俺は彼女を装備する

神成ヨハネ

序章

00.【忘却と魔王】


「来ると思っていたぞ――いや、貴様を待っていたと言っても過言ではない」


 気味の悪い程に情深い声が俺を出迎える。その低い声の響く方へと、俺は歩みを進めた。

 石壁と石畳が広がるだけの殺風景な空間。

 硝子がらす張りの天窓から覗く曇天が、俺たちを鈍く照らしている。


「さすが魔王……とんでもねぇ魔力だな。この装備が無かったら、まともに立ってらんねぇだろうよ」


 俺は襟足の髪留めを握りしめながら、心を沈めることに努めた。


「なるほど……ともすれば、掛け替えのないものを全てかなぐり捨てて、ここに立っているのだな。貴様は」


 最奥、玉座と呼ぶにはあまりに粗雑な腰掛けに背を持たれながら、その声の主は笑みを浮かべていた。

 魔王。つまりはこの世の害悪であり、ほむらの一族の末裔である俺が討つべき仇敵きゅうてきである。


「お生憎様あいにくさまだがな、俺は元より捨てるモンなんざ何もぇのさ。御託ごたくはいいからあんたもさっさとその腰の剣を抜きなよ。魔王様」


 毒づく俺に、魔王は、ふぅと溜め息をつきながらも話を続けた。 

 

「若い身空で随分だな。言い尽くせぬ程の犠牲を払ったろうに……大層な防具達がそれを物語っておる」


 魔王は、何やら含みを持たせるような物言いで俺の全身を眺めている。

 

「思いふけってるところ悪いんだが、俺はあんたと談笑しにきたわけじゃあない。ただ、あんたの同胞達から遺言は預かってる。それくらいは冥土の土産に聞かせてやるよ」

「ほぅ、それはつれない話だな。私の話には興味が無いと?」

「……いつまでもお喋りを続けたいっつぅんなら、好きにしたらいい。だが俺は、あんたがお話の最中だろうが、お構い無しに叩っ斬るぜ」


 俺は背から抜いた大剣の切っ先を向けて言い放つ。

 魔王は少し考えると、ゆっくりと玉座から立ち上がった。

 

「貴様が、勇者の子孫なのは、確かか?」

 

 魔王が俺を真っ直ぐ見つめながら尋ねる。何か腹をえたかのような決意の眼差しだ。

 俺はそれに応えるように、大剣を構え直しながら答えた。

 

「ヴィクター・ラウルス。焔の一族の末裔だ」

「そうか、ヴィクター……」


 俺の名を呼ぶと、魔王はゆっくりと天井を指差した。


「間もなく『失墜しっついこく』だ。貴様らの、思惑通りだな」

「ああ。魔王……それが、あんたの最期だ」

「だがヴィクターよ、それは同時に、貴様にかけられた呪縛も解かれるということだ」

「あ? 呪縛だと?」

「貴様、ここ数年に渡る記憶が無いのであろう?」


 その言葉に、不覚にも己の剣先がわずかに揺らぐのを感じる。


「へぇ、物知りだな。んで、それが失墜の刻と何の因果がある?」

「失墜の刻とは、つまりは皆既日食かいきにっしょく日輪にちりんの魔力は衰え、月桂げっけいの魔力が栄える刻。さすれば、貴様の血に掛けられた忘却の呪縛も、その月桂によって拭われるであろう」

「あんたも俺も、魔力の源が、日輪ねぇ……」


 大剣を握るその拳に、俺は、より力を込める。


「それなら尚のこと、俺はあんたを許せねぇな……一族の因縁だ。討たせてもらうぜ」


 魔王は少しの間、軽く目を瞑ると、やがて何か意を決したかのように、ゆっくりと目を見開いた。


「……さぁ、訪れるぞ、失墜の刻が!」


 その言葉に応えるかのように、僅かに雲間から指していた光が、段々と薄らいでいく。

 俺は神経を研ぎ澄まし、魔王に睨みを利かせる。

 だが、次に俺がひと呼吸する間のほんの一瞬で、たちまち辺りは暗黒に飲み込まれてしまった。


「これが、失墜の刻……」


 呟きながら、腰の松明たいまつに手を掛けた――その時だった。

 突然の眩暈めまいに襲われた俺は、思わず片膝をつく。

 何かが頭の中に流れ込んでくるのを拒めない――いや、これは元々、俺の中に在ったものだ。

 それが、せきを切ったように、次から次へと溢れ出している。


「これは……俺の、記憶?」

「そうだ。受け入れろ、ヴィクター……私を討つのは、それからでも遅くはあるまい」


 闇の奥、魔王の声が、やけに遠くに聞こえる。

 そんな、意識が朦朧もうろうとする中、ふいに俺は、懐かしい彼女たちのその名を口にする。


「ルビー……シシィ……ダリア――」

 

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