婚約破棄されたのでエースパイロット目指します

原月 藍奈

婚約破棄されました

「軍事予算を少なくしようと思う」

「は?」

「ついでにクララ嬢、君とも婚約破棄させてもらう」

「は?」


 レーゲン国の王子であるフルヒトの言葉に婚約者であるクララ・フリューリングは呆然とするしかなかった。それは建国祭に呼ばれた周りにいる招待客も同様で、あまりの衝撃に言葉を失っている。


 軍事予算を少なくする? 周りの国が軍事力を上げているこの時期に?


 クララの父は軍の准将であった。そのためかクララはある程度周りの国防に知識があった。


 ここ最近はどの国も豊作がない。そのためか国境がピリピリしている。

 本当なら国同士で交流すべきところが、自身の国が借りをつくったことで属国になるのではないか、反対に交流したことで自身の国のものが相手国に全て獲られてしまうのではないかと疑心暗鬼になっている。


 っというか、婚約破棄って何? しかも、ついでに、ってどういうこと!?


 クララは横目で父であるルフトを見る。ルフトの右手は拳を握り、ワナワナと震えている。


 こりゃ、キレてる。


 クララはルフトに目を向けて、ふるふると首を振った。


 今ここで騒ぎを起こしてはダメ。父さんはずっと国のために戦ってきて、立派な地位を築き上げた人だ。こんなことで信用をなくしてはいけない――。


 クララはフルヒトへ再び目を向ける。


「どういうことかきちんと説明してください」

「説明も何もない」


 そう言ってフルヒトは後ろを振り向く。そして「リーベ嬢」と黒髪で青のドレスのクララと正反対の人物、茶髪でピンクのひらひらとしたドレスの小柄な女性に声をかけた。

 リーベ嬢と呼ばれた人物は少しおどおどしながら、それでも嬉しそうにフルヒトの隣に立つ。


「私はこのリーベ嬢と結婚する」

「!」


 フルヒトの発言にザワザワと周りが騒ぎ始める。

 そんな中、クララは一人「なるほど」と心の中で呟いた。


 確かリーベ嬢の一族は戦争反対の保守派だったはずだ。おそらくフルヒト王子に保守派が近づいて軍事予算を少なくすることを提案し、ついでにレーベ嬢を紹介したというところだろう。

 フルヒト王子はまんまと保守派に利用されたわけだ。


 クララは深くため息を吐いた。そして気付いた時には思わず「バカなのか」と口走ってしまっていた。


 その不敬な言葉に周りが示し合わせたように静かになる。


「い、今の言葉は何だ」


 フルヒトの質問にクララは「何だ、も何もそのままの意味です」と返した。


 もうどうでもよかった。今まで王子の婚約者としてふさわしい立ち居振る舞いや言葉遣い、勉強を頑張ってきたけれど……こうなってしまうと全部水の泡だ。

 きっと不敬罪として処刑されることになるのだろうけれど。もう、どうでもいいことか。


「バカだと思ったからそう言ったまでです」

「キサマッ!!!」


 フルヒトは目を見開いて鬼のような形相で一歩クララに近づく。その瞬間、「やめないか」と落ち着いた声が聞こえてきた。

 レーゲン国の王、ツァールトの声だ。


 ツァールトは少し離れた玉座から立ち上がり、クララに向かってくる。そしてフルヒトとクララの間に入った。


「クララ嬢、今のは王族に対する不敬とみなされるがいいのか」

「……ええ」

「そうか」


 ツァールトはほんの少し瞼を下げてから、今度はキッと鋭い視線でクララを見る。


「では、クララ・フリューリング。そなたを国外追放とする」

「――分かりました」


 クララは冷静に返事をして踵を返した。そして父であるルフトの前まで歩く。


「クララ……」

「申し訳ありません、父上。どうかお元気で。風邪でお休みになっている母上にも同じくお伝えください」


 ルフトは「ああ」と答えながら強くクララを抱き締める。クララもルフトの背に手を回し熱い抱擁をした。

 しばらく二人は抱き合ってから、クララから体を離した。


「父上、最後に頼みがあるのですが」

「なんだ」

「外に置いてある空陸家庭用自動車を一台下さい」

「!」


 空陸家庭用自動車とは陸を走るだけでなく、空も飛べるようになった自動車のことだ。座高が陸用の自動車より高くなっていて、タイヤも大きい。その代わり車の下には飛べるようにジェット機がついている。


 クララはルフトを真っすぐに見つめた。


「車を運転して国を出ます」

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