クソッタレな世界でも
「いかんなぁ、すこぶるいかん。青年は若いんだ。もっと失敗を恐れず、前だけを見て突き進めばいい。若さって武器はすげぇんだぞ? 大抵の失敗は若さでカバーできる。つまりはまとめるとそうだな、うん、もっと女を口説け」
「一瞬、良い話の匂いがしたのに最後でぜんぶパーなんですけど」
「うるせーな。じゃ、おじさんが特別に世話焼いてやるからよ。あー、おっ。ちょうど一人で飯食ってる女がいるじゃねぇか。おいルフィナ! ちょっとこっち来いよ!」
オズガルドは、料理を行儀良く口に運んでいるルフィナを手招きする。
「あ、ちょっとオズガルドさ──」
突然の行動を止めようとしたが、オズガルドは手招きをやめてくれない。
ルフィナは目だけを動かし、こちらを見た。
「なぜ、団長と九重さんの下へ行かなければならないのでしょう」
「特に意味なんかねぇよ。いいだろ? 今日は決起会なんだからよ!」
「……」
ルフィナはひどく億劫そうに見える。これはいくら呼んでも来てくれなさそうだ──と思っていたが、その予想は外れた。
「──団長が、そう言うなら」
ルフィナはすくりと立ち上がり、オズガルドの横に腰掛ける。
彰良は、来てくれたことに驚く。億劫そうに見えたのは、気のせいだったのかもしれない。
「あ、ルフィナちゃんだっけ? 俺は九重──」
彰良は、自分から話し掛けた。
この場に来てくれたということは、多かれ少なかれ、彰良と親しくなりたいという気持ちがあったということ。だとすれば、その気持ちには応えたかったのだ。
だが、そんな考えはまったくの見当違いだったことを知る。
「気安くちゃん付けしないでください。不愉快です」
ルフィナは冷たく言い放ってくる。
「やっぱり……⁉」
彰良は片側の口角をピクピクと動かした。
敬称に関しては、シャーロットからも似たようなことを言われた覚えがある。この世界において、敬称は繊細な問題なのかもしれない。もちろん、人による可能性もあるが。
ルフィナに対し、ビアンカが窘めるように言う。
「も~、アッキーをあんまりイジメちゃダメだよ? ルフィン~」
「イジめた覚えはありませんが」
ナタリーは、彰良を慰めてくれた。
「あらぁ、彰良くんごめんね? ルフィナは無愛想だけど、悪い子じゃないの。心を開いた人には、それはもう子犬みたいにデレデレなのよ?」
「ナタリーさん、変な嘘を吐くのはやめてください……」
「嘘じゃないわよ~。だって実際、ルフィナは団長が大好きじゃない~」
「な、ナタリーさん……だから、そんな変な嘘は……」
ルフィナは否定しながらも、白い頬を赤く染めていた。この反応はつまり、そういうことか。
「あ? ルフィナ、俺のこと好きなのか?」
オズガルドがぶっきらぼうに訊く。それは、何気なく発せられた言葉だったように思えた。だが、それでも彼女には響いたようだ。
「………っ」
赤くなった頬を隠すように、ルフィナは顔を背ける。
まさに形無し。それが恋愛感情かどうかは分からないが、ルフィナがオズガルドを慕っていることだけは間違いなさそうだった。
「なになに? ルフィナの恋バナ?」
「そいつは聞き逃せねぇな。俺も混ぜてくれよ!」
そこから次々と人が輪に加わっていき、この場は笑いに包まれる。だが、それはここに限った話ではなかった。会場を見渡すと、決起会に参加する者みなが笑っていた。
その光景を見ながら、彰良はふと違和感を覚える。
ここはお世辞にも幸福な世界とは言えない。痛みや苦しみが溢れている。にもかかわらず、このように笑うことができるのはなぜか。
彰良は、そんな思いをオズガルドに話す。すると、オズガルドは堪えきれなくなったように笑い出した。
「ははっ。青年、何おかしなこと言ってんだ」
「いや、俺は真面目に……」
「こんなクソッタレな世界でなんで笑ってられるかだろ? んなもん、笑わなきゃ絶対損だからに決まってるじゃねぇか」
「損……?」
「簡単な話だろ。青年は明るい気持ちで過ごすのと、暗い気持ちで過ごすのどっちがいい? んなもん、明るい気持ちで過ごした方が絶対得だろ。ムカつかねぇか? 俺たちを暗い気持ちにさせようとしてるもんの思った通りになっちまってる現状によ」
「そんなムチャクチャな……」
「ムチャクチャだと思うか?」
「だって、例えば……身近な人を失ったりしたら……」
「俺だって、涙を流すなって言ってるわけじゃねぇ。悲しみに震える夜があったっていいだろ。だが、それはその夜で終わりにしろ。悲しんでる時間は損だし、ムカつくし、もったいねぇ。だから、俺はクソったれな世界でもちゃんと笑えって教えてるんだ。ほら、見てみろよ」
彰良の視線を促すように、オズガルドは会場を見渡す。
「青年も思わねぇか? コイツらは笑ってる顔が一番見てて気持ちがいいってな。だ、か、ら、だ──」
オズガルドはにっと笑う。
「暗い顔してる意味なんて、これっぽっちもねぇってことだ。だから、青年も笑え! おらおらおら!」
彰良は両頬を抓まれ、引っ張られる。
「ひょ、はめへふらはい! 痛いですって、っもう……」
抵抗の末、なんとか逃れられた。
頬に残る痛みを感じながら、彰良はオズガルドを見る。
じわじわと納得感が湧いていた。オズガルドがなぜ、フリューゲルの団長として担がれているのか──その答えがなんとなく分かったのだ。
それは、彼が太陽だからだろう。
救いがないこの世界で、まともな思考をしようとすれば、希望などすぐになくなる。影に覆われ、暗闇に包まれてしまう。
だからこそ、強い根拠なんてなくてもいい。希望を持ち続けたまま、みなを明るく照らせる存在が必要だった。その存在こそが、オズガルドなのだ。
彰良は自覚する。フリューゲルの面々と同じように、心にはオズガルドを慕う気持ちが生まれていた。そして、その気持ちは爽やかな闘志を生む。
明日の決戦では、オズガルドのためにも勝利を掴みたくなっていた。
そんなとき、ふと気付く。そういえば、シャーロットの姿を目にしていない。
「あれ……」
改めて周囲を見渡し、彰良は見つける。
シャーロットは、遠くで隠れるようにして木にもたれかかっていた。その顔は重たげだ。しばらくして、彼女は森の闇へと消える。
「……?」
彰良は眉を寄せながら、シャーロットが残した影を見つめていた。
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