39話 お話

 二人の間にほんの少しの沈黙が流れる。どうやら彼女は私の次の言葉を待っているようで、笑顔でこちらを見てくる。その笑顔はいつもと同じ笑顔なはずなのにどこか恐ろしさを感じてしまう。 

 沈黙が流れ私は混乱する頭を整理するためにも言葉を探すためにも思考が巡り始める。


 この部屋には私とメリーちゃんの2人っきり、出口はメリーちゃんの後ろにありこっそり逃げるのは不可能に近い。そのため、会話を避けることはできない。

 しかし今下手なことを言って彼女を刺激するのは得策とは言えない。だから、ここは慎重に言葉を選び少しでも情報集めるのが正しい選択と言える。

 そして本能的に危ないと感じるこの状況から抜け出すために助けにきてもらうこと、つまりはお母さんやお父さん、使用人の方々、ルイちゃんなどに助けを求めるということも大切だ。

 このまま誰にも気づかれず今のメリーちゃんと二人きりでいるということは少なからずリスクがあると思われる。

 そう考えた時、私は一刻も早くこの状況から抜け出す必要がある。その時一番可能性があるのは助けてもらうことだ。


 ここは当然私の家で家族も使用人も普通にいる。だから誰かが私の部屋を見に来てくれればそれだけでこの状況を抜け出せるのだ。

 しかも、ルイちゃんは寝る前に必ず私の様子を見に来てくれるため、その時間まで耐えることができれば助かる可能性が高いのだ。

 大声を出して助けを求めてもいいがそれだと今のメリーちゃんに何をされるかわからないという危険があるため賢い選択とは言えないだろう。

 よってこの状況での正しい選択、最適解は下手に刺激をしないように時間を稼ぎ、できるなら情報を集めるということだ。


 …そう、もし私がここまで考えられるほど今の私が賢くであるならば…。




 まだ体は震え、額からは冷や汗がで続けている。相手がマリーちゃんとわかった今でもいつもと違う雰囲気、恐怖を駆り立てる迫力、まだ治りきっていない誘拐のトラウマ、言葉を考えても考えても何も思いつきはしない。

 思考を巡らしても頭は混乱しており、考えはまとまらずただただ沈黙の時間が流れてゆく。

 かろうじて彼女を刺激してはいけないという考えはあるがそれを避けて疑問を考えた時、思いつくものなんてない。

 目の前では変わらずずっと笑顔なメリーちゃんがこちらを見て言葉を待っている。


何を言うべきだ?どう動くべきだ?どうすべきだ?

なんでメリーちゃんはこんなことを?何が目的で、なんのために、何を話したいんだ?

 あー!もう!わけがわかんない!!なんで私ばっかこんな目に会わないといけないの?

 …早く何か言わないと。何をされるかわからない。相手はメリーちゃんだけど…怖い。

 あの作ったような笑顔が怖い、何を考えているのか何もわからないのが怖い、ただ怖い。

 何か、何か言わなければ、なんでもいい彼女が気にしないような一言を…


 恐怖や疑問などいろんな感情混ざり、情緒がぐちゃぐちゃになる。もう色々わけがわからなくなっている中、必死で言葉を探す。しかしどれだけ言葉を探しても何も思いつかない。声が、出ない。

 そう苦悩するうちにゆっくりだが確実に時間が流れるのを感じ、私には焦りが生まれてくる。

焦りは隙間をうみ、隙間は言葉を漏らす。


「なん…で?…」

 

その言葉は疑問だった。それはこの状況に対するのもか、今の彼女に対するものなのか、はたまた今までの彼女に対するのもなのかはわからない。

 ただこの言葉は苦悩の、思考の果てにたどり着いた私の本音、ずっと心にあった言葉の帰着点、全てにかかる疑問なのは間違えない。


メリーちゃんは笑顔のままその言葉を聞き、頷き、こちらを見て口を開く。


「なんで…か。ふふ、よく頑張ったね。体も声も震えて言葉も出しにくいだろうによく疑問を出せたね。偉いよ、さすがマリーちゃん。」


 言葉を話した私に彼女は感心し、私を褒めてくる。笑顔でその場をゆらゆら歩きながら話してくる。


「当然の疑問であり、当然の言葉。しかもきちんと私を刺激しないことも考えた言葉。こんな状況なのにここまで考えられるんだね。素敵だね。面白いね。不思議だね。楽しいね。」


明らかに異質なテンションで彼女は私に話す。まるで狂っているかのような、いや狂った口調でその場をるんるんと回り続ける。


「うーん、なぜ。ねぇ、なんと言ったらいいのかな?…ふふ、マリーちゃんはなんでだと思う?」


「.…」


「まあ、わかんないよね。正直私だってわかんないし、…なんて言葉にするのが正解なのかな?」


「憎しみ?悲しみ?怒り?恨み?…ううん、どれも理由として持ってるけど本質じゃない。」


「あはは、ちゃんと考えたことないから新鮮な気持ち、私が今こうやっている理由、今までクラメルを怖がってる理由、きっとマリーちゃんはそこが知りたいんだろうね。」


「でも、よく考えると私も本当の理由は思いつかない、不思議、あ〜不思議。だからマリーちゃんといるのが好き。この世の誰よりもあなたが大切。…あ〜わかった。私がこうやってる理由ー」


 言葉がゆらぎ、心が揺らぎ、体が揺れていく、狂った彼女は狂った言葉をゆらりゆらぎながら話してゆく。

 疑問、自問自答、会話、それが不規則に話されていく、言葉は繋がっていても、会話は繋がらない。

 おかしな空間でもずっと私の心を体を縛る恐怖は消えない、頭は回らず考えはまとまらない。今の私はただ彼女の話を聞くしかない。

 …そうすると何かがわかった彼女は声色は優しく、なのに恐ろしく私に話した。


「私ね、あのね、メリーね、あなたを、マリーちゃんを守りたいんだ。」


「うん、言葉にしてわかった、やっぱりこれが理由だ。…ん?あ、なんでかわからない顔してるね。別に変に深く考えなくていいんだよ、そのまんまの意味、私がマリーちゃんを大切だから守りたいっていうこと、ただそれだけ。」


「今日はね、学校でのマリーちゃんが心配だったからきたんだけど、きっと私、ほんとはマリーちゃんを守ろうと思ってここに来たんだと思う。ふふ、…言葉にすると恥ずかしいね」


彼女は自分で言葉にして少しほおを赤らめ、恥ずかしそうに少しもじもじする。その様子は可愛らしいものではあるが変わらぬ雰囲気からその様子はおそろしいものにしか感じられない。

 一方で私の呼吸は落ち着きつつあり、少しずつ頭も回り始めている。あと5分もあればきっと動けるぐらいにはなるはずだ。

 しかしこれは彼女には悟られてはいけない。今彼女は私が震えから動けないとそう認識している。当然その認識に間違いはない。しかし、私が少しずつ冷静になっていることを知らない。

 私が一切動けないと思っている彼女は唯一の出口である扉の近くにいるものの完全にふさいでいないのだ。つまり、その少しのすきを狙うことこそが今の私の作戦だ。


「…えっと、何の話をしようとしていたんだっけ。あ、そうそうマリーちゃんのなぜって質問についてだったね。私自身もさっき自覚したけど私がここにいる理由はあなたを守りたいから。太陽みたいに優しくて暖かいあなたがこれ以上傷つかないために私はあなたを説得しようとおもってたの。…ふふ、これであなたの疑問には答えられたかな?」


 …私を守るため。さっきまで冷静になるのに集中していてよく聞こえてなかったけど、少し冷静になれた今私は彼女のことばにきちんと耳を傾けている。さっきの私の勇気が功を奏して彼女から今一番気になっていた情報を得ることができた。

 しかし、いったい守るとはどういうことなのだろうか。…これ以上傷つかないため、と彼女は言っていた、だとすれば誘拐に関係すること、ということは…


「はい、ストップ!マリーちゃん考えるのはそこまでだよ。」


「…わぁ…いった!」


私が少し考えていると目の前にメリーちゃんが顔を覗いてきて、大きめの声で声をかけられた。考えることに夢中になっていた私は突然の声と顔に驚いて体勢を崩していまい尻もちをついてしまった。


「…いたたたた。」


「あら?マリーちゃん大丈夫?」


そういって私は彼女の伸ばしてくれた手を取り立ち上がる。少し転んだだけで特にけがもなかったので内心すこしホッとする。自分がやらかした重大なミスにも気づかずに


「うん、大丈夫ありがとう」











「…動けるようになったんだね。」


「…あっ」








「はは、さすがマリーちゃん。まさか動けないふりをして私から情報を集めて、そのまま逃げようとしてたなんて。なんて素敵で知的で勇敢なんだ。あー危なかった、気づいていなかったらどっかのタイミングで逃げられてたよ。さすがマリーちゃん。」


「でもでもでも、私は逃げられる前に気づけた!私えらい!これで本来の目的を果たせる!」


 うっかりこけてしまったことで私は彼女に動けることを悟られてしまった。つまるところまず逃げる隙がなくなり、さらに彼女の口が堅くなって情報をこれ以上聞き出せなくなったということに他ならない。

 すると回復しつつあった恐怖がまた少し戻り、動けはするものの体は震えてしまっているのだ。…今はただ彼女の言う「本来の目的」が怖い。


「ん~?そんなに怖がらなくていいよ?別に変なことはしないから。」


「…ほんとに?」


「ほんとほんと、ーねえマリーちゃん、これ以上クラメルに私に深入りしないって約束できる?」


「…それは……」


「…やっぱり即答できないか、そらそうだマリーちゃんだもん。私の知ってるマリーちゃんはきっとここではい、って答えても結局調べちゃって結局危ない目に会っちゃうそんな勇気のある優しい人だもんね。でもそれがいいところだし、それだから私はあなたが好き、」


 私が質問を即答できなかった理由をほほ完璧に彼女はあてたうえで、私のことをたくさんほめてくれる。恐怖はあるもののしっかり私をみていってくれたその言葉は少しうれしく思ってしまう。…ちょっと照れ臭いけど。


 そうしていると彼女はじりじりと私との距離を歩いて詰めてきた。変わらずの満面の笑顔でゆっくりと

そのしぐさで私はさっきまでの照れ臭さが吹っ飛んで本能的に後ろにゆっくり下がっていた。


「ふふ、ねえ、マリーちゃん」


「…な、なに?怖いからその笑顔でゆっくり近づいてこないで」


彼女は歩み寄る


「ねえ、マリーちゃん」


「…だからなに!?」


歩み寄る


「…私ねあなたが大切なの、私のお母さんと同じぐらい」


「…え?」


歩み寄る、私は後ろの壁にぶつかる


「だからね…」


あゆみよってわたしのまえにきた


「…おやすみ」


そのことばとともにしかいがあんてんしてわたしのせかいはくらやみにつつまれてしまった。

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