる。


「ひゅう、さすがだせ。ダンナにかかりゃあ、この化け物達も一撃ってわけかい」

「アタマなら一撃、か……」


 イーザックのひと言に、その動かなくなった肢体にチラリと目をやる。


「イーザック、全隊に告げろ! こいつら、首から下への損傷じゃ止まりやしねぇ。だからアタマだ、アタマを狙え!」

「おう、あい分かった! オマエら、伝令だ!」


 イーザックの馬鹿でかい声が辺りに響く。

 だが、これで解決とはいかない。こちとら、奴らと違ってまともな人間様だ。

 あちらへの有効打が頭部のみなのに対し、俺らは手足を斬られれば戦えないし、銅をひと刺しでもされれば、それこそほぼ即死だ。

 それに加えて、あの身体能力だ。魔術でなけりゃ未知のクスリでもキメてやがるのか、筋力も俊敏さも並の人間のそれではない。

 つまり、依然、事態が深刻なことになんら変わりはない。

 だが、俺が苦心に思考を巡らせている、その時だった。


「おい、ダンナ……敵さん、なんだかさっきから、様子がおかしかぁないか? なんだか一人ずつ、減っていってるような……」


 イーザックの言葉に、少し遠くに目を凝らす。

 すると、義軍本隊の中から、なにやら進路を変えて何処かへ馬を走らせている者が現れ始めているではないか。


「何が目的だか知らないが、敵さんが減ってくれるのは助かるぜ!」


 安堵の声を漏らすイーザック。

 だが俺は、別働隊が走って行く方角を見て違和感を感じていた。


「どういうつもりだ? あっちには、街道以外なんもねぇぞ。街道の先にあんのは、強いて言やあ……」


 自分の言葉を反芻し、俺は一気に血の気が引いて行くのを感じる。


「俺の――村だ」


 青ざめる俺に、イーザックが困惑する。


「なんだって!? いや……だとしてもよ、こいつらダンナの村に何の用があるってんだい?」

「わからねぇ……だが、他に考えられねぇ」

「こいつら、ただ城を落としに来たわけじゃなかったってぇのかい?」


 イーザックは少し考えると、義軍に立ち塞がるように俺の目の前で戦斧を構えた。


「ダンナ! 行ってこいよ!」


 俺はその言葉に動揺する。


「だが、お前ら……俺無しでこいつらとやり合んのかよ!?」

「おいおい、俺を見くびってもらっちゃ困るぜ。ダンナはこの戦で引退するんだろ? だから、俺がここでバッチリ戦果を上げて、鬼神の肩書きは襲名させてもらおうって寸法すんぽうよ!」


 戦斧で敵をなぎ払いながらイーザックがニカッと笑う。


「さあ、行くんだダンナ」

「……すまない、すぐ戻る!」


 俺は身をひるがえすように馬を走らせる。

 村までは街道を馬で飛ばせば一刻も掛からない。

 つまり、奴らの目的が本当に俺の村だとすれば、一刻もしない内にあの化け物達の侵攻を許してしまうということだ。

 

「まさかこれが、あの予言だっていうんじゃ……?」


 一年前の、大司教と聖女の与太話よたばなしが頭をよぎる。

 

「いいや、そんなワケない……信じてたまるか」


 頭を横に振り、必死にそれを否定するも、先程から妙な胸騒ぎが止まない。

 そんな中、道を急いでいると、街道の奥の暗がりに、なにやら五、六頭の馬の影が見えた。

 咄嗟に馬を止めて目を凝らすと、どれにも武装した兵が騎乗している。


「へっ、そうかい……そういうことかい」


 案の定、それらは先程の別働隊であった。

 だが、無論これで全員なはずがない。少なく見積っても、この倍は本隊から離脱していた。

 当然、逃亡目的なら待ち伏せなどしない。つまりこれは、先行した仲間の時間を稼ぐための足止め。

 ますます、その疑惑は確信へと変わっていく。


「なんで、俺の村なんだよ……」


 ケタケタと笑いながらじりじりと近付いてくる化け物達。

 その顔付きは、心なしか人間のそれとは異なり、まるで皮膚の下で別のものが動いているような異様さを感じさせた。


「道を……開けろ!」


 俺は再び馬を蹴ると、即座に剣を抜いた。


「邪魔だ……どけぇ!!」


 ひたすら、怒号のままにたけり狂う。

 その剣の一閃一閃が、荒々しくも冷静な殺意が、確実に一人一人の脳髄をぶち撒けていく。

 奴らが、何か言葉にならぬ言葉を発しているようだが、今は耳に入らない。


「命乞いなら聞かねぇぞ……時間が惜しいんでな!」


 ――やがて、しんと静かになった辺りを見回し、ふと我に返る。

 そして、足元に散乱する屍がどれも動かなくなったことを確認すると、俺はひとつ深呼吸をして、額の汗を拭った。

 ディアナの元へ、急がなければ。

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