第四章 脱ひきこもりの指南
第二十三話 車中泊
十月二十七日午後十一時五十分。
俺たちは百瀬先生の車の中にいた。
襲撃時にタイヤがパンクさせられていなかったのは幸いだ。
壁を修復してからは少し離れていたところに停めていたのが功を奏したらしい。
まぁ、こんなに至る所がベコベコに凹んだ車なんて今でも使用してるとは思わないだろう。
車の窓ガラスには血痕が付着し、タイヤにも肉片の一部がこびりついている。どこをどう見ても事故車両だ。もっとも、これはゾンビの大群を相手にした際に出来た傷であり、決して百瀬先生の運転が下手ではないということは付記しておく。
「浜崎。川中を攫った連中はどんな車に乗っていた?」
「黒のワゴンだってこと以外は分かんねぇ。ナンバーを見る余裕もなかったしよ」
俺が質問すると、浜崎は力なく言った。
まぁ、ナンバーが分かったところで警察には期待できないんだけどな。
どうしたものかと思案していると、ありがたいことに先方から接触を図ってきた。
突然、百瀬先生の携帯が鳴ったのだ。
「川中。無事か?」
落ち着いた声で百瀬先生が電話に出た。
川中の携帯から着信がきたようだが、相手は別の人間だった。
おそらく川中を誘拐したアンビシャスのメンバーなのだろう。
「シンヤを殺したやつはどいつだ?」
ドスの利いた威圧的な声だった。
声だけでアウトローなお方だと分かる。
目で合図した俺が百瀬先生から携帯を譲り受けた。王国の城が崩れ落ちる悲劇を堪能して号泣した後ということもあってか、俺は意外と冷静だった。
「はい。お電話代わりました黒沢です」
「シンヤを殺ったのはてめえか?」
電話口の相手は名乗ることなく詰問してきた。
「結果的にはそうなりますね。あなたは?」
「シンヤの兄のコウキってモンだ。てめえシンヤの死体をどうした?」
「それなら腐敗ハウス……じゃなくて、民家で丁重に供養させていただきましたよ」
「嘘をつくな! あれのどこが供養だ! シンヤは……弟は腐った死体共と一緒にグチャグチャになってたじゃねえか! 二階の床が崩れて下でグッチャグチャに!」
突然コウキと名乗る男が声を荒げた。
思わず携帯から耳を遠ざけたくなるほどのボリュームだ。
「うわあ、ご覧になりましたか。というか崩壊しちゃってましたか。どうして場所が分かったんです?」
確かにギリギリだったのだ。
おびただしい数の死体を放り込んだ寝室もとい宝物庫は、その重量もさることながら血や腐敗液で床に強烈な負荷をかけていた。
最後の封印をする際に「これはやばいぞ」と、サキと笑い合ったことを思い出した。
「携帯の位置情報に決まってんだろうが。あれが……あれが人間のやることかコラァ!」
なるほど。そういえばシンヤ君の服の中までは探っていなかった。
児童の見守り機能よろしく、このパンデミックが発生してから互いの位置情報を共有化したこいつは、シンヤ君の位置が腐敗ハウスに留まり続けているのを知って様子を見にきたのかもしれない。これは迂闊だった。
そしてシンヤ君が行き先まで告げていたのかは分からないが、未だ壁の周囲や地面が血の池地獄だった俺の家を怪しいと踏んで放火した。そう考えれば辻褄が合う。
「弟さんの人間爆弾も大概だと思いますけどね。あれぞまさしく鬼畜の所業ですよ」
シンヤ君がやらかした人間爆弾を思い出した。
燃え盛る人間をバイクごと特攻させるなんて猟奇的な発想は俺でもできなかった。
「てめえ口の利き方に気をつけろよ。あんまり舐めてっと人質を殺すぞ」
そうだった。
つい挑発するような言い方をしてしまうのは俺の悪い癖だ。
「川中は無事なんですか?」
「今はな。だがてめえの出方次第では殺してやる」
「黒沢くん! あたしのことはいいからみんなと逃げて!」
電話の背後から泣きじゃくる川中の声が聞こえてきた。
「いや、お前がよくてもお前の彼氏がだな……」
浜崎を一瞥すると、捨てられた子犬のような目を向けてきた。今にも泣き出しそうだ。
何だかんだでこいつらはお似合いなのかもしない。
「もうすぐ日付が変わる。朝の六時におれが指定した場所に来い。さもなくば人質を殺す。いいな?」
コウキと名乗る男が脅迫してきた。
何であなたの言うことを聞かなければならないのですか、と言いかけたが、川中という人質がいることを考慮して俺はどうにか我慢した。
コウキが指定してきた場所は繁華街にある雑居ビルだった。
いかにも感染者がウヨウヨしていそうなところだが、そこを拠点に活動しているのかもしれない。電話が切られると、俺は内容を皆に伝えた。
「車で十五分といったところだな」
行き先をナビで確認した百瀬先生が言った。
「確実に罠ですよね……」
何せ人間爆弾を考案したシンヤ君の兄だ。
俺たちが感心するような仕掛けを用意して待ち構えているのは容易に想像がつく。
「罠だろうな。だが、行くしかない」
「覚悟を決めますか」
面倒だが、乗りかかった船だ。
そしてコウキには俺の怒りをプレゼントしなければ腹の虫が収まらない。
「皆、今のうちに休んでおけ。徹夜は能率が落ちるからな」
百瀬先生はそう言うと、車を近くの公園に移動させた。車中泊なんて初めての体験だった。しばらくすると、車の音を聞いたのか数体のゾンビが車体を取り囲んだ。
ゴンゴンゴン。
ベタベタベタ。
バンバンバン。
呻き声を上げながらゾンビ共が車を叩いている。
「ヤバいっすねこれ……」
車体が揺さぶられ、船酔い気分になってきた。
「放っておけ」
百瀬先生は車内のカーテンを閉め、フロントガラスに遮光シートを立て掛けると、席を僅かに倒して眠りに入った。
この状況で眠れるとは一体どういう神経をしているのだろうか。
いや、まだこの人やサキなら理解できる。
浜崎まで比較的落ち着いているように見えるのはなぜだ。
「浜崎。お前なんともないのか?」
「んー? まぁ薄気味悪ぃけど、学校で職員室にこもってた時よりはマシだな」
「そ、そうか……」
俺は情けないことに恐怖心を覚えていた。
さんざん雑魚だの素人だのと見下していた浜崎の方が度胸があるではないか。
俺が今まで大量のゾンビを相手に粋がれたのは、あくまでも城という絶対的な後ろ盾があったからだということを痛感させられた。
「誠也。怖いのか?」
微かに震えていた俺にサキが声をかけた。
「ああ。正直な」
もう強がるのはやめだ。
俺は自分の心境を素直に吐露した。
「そうか。アタシが片付けてきてやろうか?」
「いや、気持ちだけもらっておくよ」
「分かった。限界だったら言えよ」
「ああ」
サキにしては優しい発言だ。
こいつも少し変わりつつあるのかもしれない。
「おめぇらいつの間に仲良くなったんだ?」
そんなサキとのやり取りを見た浜崎が困惑した様子で言った。
つい先程バットで撲殺されかけたんだけどな。
仲良くなったのかどうかは知らないが、自然に会話ができる程度にはなった。
以前なら考えられなかったことだ。
十月二十八日午前五時二十分。
目覚めるとゾンビ共の姿は消えていた。
俺たちは川中を救出するために移動を開始した。
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