エピローグ
あれから
窓から陽光が差し込んでくる。
そこは、ベッドと机椅子が置かれているだけのシンプルな部屋だった。
机には、本が山のように積み上げられている。そこから一冊取ったのか、椅子には本を読む青年が腰掛けていた。
「ダメだ……やっぱ、まったく分からん……」
ページをめくりながら、九重彰良はぼやくように呟いた。
ネツァクとの戦いのあと、アポトーシスは壊滅した。教皇や幹部であるホド、イェソドを一度に失ったためだ。ネツァクに爆弾として利用されたことで、多くの信者が命を落としたことも要因として大きいだろう。
こうして、世界を覆う闇を深めていた悪は消える。
それから、彰良は元の世界に戻る方法を探すことになった。ただ、何から始めていいかが分からない。そのため、ひとまずは参考になりそうな文献を読み漁ることにした。
だが、その進捗はよろしくない。
「なんなんだよ、このミミズみたいな文字は……」
会話はできるが、それが文字になると理解できない──そんな異世界トラップに嵌まってしまっていたのだ。
これはまず、読み書きを学ぶ必要があるか。ならば、教科書か参考書が欲しい。だが、そんなものはあるのか。あったとしても、それはこの世界の言葉で書かれているのか。だとしたら、役には立たない。
「があぁ……」
匙を投げるようにして、彰良が椅子に背を預けたときだった。
バンッ! という音が響く。部屋の扉が開かれた。
「この本もひょっとしたら……って、あ。なーにサボってんのよアンタは」
金髪を二つ結いにした少女──シャーロットが入ってくる。
彰良は、ノックすらしない不躾な態度に呆れた。
「お前、俺が着替え中とかだったらどうするつもりだったんだよ……」
「はぁ? 別に見られて恥ずかしいものなんて持ってないでしょ?」
「いや、恥ずかしいかどうかを決めるのは俺だから」
「あーもう、男のくせにうっさいわね。ほら、これ」
シャーロットは手に携えていた物を差し出してきた。一冊の本だ。それは、ともすれば人殺しの鈍器に使えそうなほどに分厚い。
彰良は表情を曇らせる。
「だから、何度も言ってるだろ……⁉ 一旦、持ってくるのは待ってって……!」
「積んどく分には問題ないでしょ? 人が親切心で持ってきてあげてるんだから、ありがたく受け取りなさいよ」
シャーロットは山の頂上を目掛けて、本を乱暴に放り投げた。
やれやれと嘆息してから、彰良はふと気付く。シャーロットの雰囲気がいつもと異なる。
「あれ、お前その服……」
「ん、これ?」
シャーロットは身を捻り、服を見せてくれた。胸元が開いたトップスと切れ込みが入ったスカートを着て、わずかに臍を出している。開放的な印象を受けた。
「アポトーシスの戦いでボロボロになっちゃったから、新調したの。まぁ、季節的に熱くなってきたってのもあるんだけど」
話すシャーロットを見つめながら、彰良は唾を呑む。
改めてとなるが、シャーロットはすこぶるスタイルがいい。この服装は、そのスタイルのよさを隠すことなく強調していた。健全な高校生にとって、シャーロットの新しい服装は目に毒だ。
視線を釘付けにしていると、ふいにシャーロットが目を尖らせた。
「何、そんなジロジロ見てるわけ……?」
「はっ……」
彰良ははふと我に返って、反省した。
シャーロットの人格はもう十分に分かっているだろう。こんないやらしい視線を送り続ければ、どうなるかなど想像できたはずだ。
暴言に備えて、彰良は身を固くさせる。
だが、予想外にもそれは飛んでこなかった。
「んと……ね」
なぜか、シャーロットはもじもじと身体を左右に揺らす。
「どう……? 似合ってる……?」
シャーロットは、上目遣いでそう尋ねてきた。
どういう風の吹き回しか。可憐な振る舞いを見せるシャーロットに心臓が高鳴って仕方ない。彰良は言葉を選ぶ余裕もなく、頭に浮かんだセリフをそのまま口にする。
「すっげえ……可愛い……です……」
「……っ⁉」
シャーロットはびくっと身を震わせる。その後、びしっと人差し指を差してきた。
「ふっ……ふざけるのも大概にしてくれる⁉」
「なんでっ⁉ ちゃんと褒めたのにっ!」
「し、紳士っていうのはね。そんなストレートに言葉を伝えないの! そよ風のように心地よく人を褒めていくのよ……アンタ全然できてないじゃないっ!」
「いや、俺は別に紳士を目指してるわけじゃ……」
「ホンットにアンタはああ言えばこう言うわね!」
「ああ言えばこう言うのはお前だろ!」
息を荒げながら、彰良は言い返す。
そして、わずらわしさから視線を逸らしたときに気付いたのだった。幼い少女が、扉の外からこちらを眺めている。
「ん……?」
彼女もフリューゲルの団員だろうか。
少女は適当なタイミングで部屋に入ってきて、シャーロットに声を掛けた。すると、シャーロットは軽く眉を持ち上げる。
「もうそんな時間? あーごめん。すぐ支度するわ」
何の支度だろう。彰良は尋ねた。
「なんだよ、どっか出掛けるのか?」
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