第十六話 ホームセンターにようこそ
(車に乗るなんていつ以来だろうか……)
百瀬先生が運転する八人乗りのワゴン車に揺られながら思った。
両親に捕獲されて無理やり連行された高校の入学式以降は記憶がないので、おそらく半年ぶりだ。
「黒沢君。顔が真っ青だよ?」
元の人格に戻っていた三崎が心配そうに言った。俺はこいつの方が不安だ。
なぜこのタイミングで三崎に戻っているのだろうか。
サキでなければいざという時にクソの役にも立たない。
「大丈夫だ」
震える声で俺は強がった。外は恐ろしい。危険がいっぱいだ。
しかし、思っていたより道路は荒れていなかった。事故を起こした車両が点在しているだけだ。ゾンビも時折見かける程度で群れの姿はない。
相当危険な道中になるだろうと身構えていただけに、少々拍子抜けした。
十月二十四日午後四時十分。
俺たちは予定していた時間通りにホームセンター『欲張りワンワン』に到着した。
このまま何事もなく三十分程度で積み込みを終えてここを出れば、日没までには帰れる計算だ。駐車場も含めて周囲に人やゾンビの気配はなく、静まり返っていた。しかし店の照明は点いていて、まるで営業中だと言わんばかりだ。
「何が潜んでるか分からないですからね。警戒していきましょう」
手斧を構えた俺が呟いた。
先刻のゾンビ無双で今やすっかり手に馴染んだ相棒だ。
「承知した」
サキから押し付けられた日本刀を抜いた百瀬先生が答えた。
刀に黒のビジネススーツは長い黒髪も相まってやけに似合っていた。美人は何をしても絵になるからズルい。
「うん。誰もいないといいね」
包丁を手にした三崎が希望的観測を口にした。こいつはまだサキになっていないのか。
「誰もいないはずがないだろ。俺の予想じゃ中はゾンビまみれだ。それか厄介な生存者共と鉢合わせだな」
これだから素人は困るのだ。パンデミックの発生から四日。
中はきっとグチャグチャに荒らされていて至るところに惨劇の跡があるはずだ。
「コンクリートブロックは外に置いてあるようだな。後で台車を使って一気に運ぶとしよう」
百瀬先生の視線の先には大量のコンクリートブロックの山があった。素晴らしい。後部座席のシートを倒せばかなりの量が積み込めるだろう。少なくとも当面は凌げる程度の補強はできそうだ。
「そうですね。まずは店内で他に必要な物を失敬するとしますか」
三崎の用意した必要な備品リストを眺めながら俺が言った。特に死体を包むブルーシートはいくらあっても足りないぐらいだ。
ブルーシートで包み込んだ死体は速やかに近所のスピーカーババアの家の中に運び込んだ後、外側から家の出入口を完全封鎖して永久に封印してやる。そこをひきこもり王国の『腐敗ハウス』と名付けて立ち入り禁止場所にしてやろうではないか。
俺たちは店内に入ると、ゾンビがいないか通路を慎重に一つずつ見て回った。
おかしい……何もいない。それどころか店内が荒らされた形跡すらない。
専門家である俺の予想が外れるなどあってたまるか。こんなことは許されない。
「良かった。感染者はいなかったね。あれ、黒沢君……?」
三崎が嬉しそうに話しかけてきたが、俺は無視した。
代わりに百瀬先生が答える。
「気にするな。自分の見立てが外れて拗ねているだけだ」
「図星なんでやめてください!」
そうやって遠慮なく人の胸中を解説するのはやめていただけないだろうか。
「さて、これでひとまず安全は確保できた。手分けして探した方が早いだろう。私は向こうを見てくる。黒沢は三崎の傍にいろ」
「一人で大丈夫なんですか?」
「問題ない」
そう言うなり、百瀬先生は三崎から備品リストの一部を受け取ってショッピングカートを押しながら行ってしまった。
世界広しといえど、この環境で堂々と買い物ができる度胸のある人間はそうはいないだろう。
それにしても三崎と一緒か……。
「早く動けデブ。面積が邪魔だ」
どう効率的に動いたものかと逡巡していると、またしてもサキと化した三崎が罵ってきた。
同時に俺の中で何かがプツンと音を立てて切れた。
今まで大人しく耐えていたが、我慢にも限度というのもがある。人の身体的特徴をあげつらうのはいけないことだと思います。
「またデブって言いやがったな。俺はデブじゃねえ!」
「知るか」
サキが気怠そうに言った。
「知らないなら覚えろ! いいか? 俺はこう見えて体脂肪率は十台前半だし、分厚い筋肉の上を薄っすら脂肪が覆ってる一番強いタイプの身体なんだよ! 格闘技で重量級の試合見てても強え奴は大体こんな体型だろ!」
「知るかっつってんだろが」
サキに尻を蹴飛ばされてしまった。
どうやら微塵も関心はないらしい。
しかし、百七十ニセンチの身長に対して八十五キロの体重というのは少しやりすぎてしまっただろうか。
言われてみれば確かに最近動きのキレが悪いのだ。八十キロ前後にまで絞った方が良いのかもしれない。とはいえ、体重を落とすとそれだけ自慢のパワーも落ちてしまう。スピードを優先させるかパワーを優先させるか。男ならパワーだろ。
一人で頷いている俺を無視して、サキは商品の物色を始めた。
「なぁ、サキ……サキって呼ぶぞ。お前と三崎の人格が入れ替わるタイミングはいつなんだ?」
「そんなことを知ってどうする」
振り向きもせずにサキが言った。
「いざという時に元の三崎の人格に戻られたらたまらないからな。単純にタイミングを知っておきたいだけだ」
サキは恐ろしい女だが、戦力として頼りになるのは確かだ。しかし、戦闘中に三崎に戻られては困る。だからこそ人格が入れ替わるタイミングというものを把握しておきたかった。
百瀬先生によれば危機に瀕した際に入れ替わる傾向にあるらしいが、具体的な要因は俺もまだ分からない。
「元の三崎だって? ふふっ」
笑った……?
サキがおかしそうに笑うと、初めて俺に向き直って言った。
「あいつらもアタシを三崎の別人格だと思ってるみたいだが、アタシが本体で三崎の方が別人格だとは考えないのか?」
「は……?」
今ゾッとした。何のサスペンス映画だ。
「冗談だよデブ。いいから自分のことだけ考えてろ。いいか? 絶対にアタシの手を煩わせんなよ。足引っ張ったらお前が動く死体共に喰われる前に殺してやる」
「クッ、それはこっちのセリフだ。お前が死にかけても俺は助けねえからな」
皆のためなどとほざいていた三崎とは正反対の感性だ。しかし、自分のことだけを考えていればいいという思想は共感できるし、シンプルで実に良い。
それはこちらも望むところだ。
お互いそのスタンスでいこうではないか。
十月二十四日午後四時二十分。
「おっ、これ良いな! これもこれも!」
棚を物色してご機嫌になった俺が気に入った物を次々とカートに入れた。
リスト外の物でも使えそうだと判断すればお構いなしだ。
「さっき拗ねてた癖に何だその変わり様は?」
ウンザリしたようにサキが言った。
「だってホームセンターだぞ。男の夢が詰まってる!」
さんざん危険だの行きたくないだのと駄々をこねていたが、来てしまえば素直に楽しんでる自分がいた。
「チッ、張り切りやがって気色悪いな。死ねよデブ」
サキの悪態も今の俺には小鳥の囀りのようにしか聞こえなかった。
十月二十四日午後四時二十五分。
目当ての物資を集めた俺たちは再び入り口に集合した。
この『欲張りワンワン』はなかなか品揃えの良い店だ。
ここをわが王国の補給施設に認定してやってもいいだろう。
「最後にコンクリートブロックっすね」
車に物資を積み込んだ俺たちは、コンクリートブロックの搬入に取り掛かった。
台車を押し、三人でリレーしながら順調にブロックを積み込んでいく。
サキは意外にも協力的というか、文句も言わずに黙々と作業していたので少々驚いた。
十月二十四日午後四時四十分。
作業は概ね予定通りに終わりそうだった。しかし最後の台車の積み込みが完了しそうなところで、俺はふと資材置き場の奥にある倉庫へと続く従業員専用のドアを見つけた。そのドアにはべったりと血の手形が付着していた。
「ほぅ、これはこれは……」
俺は吸い寄せられるようにしてそのドアへと向かった。
「黒沢。何をしている? 早く戻って来い」
「ちょっとだけですって。俺の予想が確かならやはりここは……」
俺は施錠されていないそのドアをキィ、と慎重に開けた。その中は予想通りだった。大量だ。俺は何も見なかったことにして、再び丁寧にドアを閉めた。だがしかし……。
「ああああああああ!」
俺の存在に気づいた中のゾンビ共が内側からバァン、と体当たりをかましてきた。
「やべえ! こいつはやべえ!」
俺は興奮気味に歓声を上げた。
「馬鹿が」
百瀬先生が呆れたような顔をした。すぐにドアが破られ、外に大量のゾンビが出てきた。
ここの従業員たちなのだろうか。作業着や制服らしき物を着用している。
勝手な万引きに怒っているようにも見えた。
「どうだサキ! 俺の言った通りだっただろ? やっぱりホームセンターは危険なんだって! だから俺は言ったんだ!」
車に向かって走りながら俺は得意気に言った。これで自説が証明されたのだ。
「百瀬。このデブ殺してもいいか?」
サキが物騒なことを言い出した。
「後にしろ。早くここを離れるぞ」
そんな暇ない、と百瀬先生が早く車に乗るように促した。
……後なら殺しても良いとはどういう了見だ。
十月二十四日午後四時四十五分。
「なんか、すみませんでした」
冷静になった俺が車内で謝罪した。これでもうあのホームセンターは使用できない。
あのドアを外側から厳重に封鎖すれば何とかなっただろうに。
今更ながら好奇心に負けてとんでもないことをしてしまったものだ。
「くたばれ」
サキは先程から十秒おきに俺を罵っている。
「悪かったよ。でもこれで分かったろ? ホームセンターは危険なんだって」
「お前が危険にしたんだろうが!」
そう言われてしまうとぐうの音も出なかった。少しは俺も反省しなければならない。
その時、百瀬先生の携帯に着信があった。
「分かった。急いで帰る」
あまりよくない知らせのようだ。
そして百瀬先生は珍しく溜息を吐くと、静かに言った。
「真島が負傷した」
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