47話 あなたを重ねる。
「あったかいねぇ。」
「…そうだね。」
結局、あれから私は連れられるがままにお風呂に入っている。とはいえ、別にこの光景自体はなんのおかしいところはない。ただ仲の良い女子二人が同じお風呂に入っているだけだ。
まあ、しいて言うならマリーちゃんにがっつり手をつかまれているというのがあるがそれは正直些細なことだ。
あの「絶望」を宿した瞳、壊れたようなテンション、私も同じ経験があるからそういうのはわかる。
だが、問題はなにが原因かということ。
発端は間違えなくあの雷、彼女は海に落ちそうになった私の手を取ったからおかしくなっていた。
何がおかしいかと問われたら全部がおかしいと答えるしかない。
さっきも言ったテンション、目、それに加えてずっと腕を掴んでくること。
雰囲気も言動も、何もかもが私の知っているマリーちゃんじゃない。
「ねぇねぇ、さっきからボーとして何を考えてるの?」
「ん?あ、いやついさっきまでのぼせた人がまた風呂に入るのはどうなんだろうって思って」
「あーそれは大丈夫!雨で濡れて頭が冷えたからね。さっきまで逆に寒くて風邪ひきそうだったし!」
「そう、ならいいけど…」
そうして、しっかりお風呂で体を温めた後、私たちはまだ食べてなかった昼ご飯を余り物のそばを茹で直して出汁をとって温かいものにして食べている。
「んー、おいしー。ただのそばなのに私が作るやつよりも美味しい!」
「そう?よかった」
「…ねぇ?いつのまに料理練習したの?前作った時は黒焦げだったのに」
「…え?私昔から料理得意だったよ?マリーちゃんも食べてたでしょ」
「あれぇ?そうだっけ?じゃあ記憶違いかな?」
…そう、今の彼女はこういう点もおかしい。明らかに私ではない誰かと私をずっと間違えているのだ。
まるで今までの私のように彼女は私と誰かを重ねている。けれど私の彼女の状態は同じようで同じではない。
その理由は簡単、彼女の傷の根が深すぎるということ。
今の彼女と少し触れ合ってわかったんだ、私では彼女のこの傷は癒さないと。
今だって彼女が美味しそうに食べてる料理に忘れ薬を混ぜているのに彼女に一切の変化がない。
あの薬では消せないほど強い辛い思い出がどんなものかなんて想像はできないが、太刀打ちできないことだけは嫌というほどわかった。
…大体方法が忘れ薬ぐらいしか思いつかない私にうんざりする。どうして私はお母さんやマリーちゃんみたいに人を優しさで助けたりできないのだろうか。
…いや、別に私自身で解決する必要はないじゃないか?彼女を私よりよく知ってる人なんてたくさんいるんだ。
彼女は私じゃない。だから彼女には助けてくれる人がたくさんいる。それに、そろそろマリーちゃんをお家に返してあげないといけないからね。
「…ねぇ、マリーちゃん。少し電話してきてもいい?」
「…誰と?」
「…!、あ、えっとあなたの家族と」
「…え?私と二人きりなの嫌?…私とそんなに離れたいの?…またどこかに行っちゃうの?」
弱々しく、すがるような声で私はそう言われた。
そんなつもりはなかったのだが、どうやらそう聞こえてしまったようだ。
…ゾッと嫌な予感がして私はすぐさま誤解を解こうとする。
「い、いやそんなつもりじゃ…」
「…ダメだよ?」
しかし、やはり遅かった。彼女の表情が急に笑顔から真顔になり、声に不快感や怒りのような感情が現れている。
自分も似た感じになっていたからわかるが、この状態だと予期せぬ言葉が地雷になってしまうことが多い。
「あなたは私とずっと一緒にいるの。私さっき言ったよね?なのにどうしてまた私を避けようとするの?」
「別に私はそんなつもりじゃないんだって」
「嘘だ。あなたはいつも、そう、いつもいつもいっつも!そうやって嘘をついて、傷ついて、私の前から消えようとする!!」
あふれ出すのは自制のきかなくなった思い。ずっと心のうちに秘め続けている思いの数々。
「ねえ?私の何がいけないの!?何がいやなの!?」
一度溢れてしまったらそれはダムのように止まらない、悲痛の叫びは感情を押し出す。
そんな彼女の悲痛の叫びを私は止めることができない。だから私ではない誰かへの思いを受け止めることしか私にはできない。
「…ねえ、何がダメなのか教えてよ?うるさすぎること?関わりすぎたこと?踏み込んでしまったこと?なら全部ぜんぶ直すからさ、お願い……どこか行こうとしないでよ。」
服をつかまれながら彼女は不安で泣きそうで縋るような顔で声で話しかけてくる。
彼女の顔を目を見ていると声が出なくなる。ずっと見てきた明るい笑顔が重なって…一体どんな過去が彼女をここまで追いつめてしまったのだろうとそんなことばかりを考えてしまう。
「マリー様!!」
そんな時、突然私の家の扉が思いっきり開かれ、私も聞き覚えがある声がした。
一瞬何事かと思ったが、すぐに状況を理解して私はそれを利用することにする。
「マリーちゃんちょっと待ってて。人が来たみたいだから。」
「…こんなに言ってもまたどこかに行くつもりなの?」
「どこにも行かないよ。大丈夫、すこし話してくるだけだから。」
「本当だね?じゃあ、早く戻ってきてね。」
私は少しうなずき、いったん彼女を後にして玄関の方へと向かった。
すると、そこにはやはり見知った二人がいた。
「あ、やっと見つけましたよメリーさん!さあ、こんなことやめておとなしくマリー様を開放してください!」
「そうです、サルネ様もマリー様のご家族も心配なさってるんです。」
そこにいたのはマリーちゃんの従者のルイさんとサルネ様の従者のマオさんだった。おそらく私の家を特定してマリーちゃんを助けに来たのだろう。
いろいろ痕跡は消してたのによく見つけ出したものだ。
とはいえ、ルイさんをよく見るとはすごく髪がぼさぼさで目にクマがあった。
だからこそ、身だしなみを気にしないほど必死で探していたことがそれだけでもわかった。
そんな姿を見て私は自分の行為がマリーちゃんたち大きな迷惑をかけてしまっていたことを改めて自覚し、申し訳ない気持ちになる。
「…その表情を見る限り、なんか事情があったみたいですね。本当は今すぐにでも色々話したいですがそれはマリー様を連れ帰えった後に」
「うん、よろしく。…ごめんね。マリーちゃんはこの先の台所にいるから。」
「わかりました。ではあとはマオさんよろしくお願いします。」
「了解です。じゃあメリー様こちらで待ってましょうか。」
「わかりました」
私は言われた通り、マオさんの横で立ちながらマリーちゃんたちを待つことにする。
マオさんの隣なのはおそらく逃げないようにするためだろう。
そんな中私は思う、どうしたら私はマリーちゃんをもとに戻せたのだろうと。
さっきも言ったように、私はマリーちゃんに共感はできても救うことができない。
今思うと、私は友達に、親友になってからずっと彼女を見てきたのに彼女について何もわかっていない。
なんで彼女があんなにやさしいのか、なんで彼女はあんなに勇気があるのか、なんで彼女はあんなトラウマを持っているのか、何一つわからない。
だから、私は最初に思った通り人に託すことにする。それが今の彼女には一番必要だと思うから。
…はぁ、一緒に乗り越えようという約束、守れなかったなぁ。
***
私は走った。一刻も早くその顔を見るために。
あの日、誘拐された日からずっと探していた。サルネ様達に相談して、大事にならないように風邪と嘘をついて、一切寝ずに情報を集め、今日やっと見つけることができた。
あのメリーさんがマリーちゃんを傷つけるとは思えないが、それでも心配だったし寂しさもあった。
「マリー様!!」
「あ、戻ってきたんだ!よかったあ。心配したんだよ?これでまたいなくなったらどうしようって」
「…え?」
「ふふ、ご飯も食べたし一緒に遊ぼうよ。今日は何する?すごろくとか?」
そうして私が久しぶりに見た彼女は全くの別人、…違う、そうじゃない。この感じはまさか…
「…マリーさま、私の名前わかりますか?」
「え?そりゃもちろん。あなたは沙羅ちゃん。私のとーても大切なお友達!」
彼女が読んだ名前は、この世界のだれも知らない一人の少女をさす言葉。
………私がもう捨てた名前だった。
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